二章【ここにいて、ここにはいない】(13)
特殊部隊はキツネらがあやかり知らぬところで謎の妨害者と水面下の駆け引きを行っていた。
まず、バスに仕掛けた時限爆弾がいつの間にか解体されてしまった。
遠隔操作も可能なタイプだったが、それも不発に終わった。当初のプランAでは反王政過激派のテロ攻撃を装い、即座に全弾叩き込んでバイクで撤収するはずだったが、妨害者への警戒のため作戦変更を余儀なくされた。すみやかにプランBに移行。
水上マーケットは生活と経済活動の大半が水路とのそのまわりで完結している。周辺のジャングルは開発の手がほとんど及んでいない。
部隊はジャングルだろうと市街戦だろうと即応できる。いまは部隊全体が個人が走るスピードで小舟の上の標的を追っている。
各分隊は罠の可能性も含めて前後左右を十分に警戒していたが、それでも受ける前提にない攻撃の初撃への対応は容易ではない。
詳細不明の妨害者からの襲撃に警戒しつつ、足場が悪い深緑のジャングルをかき分け、事前に得ている地形図の記憶と、人工衛星からスマートグラスに送られるGPSの情報に基づき、可能な限り補足しづらいルートで標的を追尾していた。
ライフルの銃声のあと、通信が飛び交った。
--狙撃だ。ボディアーマーが及んでいない大腿部を貫通した! 自分で止血しているオーバー--
--不明勢力の規模は?--
--おい、相手は野生のサルかよ?--
--銃器で武装したサルなんか聞いたこともねぇぜ!--
多少情報が錯綜しているが、全員が手練だから混乱はしていない。しかし、分隊に二名ずつ配置している狙撃手と観測手からまだ応答がない。心臓の動きと連動した位置信号ビーコンは生きている。索敵を行っていると判断。まだ三〇秒と経過していない。
「アルファリーダーより通達。ブラボーは攻撃に警戒しつつポイントE6まで後退。アルファの撤収まで支援せよ」
隊長判断は迅速だ。しんがりの脚をやられたら、片方の分隊は攻撃を警戒しながら前進するわけにはいかない。確実にスピードは低下する。
--アルファは前進。標的を仕留めるぞ--
気配はないが経験に基づくカンが告げている。おそらく妨害者は単独一名。それも相当な手練れだ。
--現在ポイントE6で負傷者と合流した--
「敵の発見はまだか?」
応答を受ける前に、部隊先頭の斥候がナイフで攻撃を受けたとの知らせが入る。ポイントE6から一〇〇メーター以上の間隔はあった。
--フロッグマンだ! 水路に逃げたぞ--
移動の速さにうなずけた。相手は潜水装備でそこいら中に張り巡らされた水路を利用している。
これで重軽傷者二名。
「こちらアルファリーダー。攻撃を退けつつ集結地点まで退却だ。相手を近づけさせるな」
これ以上の損失は出せない。即座に決定を下す。
部隊は砂漠地帯を中心に作戦を行い、アフリカの紛争国におけるジャングル戦の経験も豊かだったが、それでもこのジャングルでの作戦行動は初となる。
VRの時代だ。シミュレーション演習はかぎりなくリアルだが、それでも机上の空論にすぎない。当日の天候の変化など、可能性として予測できうるものはすべて事前に備えたが……。
第三者の妨害など想定にない。
標的とともに船舶で現地入りし、装備とともにバスを監視しながら移動していたため、物理的な問題で周辺索敵などの事前準備ができなかったことがあったことが災いした。そもそもプランBは切らないことがそもそもの大前提のカードだった。
地上の協力者に連絡をつけて事前に罠を仕掛けたり、監視させたりすることが発想になかった。その時間的な余裕もなかった。
プランAが失敗した時点で撤退を検討したが、その時点ではやらない理由がなかった。
敵は行方をくらました。
部隊の規模から手の内まで完全に読まれていたということは、犯人は最初から船内にいたと考えるのが自然だ。
撤退完了後、隊長は神父に対して報告し、ある提案を行った。
不確定要素を減らすため、本船での作戦遂行に切り替えると。総指揮官は素晴らしい提案だと称賛した。
彼もまたそれを待ち望んでいたに違いない。ただ口実を待ち望んでいたのだ。
そして、部隊もまた、もっとも面白い判断にほくそ笑んだ。
神父の許しさえ得れば、何をしてもいい。船を沈めてもかまわない。
敵もまさかそこまでは予想していないだろう。
もう逃げ場所など、どこにもない――。