二章【ここにいて、ここにはいない】(4)
それからまたしばらく経過し、船は赤道のリアウ諸島の沖合を通過していた。
旅客らのほとんどが深く寝静まっている時間帯だ。
軍用の∨/STOL機がヤヌスのヘリポートに着船しようとしていた。
飛行機ともヘリコプターともつかない異形の航空機はかなりの大音量を奏でているが、一切の灯火を消しており、船内の防音性は抜群によいので、デッキに出てる者以外は起きていても気づきもしない。
曇り空で湿度が高い。こんなデッキに出てくる物好きもいない。
船長と神父が外で出迎える。
「らちが明かないから組織は特殊部隊『正義』二個分隊計一六名を派遣したそうだ」
なぜ伝聞口調なのか。いままさにそこにいるのに、神父はあくまでもしらじらしい。
「なぜ直前まで伝えなかった。ここでは私が上官だぞ」
神父に対し、船長はかなり真剣に怒っていた。
「生憎と組織は縦割りでね。説明する必要がないと自分が判断し、必要なタイミングで伝えたのだよ」
筋肉神父は皮肉な笑みを浮かべた。
わずかに二個分隊一六名からなる特殊部隊が整列し、神父に向けて敬礼した。
「ウェルカム・トゥ・アボード、諸君。ついに神の正義を執行する日がきた」
「フン。二〇六から二一〇までの空き部屋がある。三人部屋だが予備寝台があるから四名で使え。手狭だろうが私には関係ない。装備は客室に置かず教会設備で保管せよ。八階より上は教会を除いて一歩も近づくな。私には関係ないらしいからな。私は私の立場を守る。諸君らの立場での気遣いは一切しない。それは私のテリトリーの外だ。じゃあな!」
船長はあまりのばかばかしさに子どものように一方的に吐き捨てて、船内へと戻っていった。
客船は階層の上下が旅客への扱いだ。一番下はよりマシという彼女なりの皮肉であろう。神父は肩をすくめた。
「ゾンビ討伐ならいささか人手不足ではあるが、幸運にも標的に噛まれて感染するおそれはない。それでは諸君、ゆっくり休みたまえ。作戦開始までしばらくある。それまで諸君らは旅客としてふるまうように。必要なものがあれば自費で購入するといい。作戦内容は事前の通達から変更なし。いい仕事を期待しているぞ。それでは解散とする」
私服も持参していない部隊はムチャな命令に黙って従い、物資を搬送しながら拠点までの移動を開始した。
垂直離着陸機を見送る神父の目が冷たい。
瞳には一切の感情がない。生きているのか死んでいるのかもわからない。さながら歩く死体だ。
「時計の針が進みはじめると時間が過ぎるのは急に早くなるものだ」
神父は星ひとつない夜空に向かって独白をもらした。