二章【ここにいて、ここにはいない】(3)
「キラわれちゃったかもしれない……!」
客室に戻るなり涼子が泣きじゃくっている。
ベッドで読書をしていたキツネは呆れた声を出す。
「小学生のスカートめくりみたいなもんだろ。好きだからってやりすぎてキラわれるのさ」
事情は知らない。わかるわけがない。適当に言ってみた。
「絶対違うもん!」
「ああそうかい。いきなりわけがわからねーよ」
「キツネだって前に『お酒は健康に悪いって本に書いてあったから読書やめた』って言ってたじゃん!」
「だからそれとなんの関係があるんだ……?」
「キツネのバーカ」
(ばかはおまえだ……)
キツネは思ったことを正直に口にしなかった。大人だからだ。
涼子は泣きすぎてしゃっくりを起こしている。
「いきさつを聞こうか……? ゆっくり喋れ」
「ヒック、ヒック、由希子が」
「まずは落ち着いて黙って水を飲め。それからちょっと三〇秒だけ考えてほしい」
言われるがままに涼子は泣きながら水をゴクゴクと飲み干して、むせた。
まだしゃっくりがおさまる気配はない。
「三〇秒ちゃんと考えたか? 次は温かいお湯を飲め。そのあと呼吸を再開しろ。呼吸しないと死んでしまう」
涼子は大きく息を吸った。やっとしゃっくりがおさまったようだ。
「おまえは子どもか……」
涼子は膨れた。
「……まだ子どもだもん!」
「じゃあ子どもらしくしててくれ」
「もう大人だもん!」
「そうやって都合よく使い分けるな! つうか話を進めてくれ。意味がわからん」
キツネはやっと正直に言った。
「あのね……」
また泣きはじめた。あまりに情緒不安定すぎる。
「落ち着いたら起こしてくれ。おれは寝る」
キツネは手にした本を適当に投げ捨てて目を閉じた。
「寝ながらでいいから、お話しを聞いて……」
キツネはあえて返事をしなかった。あとは勝手に喋るだろう。断片的な情報をかいつむことで詳細が把握できるはずだ。
なるほどそういうことか。たいした内容ではなかった。
涼子が由希子に甘えすぎ、さすがにちょっとウザい顔をされたようだ。
要約したらたったの一行。同じ内容を延々と別々の言い回しで六時間以上も聞かされて、キツネはかなりゲンナリしていた。恋人でもない女とのピロートークなど男にとってはただの拷問でしかない。
「ああ、だいたいわかった。結果としてスカートめくりみたいなもんだ」
そのとき涼子の浮かべた表情を見て、キツネはしまったと思った。
話は再びフリダシに戻った。
話し疲れた涼子が静かな眠りにおち、その間一睡もできなかったキツネは深刻に疲弊していた。
「そもそもおれたちは、監視して、万一のときには対処するためにいるんだぞ。
説明してないおれが悪いが、ばかガキに説明しても暴走するのは明らかだからな……」
独白は続く。
「いざというときは、おまえがあの娘を殺さないといけないんだ」
キツネは無表情に、涼子の髪を撫でた。