一章【女たちの王国】(12)
ヤヌスの八階カジノは、夕方からオープンし、深夜まで営業している。本格的かつ派手でうるさい。
入り口で警備員にいくらかチップをはずんでやり、キツネは自宅のように慣れた顔で足を踏み入れた。
ルーレットもよさそうだ。ポーカーやブラックジャックもいい。
キツネは何をしても絶対にイカサマ呼ばわりされないギャンブルが好きだ。
スロットは駄目だ。絶対に勝てるギャンブルしかしない。それがキツネのルールだ。
「へいへいオニーサン、今日は何して遊ぶか?」
背後から涼子の声だ。キツネはもうあきらめた。
「お前がいることに気づいた。だがいくらおれが三秒後の未来が見えるといっても、三秒じゃさすがになにもできないからな!」
「なにそれ万能じゃん。じゃんけんで絶対勝てるやつぅ! ズルイ」
「うるせー。カードでやられたら無理だよ。手のうちのカードまで見えるわけじゃない。とりあえずお前は目立たないよう大人しくしてろ。ここにガキはいてはいけない」
「……んで、キツネは何をするの?」
「汚れたオカネをマネロンでキレイキレイにします」
「マネロン」
ちょっと発音がおかしい。
「カジノがそうだ。身近なツールだとネットオークションやネットフリマも資金洗浄がしやすいです。古美術品の売買などもそうですね、粗大ゴミを回収して高値で処分する。在庫はただのゴミだから税金がかからない」
「マネロンってそうゆうやつなんだ!」
涼子は明らかにお菓子と間違えていそうだが、キツネはあえて何も指摘しなかった。
「涼子。これはなんだ?」
キツネはポケットから万札を出した。
「クレ」
涼子は言った。
「だめです。なぜならこれはケツ拭く役にもたたないただの紙切れだからです。これだけでは何もできない」
「キツネ語はムズカシイ。わたしにもわかるように説明しろ!」
「黄金は希少でなかなか手にはいらないからこそ、値打ちがあるんだ。紙幣なんか材料が紙とインクだから国がいくらでも適当に刷ればいいんだからな」
「だったらくれよー」
「あげません。これからこれをたくさん増やしたり減らしたりしないといけないからです。なんたってここは免税ですからね!」
涼子は指で何やら計算をはじめた。
「わたしの計算では、買った宝くじも、拾った宝くじも、当たる確率は一緒! わたしは詳しいんだ。勉強したからな!」
「おまえはもう部屋に帰れ」
キツネはかなりウンザリしている。
カジノは盛況だ。やっと涼子が去り、もはやここにはブラックマネーにまみれたものしかいない。
自分が何をしたのか自覚のないやつらはみんな愚かだ。そのカネは顔も知らない誰かの血に塗れている。血に塗れたことがないカネなどない。通貨でチップを買っても、それでもまだ血なまぐさい。
誰かが負けて悲鳴をあげた。きっと運が悪かったのだろう。
運の悪さを裁く神はいない。