プロローグ【川西由希子は関わらない】
ここにいて、ここにいないのにここにいる、なぁに?
毎日、一行目を、永遠に、書き直してるんだ。
どこが気に食わないのかさえ、わからないんだ。
季節感に乏しい鉛筆と消しゴムかすの匂いだけが学校の思い出で、あとは物心がついた頃から、すべてが苦痛だった。
実父の顔を知らない。実母の顔すら知らない。
わたしを育てたのは血の繋がった父母の遺産。保護者は知らない人。
わたしは気づいていた。
人と、なんのために言葉を交わし、似たようなことをして、些末なことで争うのか。なんの意味も見いだせなかった。
友情ごっこはもうウンザリだ。
もう、関わりたくない。
わたしは、ここにいない、どこにもいない。いたくない。
無人の教室の窓、初夏の風、小鳥のさえずり。
人のかたちをした影たちは、わたしを見ないし、もう話しかけてはこない。
作文が嫌いだった。
なんども書き直しては消した。
鉛筆とケシゴムのあとで薄汚れた紙に、油性マジックで
「わたしには関係ない!」と用紙からはみ出すほど大きく書いて提出した。
担任とスクールカウンセラーと保護者が話し合い、それからしばらくは授業も試験も、すべて自分のためだけに用意された部屋で受けた。
「改善の徴候が見られてきました。もう問題はありません」
医師が告げた。そのとき由希子は目を閉ざし、耳をふさげば、誰もいなくなるとに気づいた。
わたしはここにはいない。
いまこの世界にわたしは存在しない。
わたしが存在しない世界なんて。なくなってしまえばいい。
だから、もう学校に通うのはやめた。
七月某日、クラス担任が亡くなった。
顔も名前も知らない人だから、わたしには関係ない。
全校集会は欠席し、葬儀にも参列していない。