一章【女たちの王国】(2)
排水量一二万トンの豪華クルーズ客船、テンプルオブヤヌスには、ふたつの顔がある。
表は世界中のセレブレティ向けの旅客船だが、その裏の顔はマフイアや軍隊関係者といったアウトローのための移動式武器マーケットであり、いつでも必要なときには巨大な仮装巡洋艦になる。
通常ならば、いくら大枚をはたこうが、裏の事情もよく知るものしか乗船は許されない。
クルーズ参加代金も世界中の他の客船とはまるで比較にならない。ただのホテルシップではないのだ。
全長は、およそ三百メートル。最大で三千人までの乗船可能で、高さは一五階まである。
普段は大型タンカーが利用するコンテナ港には付近に大きさの比較対象がない。見た目では「これが本当に動くのか」、ちょっと信じがたい印象だ。
戦艦大和よりも巨大だが、仮装巡洋艦がサイズで戦艦を凌駕するのはおかしい、というのは過去の発想だ。現代では大きさによる区別がほとんど意味をなさなくなっている。また、戦艦と呼ばれるものはすでに建造されなくなって久しい。
いくら有事においては仮装巡洋艦になるといっても、ヤヌスは法律上はあくまで貨客船だ。通常は多くの古美術品を展示しながら世界中に運搬するため、海上を移動する博物館とも呼ばれている。
船内にはカジノは当然として、ダンスホール、劇場にシアター、病院やスケートリンク、スパ、フィットネスセンター。デッキにはランニングコースとロッククライミング施設、バスケットコート、さらにヘリポートまである。
そしてここは、女たちが支配し、毎年一回、一〇七日間をかけて三〇の寄港地をめぐる海上の優雅な王国でもある。