一章【女たちの王国】(11)
そのあとキツネと涼子が足を運んだ船内のレストランは、豪華クルーズシップとしては比較的カジュアルなビュッフェ方式だった。それでも高級ホテルくらいの格式はあるのだが。
ドリンクのオーダーをとりにきた給仕に、涼子は自信満々に言った。
「ライス、オア、ハクマイ!」
キツネはいきなり飲みかけの水を吹いた。
「同じだろ!」
「じゃあ、パンプリーズ!」
「ブレッドだよ!」
「あの、日本語でのオーダー、わかります。でもここはビュッフェなので、お好きなものをどうぞ」
給仕は無表情かつ冷静に答えたが、最後はふるえながら口をおさえていた。さすがはプロの仕事だ。
「……と、いうわけだ、好きなものをたらふく食え」
「カレー、食ってもいいのか?」
「好きなだけ食え。おかわりもいいぞ」
キツネはやさしく言った。いくらでも豪勢なご馳走がそこにあるのに、よりによってカレーか。
しかし、彼女の認識ではカレーこそ一番のご馳走なのだ。
キツネが、そこにいくらでもある美味しいものを食している間、涼子はひたすらカレーだけを食べていた。
インド人も、東南アジアや中近東の人もたまげるくらい、ひたすらカレーだけを食していた。
船室に戻った。涼子は食べすぎて横たわるなり起き上がれなくなった。
だからいまキツネはノートPCで報告書を仕上げている。涼子のうめき声以外、部屋がとても静かで作業がはかどる。
「キツネ、なにしてんの……?」
うめき声がたずねた。息がひどくカレーくさい。
「報告書。念のためにみかんエキスで書いたからおまえには見えない。行間と裏を斜め読みして火であぶればすべての真実が見えるかもな」
「えっ、パソコンってみかん汁も出せるの?」
「知らなかったのか? おまえは現代人だろう」
「すげー。それをネットで送るのか?」
「そうだ」
「その機械を燃やせばわたしでも見れるんだな?」
「やめてくれ。まだ送信していないんだ」
キツネは冷や汗をかいた。こいつなら本当にやりかねない。
「さあ、もう送信済だからいくら炙っても見えないぞ。おれはいまから気晴らしをしてくる。パソコンには一切さわるな。おとなの時間だからガキはNG、わかりまちたか?」
「キツネは本当にえっちが好きだな!」
「違う。これはそうゆう船じゃない。カジノで遊んでくるということ」
「えっちじゃないなら、どうしてわたしは駄目なんだ?」
「ガキはカネを粗末にするな。それは大切な血液なんだ。わかったらアニメの続きを視聴しててくれ。あとパソコンをさわるないいからパソコンにさわるな絶対だ」
「でも、DVD-BOXだから家でも見れるんだけど……」
涼子はとても不服そうだった。
「日本語の学習は毎日同じことを繰り返すことで上達する。テレビと会話しろ」
キツネは部屋を出て乱暴にドアを閉めた。
まったく気晴らしにもなりはしない。