三章【おわりがはじまる】(3)
一部の監視カメラが煙と炎で使いものにならなくなっている。
フレシエッタの声がインカムを通じて叫んでいる。
--CPより各員に伝達!! 状況、ガス!! --
警備班はガスマスクを装着して対応している。
--各員に通達。やつらから旅客を守れ!--
船内放送が、旅客に部屋から出ないよう必死で呼びかけている。
そこかしこで発砲が起きている。本来はカジノでのギャンブルを除く対立は厳禁だが、マフィアどもがここぞとばかりに敵対勢力とやりあい、大混乱に拍車をかけてしまっている。おとなしくしていてくれるのはせいぜい各国の軍隊及び諜報機関の関係者たちくらいだが、彼らも連中と通じているので、いちど火が点いたら船内が世界大戦だ。
いや、手をつける前からすでに手遅れだった。戦争がはじまっている。
それでも船は前進し続ける。インド洋は広い。定期航路から少しでも遠く、マグロを狙う漁業船団も絶対に近よらない場所はどこだ。救難信号も出せない。潜水艦に四六時中狙われている。どうしたらいいというのだ。
--クソっ、緊急用のホットラインも遮断したか!--
フレシエッタの声がついにキレた。
--取舵一杯! 南下せよ! 状況を利用しろ! 相手の作ったものなら流れに逆らうな! 見せてやれ。どちらが本当に『海賊』かを! 各員にカーテンコールを通達する--
オペレーション・カーテンコール。本船の乗組員しか知らない符牒だ。
各自の判断でなすべきことをしろ。手段を問わない。正体をさらけ出して構わない。
フレシエッタはヤヌスガードに銃器の無制限使用を許可した。とにかく問答無用で全員をおとなしくさせろ。と、いうことだ。
ヤヌスがついに軍艦としての真実の顔をあらわにした。
ホールから展示品だった零式水上偵察機、コードネーム『ジェーク』が海面に下ろされ、戦車の砲塔が旋回しはじめた。
側面ハッチ構造になっているホールの外壁が左右両舷とも開放され、戦車の主砲が船内から外に向けて射撃を行った。船がはじめて大きく揺れた。空砲ではなく実弾だ。たまたま近くを航行していた無関係な漁船が沈没した。海上警察に無線で通報させないためだ。逆らうものは問答無用で殺す。
これで全員やっと納得しただろう。クルーズ客船ヤヌスによる組織に対しての宣戦布告の狼煙である。
ここから先は、物資がどんなに不足しようが、入港どころのさわぎではない。