雨に唄えばそののち
SSバトル企画 参加作品です。
投票募集期間期間 :2009年 6月15日〜6月22日
企画の説明:
読者参加型企画です。
執筆陣はお題に即したSSを書き、それを投票してもらうことで優劣を競います。
詳細は企画サイトの『概要・ルール』をご覧ください。
この小説の対戦相手は
「阿武都龍一」さんの『ジンクス』です。
作品検索は
「SSバトル企画」
「置き傘」からどうぞ。
何気なく窓の外を見やると、今日も雨が降り続いていた。
五月の梅雨の時期とあって、空を覆う分厚い雲は、まだしばらくは退いてくれそうにない。
昨日の朝は珍しく快晴だったんだけどなぁ。
雨の音にはすっかり耳が慣れて、俺からすると、持っている携帯電話から聞こえてくる声の方が、うるさいくらいだった。
『ねぇ、ちょっと京助、聞いてるの?』
電話の相手である幼馴染みの少女が、苛立ちを隠そうともせずに言った。
「あ、ああ、ごめんごめん」
『さっさと先を話しなさいよ』
「あはは……」
俺は苦笑いをして、茶を濁す。
仕方なく、話を再開した。
「えっと……俺ってさ、『雨に唄えば』って映画が凄く好きなんだよね」
『へぇ、それで?』
大した興味もなさそうな声で、幼馴染みの少女――千夏は先を促して来る。
「結構有名な昔のミュージカル映画なんだけど……あー、千夏は知ってるかな?」
『知らない』
間を空けず言い切られる。
つ、冷たい、声が冷たいよ!
「ま、まぁ、とにかくだ。何て言うか……人ってさ、誰しも一度はやってみたいことってあるもんじゃない? 例えばそう、一度でいいから山程一杯のケーキを食べてみたいとか――」
『私、辛党なんだけど』
「じ、じゃあ、山程一杯のカラムーチョを食べたい女の子がいたとしよう!」
『……まぁ、いいわ。それで?』
俺は携帯に聞こえないよう、ため息をつく。
「しかし実際のところ、その女の子はなかなか願望を実現出来ないでいる」
『何でよ?』
「理性が邪魔をするからだよ。
カラムーチョを山程一杯食べたいなんて、冷静に考えれば下らない願いだし、ポテトチップスの大量摂取はまず太るし、肌の荒れる要因にもなる。
さらに年齢を重ねれば重ねる程、考え方が冷静になり、実現したくとも自ら願望を封じ込めるようになる。
結果、願望は願望のまま終わる」
『なるほどね』
千夏の全く納得していない声がして、
『――でもそれが、京助、あんたが今日学校を休んだ理由と、一体何の関係があるわけ?』
本題が来た。
「その、さ……時は昨日の放課後まで遡るんだけど」
『……』
「雨がめっちゃ降ってたじゃない? これでもかってくらいどしゃ降りだったじゃない?」
『梅雨真っ盛りだしね』
あなたの声のトーンも梅雨前線直下ですよ、千夏さん。
「昨日の朝の時点では稀にみる快晴だったから、俺、全く置き傘とか用意してなかったんだよね」
『午後から急に雲行きが怪しくなって来たんだったかしら?』
「そう。……それで、話は『雨に唄えば』って映画に戻るんだけど、その映画の有名なワンシーンに、家への帰り道、雨の降る中、主人公の男がそれまで差していた傘を閉じて、唄って踊るっていうのがあって」
ここで一旦、俺は言葉を句切る。
耳を澄ます。携帯は沈黙を保っている。
その沈黙がまた恐ろしくて、何気なくベッドの上で寝る位置を正すと、フレームが軋む音と毛布の衣擦れの音がする。
しかし、いつまでも黙っているわけにもいかず、俺は口を開く。
「まぁ……あれだ。
帰りたくとも帰れず学校の玄関で雨宿りをしていたら、何となくそのシーンを思い出して。
ほら、何やかんやで俺達もう高校二年生じゃん?
割ともうすぐ大人の仲間入りじゃん?
俺さ、本当にそのシーンが好きで。
やるなら今しかなくね? ……みたいな考えが不意に脳裏に浮かんだというか、つい魔が差したというかね――」
『……雨の中に飛び出したと?』
「は、はい……」
『唄って踊ったの?』
「いや、それは」
『唄って踊ったのね?』
「……唄って踊りました」
シーンを再現しようとノリノリだった。
だって好きなんだもん、仕方ないじゃん!
着実に絶対零度に近付きつつある千夏の冷たい声が、とどめを刺しに来る。
『それで、学校を休んだわけよね?』
「……ず、ずぶ濡れになった結果ですね……その……風邪を引きまして」
再び長い沈黙が訪れる。
先に口を開いたのは、千夏の方だった。
『京助。あんた……何か隠してるでしょ』
ギクリ。
「そ、そんなことないよ!」
『風邪は嘘ね。あんたが風邪を引くとまず声がしゃがれるもの』
無意識に口を押さえる。
そこへ更なる千夏の追撃。
『それとさっき、衣擦れの音に合わせて、何かが軋むような音がしたわよね? あんたの部屋には確か、ベッドなんてなかったと私は記憶してるけど』
「え、ええと! 実はついこの間、デパートでとても良いベッドを見つけてですね――」
ガチャッ。
「江波さん、診察のお時間ですよー。それで、足の具合と――」
「おわぁぁぁ!」
慌てて、ベッドに近付いて来た声の主の口を塞ぐ。
肩と首で挟んで支えた携帯電話が、今度は急速に熱を帯びて行くような気がした。
『……今、看護婦さんらしき女の人の声で、診察の時間が何だとか、足の具合がどうだとか聞こえたけど』
「き、気のせいだ、気のせい!」
『そっか、私の気のせいか。なら、いいわ。……ねぇ、京助』
「な、何だい、千夏」
『今からあんたの家に向かうわ。もしも部屋にいなかったら殺すけど、実際にいるんだから何の問題もないわよね?』
「すみません今、市内の病院ですっ!!!」
俺は恐怖に震え上がり、事の顛末を説明した。
昨日の放課後、どしゃ降りの中を傘無しで帰路に着いた俺は、『雨に唄えば』のシーンを再現すべく、唄って踊り始めた。
道中、大きな水溜まりがあり、テンションが上がりきっていた俺は、水溜まりに勢い良く飛び込んでタップを踏もうとした。
ところが、勢いが付き過ぎて、水溜まりで滑り、盛大に転倒。
その際に足を思いっきり捻り、
「あはは……捻挫しちゃいましたー」
せめてもの努力として茶目っ気たっぷりに言ってみる。
『……』
「えっと……千夏さん、怒ってます?」
『あんたね』
「はい」
『あったり前でしょうがっ、この大馬鹿野郎っ!!!』
携帯から爆音がした。鼓膜が破れるかと思った。
『傘がないから映画の真似して唄って踊って挙げ句の果てに転けて捻挫なんて馬鹿なんじゃないのあり得ない今時の小学生でもやらないわよ幼馴染みとして恥ずかしくて死にたくなるわ信じらんないっ!!!』
息継ぎなしで千夏は捲し立てる。
「す、すまん」
『全く、昨日一日いらんことに気を使ったじゃない! 第一連絡が遅いのよ!』
「あ、ああ。携帯が濡れちゃってさ……乾かしたら何とかまた動くようになったんだけど」
『とんだ迷惑だわ! とにかく、これ以上私に気を使わせるようなことがあったら殺すから! 足が治るまで大人しくしてなさい! 分かった!?』
「は、はい!」
『……仕方ないから、今度お見舞いには行ってあげるわ。じゃあね』
その台詞を最後に、電話は切れた。
「千夏……」
俺は携帯を閉じ、握り締める。
「これ以上気を使わせるな……か」
看護婦さんは、俺が電話をしていた横で患部の様子を診て去って行き、もういない。
一人になった病室で、俺は涙を流した。
「殺されるっ!!!」
言えない。
足の捻挫だけでなく、実は腕も骨折しているだなんて。
SSバトル第二回で、よく分かりませんがひたすらテンションの上がっている黒木猫人です。
2日前から執筆に取り掛かって寝不足のせいかもしれません。ヒャッホイ!
ともあれ、前回の蜻蛉さんが書いた『フラグ委員会』は衝撃的でしたね。
SSバトルって面白い! と第二回への闘志を燃やすキッカケになりました。
置き傘を提案しておいて何ですが、このお題ムズい!