二章【ここにいて、ここにはいない】(14)
教会はスターボードサイド、ポートサイド、すなわち左右両舷、前後でもない船体中央、煙突を除けば屋内で人が立つことが可能な範囲でもっとも高い位置にある。これは聖所を不特定多数に足蹴にさせないためだ。
懺悔に訪れる旅客のプライバシー保護のため、一人ずつしか乗れない教会直通エレベーターがある。その小さな空間に、カメラ、赤外線、重量センサー、X線、その他ありとあらゆるセンサーがそなわり、それらは船のシステムから独立し、教会の主にしか見ることができない。
そのエレベーターが一六回も立て続けに稼働した。
「ルターとカルバンが言いたかったことは人間の魂の傷のあまりの深さだ。人間の力では、魂を救済できない。魂の傷を癒せるのは神のみだ。だからキルケゴールは『死に至る病』を記し、ニーチェは言った。『神は死んだ』と」
神父は語る。呪われた杖を片手に。
「おまえたちは贖罪の弾丸を全て撃ち尽くしてきたのか?」
神父はやさしく問いかけ、部隊長の頭を呪われた杖で力任せに殴りつけた。杖が壊れた。
頭から出血した部隊長が応える。
「ノー、サー!」
「ならば問おう。貴様らは贖罪を撃ち尽くすか?」
「イエッサー!」
全員が立ち上がり、敬礼をした。
「よろしい。すべてを撃ち尽くすまで、貴様らに天界への門戸が開かれることはない」
「例え自らの頭に突きつけてでも、全弾を使い切って参ります!」
「自殺はいけない」
神父は聖書で頭を殴りつけた。聖書が壊れた。
コンパクトなサブマシンガン、MP-5を収納したただのケースだった。すなわち、物理的な呪具。肝心なMP-5も壊れた。
「理解したなら、神の敵を殲滅するのだ。ひとりとして例外はない。神の教えを理解できないすべてのものは異教徒だ」
「イエッサー! 即座に異教徒を殲滅します!」
「確実に、仕留めろ。目的を達成しないものを殉教者とはいわない」
もう殴る道具などないが、まだ聖なる筋肉があるから神父は殴り続けた。
「我々は神の奇跡を証明しなければならない。それでは解散せよ」
部隊は歓喜のあまり教会の天井に向けてサブマシンガンを乱射した。ステンドグラスが頭上に降り注ぐことなど一切お構いなしだ。十字架に磔刑にされた聖者の像に流れ弾があたって破損しても全員何も気にしていない。神父もだ。
当然だ。ここにいる全員が、世界中の軍隊からエキスパートとして選別され、あまたの戦場で問題を起こしてきた生粋の戦闘狂たちだった。
「敗因がわかったなら、繰り返さないことだ。聖書にもそう書いてある。これより私が直接指揮を執る。私も参加しよう」
いまにも教会で全弾消費し尽くしかねないほど部隊は拍手喝采し、この上なく士気を向上している。神のお墨つきを得た暴力ほど厄介なものはない。
「人は民族や宗教、国では争わない。正義も悪もない。満足していたら誰も争わない。しかしやつらはそれでも我々を苦しめる。ゆえに十字軍は正当防衛だ」
ここにはもはや言葉を解さない、狂気に満ちた野蛮人しかいない。しかも困ったことに、この野蛮人どもは戦争においては何かしらか特化した才能をそなえるエリート集団だった。
筋肉神父は歩く免罪符だった。
「聖書の教えだ。楽して生きようとするものは全員が苦しむ。楽をしようとするな。だからもっと苦しめ……!」
もしも真実に神が存在するならば、この場の全員は呪われて地獄に堕ちること間違いなしだ。
しかし、神はヘブライの民とともに忽然とあらわれ、あるとき英国人哲学者の言葉で死んだ。
それに対し、この場にいる一七名全員が、神の亡骸の上で背徳的な行為がおこなえる真実の狂信者だ。真顔で大笑いし、泣いて赦しを乞いながら、いくらでもトランポリンできるだろう。
一方で船長は、無力な子羊たちをお救いくださるよう、操舵室に掲げられた小さな十字架に祈りを捧げていた。