一章【女たちの王国】(1)
担任が亡くなった。引きこもりだった主人公、由希子は葬儀にも参列していない。顔も名前も知らないから関係なかった。クルーズの招待状をもらった彼女は流されるがまま旅に出る。
本作品はセンシティブな表現を含みます。
女たちが支配し、男たちが手を汚す。
それが正しい世界のありよう。
この船は理想的な社会を体現するために建造された。
汽笛が鳴った。
快晴の空のもと、港に向かって、色とりどりの紙テープが無数の手から投じられてゆく。ボンボヤージュ、出港のセレモニーだ。
川西由希子は、こんなお祭りみたいな場所は昔から苦手だった。
ドレスコードなんてわからないから、彼女だけが冠婚葬祭にあわせた学校制服だった。
長い黒髪に白い肌、冬服の黒いセーラー。エアコンの効いた部屋の外からほとんど出ない彼女には真夏のデッキはたまらなく暑い。
しかも、旅客の大半が、アロハなどの半袖カジュアルの欧米人だった。
華やかなパーティー会場にたったひとり喪服でいるほど場違いで悪目立ちしている。
言葉もわからないし、すぐにでも部屋に戻りたかった。
通訳兼メイドが「外の空気を吸ってきてください」というから仕方なくきたけれど、由希子は心底から後悔していた。
同じ日本人ならまだ無視もできる。外人は無理だ。
言葉が通じないから、無視することもできない。
考えが甘かった。
わたしは同じ日本人に甘えていたのだと、由希子は思った。
似たような背丈の、黒髪ショートの女の子が人で混雑したデッキを素早く駆け抜けていった。
顔は見えなかったけれど、おそらく日本人なのだろう。
顔は見えなかったけれど、多分、満面の笑みで楽しんでいた。
言葉がわかる人を見つけて安堵したけれど、声はかけられなかった。
「キツネ、テープいっぱいもらってきた! 投げよ!」
少女は興奮しながら、両手には抱えきれないほどの丸い紙テープの山を差し出した。
抱えきれないほどの量だから、当然、次々とこぼれ落ちてゆく。
木田恒明はあきれた顔を浮かべた。
「手は二本しかねぇんだよ。あとおまえ、年配者をあだ名で呼ぶな」
「キダツネアキ! 略してキツネ!」
「もう好きに呼べ」
キツネは頭を抱えた。
真夏の太陽が目に刺さる。サングラスをかけてもまだまぶしい。
はやくエアコンの効いた部屋でゆっくり休みたいと、キツネは思った。
「ま、楽しむのも仕事だよな」
適当なテープをひとつ受け取り、両手で広げて、上手に投げた。
赤い線が遠くまで弧を描いた。
なんでもしていいのは子供まで。
大人は役目を果たす。
そして、いい大人はそれを楽しむ。
世界一周九〇日間のクルーズの旅が、はじまる。