三章【おわりがはじまる】(1)
「補充物資はあとフタマルで到着だって。道具さえ揃えばいつでもやれる」
涼子が廊下を全速力で駆け抜けながら言う。本来は走ってはいけません。
「夜はやめとけ。やつらも警戒してる」
「じゃあ明朝の決行ね?」
「朝はやめとけ。明るい」
「どうしたらいいのよ!」
「だからいますぐやるんだよ! 相手は正しい訓練を受けたプロの兵隊だぞ。まともにやりあって勝負になるわけがないだろ!」
「じゃあどうしたらいいってのよ!」
「まず頭のネジを外せ」
「まず弾がないよ!」
「ならやつらから奪ってこい。まだ腐るほどあるぞ。死ぬにはいい日だな!」
「キツネ、あんた言ってること、詐欺師以下だぞ?」
「おれはおまえからは一円も騙しとってねぇぞ?」
「そういう問題じゃねーし……」
「だけどな、おれたちはいつだってやってきたんだよ。勝ち目のない戦争を。とにかく音の出る道具は使うな。位置がバレる」
「だからないってば! それにあっちは軍隊だよ?」
涼子がたまたま通りかかった警備員二名に襲いかかった。ダイニングで拝借してきたナイフで秒殺だった。
「少しは手伝ってよ!」
「ばかか? おれまで手を出したらこっちにふたりしかいないってバレちまう。まあいい。こんどはおれが引きつけておく。一人二役だ」
キツネは足もとに転がっているサブマシンガン二丁を拾い上げて左右の手で掲げて、とりあえず両方交互にタイミングをおいて天井に向かって乱射してみせた。
「おまえは急いで部屋に戻って刀で攻撃しろ。やるのは一人でいい。深追いせずすぐに退却しろ」
「わかった!」
涼子は拳銃ひとつを回収してうなずいた。
「それと涼子、銃の正しい使い方を教えてやる。近づいて撃てば、必ず当たる。必ず命中させたければ精一杯まで引きつけろ」
ほとんど扱ったこともない道具を、キツネは知識だけで説明した。
キツネはサブマシンガンをとりあえず乱射して使い捨てた。指紋がばっちりついてしまったが、気にしないことにした。そんなことを知らない涼子は素直に答えた。
「オッケー」
「やつらが規範通りだったのは不幸中の幸いだったな。適度に削れ。やりすぎるな。手品の仕掛けがバレたら手も足も出せなくなる」
銃声に気づいた他の警備員が駆けつけてきた。撃つにはすでに近すぎた。
仕方がないから、グリップで殴った。
キツネは気づいた。そこかしこが罠だらけだ。いきなりカードキーを無効化され、外からでは部屋のドアが開けられない。
どんな手品を使ったのか、どこかの学校の夏服に着替えた涼子がすぐに内側からドアを開けた。
「抱えられる道具だけもって、ひとまず逃げよう。別々に」
監視カメラだらけでデッキの外は海だ。どこにどうやって逃げるというのか。キツネは食料だけ預かって脱兎のごとく即座に走り去った。涼子のことなどまるで心配していない。
涼子は独白をもらした。
「かつて日本で軍神牟田口と呼ばれた男はたったひとりでインパールを攻略した。だからわたしにもやれる」
しかしそれは間違った歴史認識で、牟田口はインパール作戦で何もしなかった無能司令官だった。多くの日本兵が、命令されるがまま死に、そのほとんどが餓死した。
牟田口は大口を叩いて、最後まで責任をとらずに天寿を全うした。だから靖国神社にも祀られていない。