三章【おわりがはじまる】(7)
わたしは生まれてからずっと呪いを自分のなかだけに閉じ込めてきた。
それを解き放ったのは、だぁれ?
死装束のように青いドレスをまとい、心音センサーをつけた左の胸をあらわにしたままの由希子が亡霊のように浮遊していた。
船体中央直上で血の涙を流している。
たまたま同時にそこを通過したオスプレイがいきなりバラバラになった。機械部品と人体だったものが落下してゆく。
「わたしは好きだった。とても好きだった。だから、許せない。みんなが裏切って、わたしを踏みにじった。先生、大好きだったのに、どうしてわたしに乱暴したの……?」
八つ当たりのように、墜落してゆく残骸をさらに細かく分解してゆく。
すべてが砂と飛沫になってデッキに散乱した。燃料ならとっくに蒸発している。
誰かが狙撃した。見えない鏡で反射したように弾丸は来た方向に戻ってゆく。狙撃手のライフルが暴発し、特殊部隊のひとりが死んだ。あと一三名。
「誰か、わたしにやさしくしてよぉ……」
由希子の顔面が崩壊したかのごとく歪む。
子どものように泣きじゃくる。
涼子もデッキからただ呆然と眺めるしかなかった。
撃てない。もはやこうなってしまっては、確実に仕留める手段がない。
道具は考えない。しかし、方法がない。
バグでも起こしたように硬直した涼子を見つけ、由希子は不気味に微笑みながらゆるやかに下りてきた。涼子ははじめて感情としての恐怖を正しく理解した。本能が己の死を告げている。頭が真っ白だ。
「涼子ちゃんはとてもやさしくしてくれたよねぇ」
由希子は童女のように微笑み、そして涼子の武装に気づくなり、たちまち般若の形相になった。
「嘘つきは死ねぇ!」
涼子はもう覚悟を決めた。
「……わたしが、仲間だと思った? うん、そうだよね。あなたは間違っていない。だけど、これが真実なの」
由希子の異能を涼子が回避できたのは、老人が駆けつけてきたからだった。
古賀老人は涼子をかばった代償として車椅子と両脚を失っていた。
「涼子や、かわいい涼子や。すまなかった……」
古賀甚八はいまにも死にそうな顔でとてもおだやかに言った。とても大切な仕込み杖、刀を投げ棄てていた。
「このときのためにおまえを育てた。殺さなかった」
「どういうこと、お祖父ちゃん?」
お互い他人のふりでずっとシラを切っていた。
由希子はふたりの別れの挨拶が終わるのを待っているようだった。いまはなにもせず浮遊している。
「いつでもやれる」からだろう。虫を見下すような由希子の目に対し、涼子に逃げ場などもはやどこにもない。
「おまえは由希子の双子の妹だ。それぞれ雪に、涼しい。わかるな」
文字通り虫の息で、涼子は声を失った。
そして由希子もまた硬直した――その千載一遇を逃さず、涼子はフラッシュグレネードを足もとに叩きつけた。閃光で由希子の視界がしばらく喪失した。
涼子は祖父を担いで巨大な煙突のかげに隠れた。
急いで止血を試みるが、間に合うかどうかあやしい。両脚ごと大量の血液が即座に失われ、包帯で縛りつけたが、ほとんど出血しないほど心臓が弱ってしまっている。
「お祖父ちゃん、もうゆっくりして、わたしがやるよ!」
「ほざけ、若造が。儂が現役だったらおまえには負けん」
「どうせ先にお迎えがくるよ! そんなに成功が大事なら神様に相談しててよ!」
「とにかく、儂がおまえを育てたのは、このときのためだ。大丈夫だ、おまえならやれる……もういい。おゆきなさい」古賀老人はそう言って、最後の力で涼子の背中を押した。
「おまえは裏切り者の娘だ! 儂の仇だ! だから復讐の道具にした! もうゆけい!」
涼子は何も言えなくなり、そのまま立ち去った。
涼子は泣くことさえできない。いきなりのことでわけもわからない。