一章【女たちの王国】(10)
先刻、香港を出港した。
いま広大なヤヌスのホールに、第二次大戦時のゼロ戦の水上仕様とイギリス軍のクルセイダーⅢ型巡航戦車が展示され、どんな絵画や彫刻よりもその存在を強烈にアピールしている。これらもすべて香港戦争歴史博物館の放出品だ。
キツネはあ然となった。
「もしこいつらが稼働するのなら、この船で小国と戦争ができるぜ……いや、それより、こんなデカブツをどうやって搬入したんだ……?」
動乱で行き場をなくした兵器を香港から引き取り、それを必要とする次の国に売る。それこそがヤヌスの裏の顔だ。
ガラスの展示ケースに、旧日本軍の南部一四年式と三八式歩兵銃といった装備、さらにはもっと昔の時代の刀や弓矢が日本の古美術品としてディスプレイされている。
「これ?」
涼子がきいた。
「ああそうだ。洪のじいさんに足下を見られて相当ボッタクられた。しかしこれで運び屋としての仕事は終わりだ。あとはのんびりと旅を楽しむとしよう」
「全部動くんでしょ? すごいねぇ。よく関税を通過できたねぇ」
「入ってくる武器を気にするやつらは、出てゆくものには案外頓着しないものさ。なに、いまここにいくらあっても、誰も何も思わんさ」
キツネはしっかりと日本国政府文部科学省発行の古美術品輸出鑑査証明の写しをかかえているが、涼子には説明するだけ無駄だ。
涼子の瞳が日露戦争時代のサーベル軍刀を見つけてキラキラした。それからふたりは部屋に戻った。
「でも、江戸時代の古弓なんか経年劣化で弦をつがえただけですぐパキンって折れるよ? 使えないよ」
そう語る涼子は何やら長い棒を手にしている。
キツネは絶句した。
「おまえ、その弓どこから確保してきた……?」
「そこらへんにあったカーボンの釣竿拝借して作ってみた。思ったより使えそう」
「涼子。泥棒はよくない」
「借りたの」
涼子はのんきに言った。
「次からはきちんとおカネを出して買うように。まあ、備えは大切だな。本当の敵は尻尾も見当たらない。船は味方か?」
涼子の返事は迷わなかった。
「船は乗り物!」
「ああ間違いないな。内通者にたんまりとチップをはずんだ。どこにだって寝返るやつはいる。あとは信用しすぎて寝首をかかれないようにするだけだ。味方はどこにもいない前提で考えろ」