二章【ここにいて、ここにはいない】(6)
アナウンスに導かれるように由希子がデッキを歩いていると、どこからか風船が弾けるような音が聞こえた。
たまたま鉢合わせ、一緒にいた涼子が由希子を押しのけて、血を噴き出しながら倒れてゆく。何が起きたのか、由希子にはわからなかった。
メイドのメアリーがいつのまにか拳銃のようなものを手にしていた。
しかも背中を向けている。わけがわからない。
「涼子さんをお願いします」と、メアリーがたたみかけるように言った。
「わかりました!」
由希子は涼子の肩から噴き出す血の部分をおさえたが出血はおさまらない。
止血方法なんて知らない。どうしたらいい、どうしたらいい……?
「由希子、頭を低く下げて……」
涼子がいまにも消え入りそうなか細い声で言って意識を失った。
「やめて……!」
涼子を抱きしめた由希子の涙が意識のない少女の顔を濡らす。
「お願いだから、やめて!」
突然、何かが割れるような音が鳴り響き、デッキの一部に球状の穴ができた。
爆発ではない。クレーターではない。ただ忽然と材料が、鉄と木材が失われたのだ。
頭が割れるほど、痛い。
「……だから……、許さない……!」
怒気を孕んだ言葉の後、由希子の顔から一切の表情が消えた。
涼子をデッキに静かに横たえ、由希子はまるで幽霊のようにゆるりと立ち上がる。
あまりの沙汰にメアリーの顔色まで失せた。
--狙撃後に能力の発動が観測された。間違いなくクロだ。店をたため。即時撤収せよ--
神父の声がインカムで告げた。特殊部隊に向けての通信をあえて船員回線にオープンにしている。
メアリーは混乱している。どこから撃たれたのかも不明だ。
テイザー銃を構えていても、射程距離の短い有線による電気ショックなど射程はせいぜい五メートルで、百メートルからの距離の狙撃を前にしては威嚇にもならない。メイド服下の防弾アンダーシャツなど気休めにもならない。
これでも海兵隊の元伍長だ。それなりの訓練は受けており、いくつかの特殊任務についてきた自負心はある。しかし、あまりに練度が違いすぎる。
無音で迫り、引き上げるのも早すぎる。まるで日本のニンジャだ。
それ以上に驚いたのは、涼子の反応速度だった。銃声のタイミングですでに動いていた。
確実に由希子を狙っての狙撃だった。
涼子を搬送する担架が運ばれてきた。その場で止血され、医務室に直行となった。
メアリーも由希子を伴い、そちらに向かった。二度目の襲撃はないだろうが、そこが船内のどこよりも安全だと確信して。