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高天原の思い出  作者: 天野かえで
弥生編
8/28

アマテラスの秘密の部屋


 この日は朝ご飯を食べてるときに誰も来なかったから、一人で屋敷の散策をしていた。


この屋敷は広いし、例えるなら忍者屋敷のようにあらゆる仕掛けが施されている。


たまに人の姿も見かけた。

アマテラスは高天原に留まりたい人は、とりあえずこの屋敷に住ませてるらしい。


長く高天原に留まる人には気まぐれに屋敷を与えたりもするそうだから、この屋敷にはそれなりに多くの人がいるようだった。


 何も考えずに歩いていると、気がつけばアマテラスの部屋に着いた。

襖は全て開け放されて、奥に誰かとアマテラスが話しているのが見えた。


「お、弥生〜!」


 弥生に気がついたアマテラスは、大きくこちらに手を振って来たから、弥生は失礼じゃないかな、と思いながら恐る恐る中へ入った。


「今日は一人でこれてんね?」

「来ようと思わない方が、来れるのかもしれません」

「なるほどな、無心が大事なのかもね」


 近づいていくと、そこにいた人も振り返った。

前にあったおじいさんだった。


「お、このお嬢さんは前にも会いましたな」

「はい!この間は明智光秀さんと話してらしたんですよね?」

「そうそう、面白い話が聞けました」


 アマテラスが弥生にも腰掛けるように促して、少し筆机に身を乗り出した。


「実は、定一が高天原は満喫したからそろそろ生まれ変わりたいっていうからな。その前にちょっとだけ良いところに連れて行ってやろうと思うんやけど、弥生も一緒に来る?」

「はい、ぜひ!」

「よし、じゃ今すぐいこか」


 アマテラスが二人を連れて来たのは屋敷の何度角を曲ったか分からないくらい何度も角を曲がり、何度部屋を通過したからわからないくらいいろんな部屋を通り、階段を降りたり上ったり、外通路に出たり。


もう多分二度と一人ではいけない場所に、外通路があり、そこを登っていった先に、もう一つ独立した建物が立っていた。

入り口の扉には珍しく鍵がかけられている。


「ここは私だけの特別な部屋やからね」


 大きな南京錠を開けると、扉を引っ張り開けた。


中は部屋中の壁と沢山の背の高い棚に沢山の本がぎっしり並べられていた。

奥が遠くて端が見えない。


「ここは?」

「今まで生きてきた人の子たちの、全員分の人生を記録した書庫。私が全員分の記録してから、私だけの宝物で、私だけの秘密。今日は定一と弥生に特別に見せてあげよう」


「それはそれは…」


 アマテラスは適当に一番近くにあった一冊を手に取った。


「入り口の近くは最近の人の人生ね。死んでない人はまだ途中だから…」


 ぺらぺらと項をめくると、後ろの方は白紙だった。


「奥に行くに連れて時代を遡るからね。新しいのを片付けるのが大変だから。あとは、年号ごとに背表紙の色を変えてあるから、わかりやすいよ。令和は橙色、平成は藍色、昭和は黄色、大正は黄緑色…」


 説明もそこそこに、定一はもう興味深い一冊目を見つけたようだった。


「誰の見てるの?」

「自分のです」

「お、見つけるの早いねぇ」


 定一は嬉しそうに、手書きの自分の人生を読み返していた。


「なんていうか、あなたに自分の人生を記録してもらえていたと思うと、なんだか嬉しいですな」

「そう?それだったら私も嬉しい。私もこれはね、ずっと楽しくやってるよ」

「そうですか」


 弥生も本棚を流し見ていた。

背表紙にその人の名前と生年月日が書かれている。

薄い本、分厚い本、色々並んでいる。


「この薄いのと厚いのはどう違うんですか?」


 通りかかったアマテラスに質問してみた。


「薄命だった人はどうしても薄くなるな。厚い人は、長生きでさらに色々経験してたら厚くなってくるな」

「なるほど」


 奥の棚から、「あっはっは」と笑い声が聞こえてきた。


アマテラスと見に行くと『天保』と書かれた棚で定一が夢中になって読んでいた。


「徳川慶喜公だ。なるほどなぁ…」


 次は勝海舟、吉田松蔭、高杉晋作…西郷隆盛の本を開けた時は「ほほう…」とうなって、弥生に開いて見せた。


「見てごらん、西郷どんはこんな顔をしてたんだね」

「あ、これ写真もあるんですね」

「ああ…文字だけじゃなく絵も残してくれていると有難いねぇ」


 次に定一は坂本龍馬の本を読み始めた。

集中して読み始めたから、そっと離れた。

棚の間に出ると、アマテラスが遠くから手招きをしていた。


「なんですか?」

「私はこの辺りの時代が好きやったんよ」


 アマテラスが説明をしてくれた。

江戸時代の半ば。

応仁の乱から続く長い戦乱の世が終わり、徳川家康によって統べられた日本で、多くの芸術文化が花開いた時代だ。


「そうそう。近松門左衛門ねぇ。人形浄瑠璃ってなかなか面白くてさ。ただの人形劇なのにね、すごい臨場感があって」


 本当に好きらしく、そしてなんとなく自慢げに話すから、弥生もウキウキした。


「もしかして、実際に見たりしてましたか?」

「うん、この時期は結構よく降りてたねぇ。人形浄瑠璃は本当によく見たなぁ。他も好きだけどね。歌舞伎、能、狂言、雅楽とかも大好きだなぁ」

「お、おったおった」


 定一がアマテラスを探していたのか、現れた。


「もしかしてこの絵は直筆ですか?」

「あ!それ懐かし〜!そうそう、下に降りてた時にもらっちゃってね。たまに私ってバレる時があるからさぁ…」


 書棚には本だけじゃなくて、時々絵や小さな置物、宝石、お守り袋、石ころ、貝殻…。

さまざまな物も並べて置かれている。

きっと当時はよく地上に降りて、色んなものをもらったり持ち帰ったりしていたのだろう。

全部の話を聞いて見たいが、それにはあまりにも時間がない。


定一はものすごい早口で、色んなものの説明をアマテラスに求めている。


 定一はようやく幕末を抜け出せたらしい。

弥生は戦国時代あたりにさしかかった。


「おっ、『織田信長』だ」

 気になる信長の最期は衝撃だった。

思わず興奮すると、アマテラスがひょこっと覗きにきた。


「てん様…これ凄いねぇ…」

「お、信長かぁ。良い男だったよなぁ、やつは」

「そうか、信長…」


 まだ江戸時代エリアにいた定一が、その声を聞いて走ってきた。


「最期は?」


 弥生は本を定一に渡した。


「おお…まさか…そうか…」


 定一は思わず本を閉じて深呼吸した。


「なら光秀は…」


 近くに光秀を見つけると、一つ深呼吸をして最後のページを開いた。


「ほう…そうだったのか…」


 初めて明かされる歴史の真実に、定一は衝撃が強すぎたらしい。

目に涙を溜めて心を痛めていた。


「これは…書くのはお辛くはありませんでしたか」

「そうやねぇ。最期は誰でも辛いけど、この時代は特に、人が多く死んだからねぇ」


 宝物のようなその本を、定一はギュッと額に当てて祈った。


「大丈夫。光秀は昨日、地上に戻った。定一、お前のおかげでね」

「ああ…そうでしたか。良かった…」


 定一は眼鏡をずり上げて涙を拭った。


「時間は気にせず、好きなだけ読めばいい」


 アマテラスは定一の肩を優しくさすって、声をかけた。

定一はハッとなってアマテラスを見た。


「もしかして、私が地上に戻って新しく生を受ける時、私の記憶は全て消えてしまうのでしょうか」


 その言葉に、アマテラスの眉毛はハの字になった。


「ああ…記憶を持って戻ることはできない。残念ながらな」

「やはりか…」


 肩をガクッと落とした。

しかしそれは、仕方のないことだなと、弥生は思った。

ここには日本の歴史の全てが詰まっている。

これはただの人が見ても触れてもいけないだろうし、存在自体を知ってはいけない物なのだろう。


そう思うと、弥生は少しもやもやした。


 もしかして、私の記憶も全て…?


 この五日間の全部を忘れてしまうのだろうか。


 そう考えると、心が急に重たくなった。

椅子を探して、落ち着くために少し腰を下ろした。


全部、全部?全部を忘れてしまうんだろうか。


「大丈夫か、定一?」

「ええ…」


 定一は記憶は諦めるしかないと悟った。

自分だって生まれた時に前世の記憶は持たずなかったんだから、例外はないのだろう。

せめて、今世で心残りだった歴史の謎を全て解き明かしてからにしたい。


「ああ…ここの本、全部読みたいくらいだ」

「がんばれ」

「はあ…」


 頭をぼりぼりとかくと、定一は大急ぎで本を読み進めた。


 姿を見ない弥生を探して、アマテラスはキョロキョロしていると、椅子に座っている弥生を見つけた。


「どうした?疲れた?」

「てん様…」


 アマテラスを見上げる弥生は、目に涙が溜まっていた。


「どうした、弥生。泣いてんの?」

「だってー…」


 弥生は思わずアマテラスに抱きついた。


「どうしたのー、何が悲しくて泣いてるの」

「だって…私、下に戻ったら記憶、全部消えちゃうでしょう…?」

「あー…」


 アマテラスは、弥生の頭を優しく撫でた。さっきの定一との会話で、それに気づいてしまったらしい。


「すまん、気づいちゃったか…」

「私、てん様のこと忘れたくない…こんなこと知らなくても良かったから…高天原も、てん様も、ツキヨミ様も、スサノオ様も、オオクニヌシもオオモノヌシも…戻ったらもう二度と会えないのに、忘れるたくないのに…」

「弥生〜お前は可愛いなぁ…」


 お腹に顔を埋めるまだ子どものこの女の子が、アマテラスは本当に可愛く思った。

無知で尖っていて、会ったこともない神をむやみに嫌っていた女の子が、素直にこの世界を忘れたくないと泣いている。


「記憶は消えるけど、経験は消えへんよ」

「経験…?」


 アマテラスは弥生の隣に腰掛けた。


「うん。弥生はこの高天原で、たくさんの神に会って、美味しいご飯食べて、たくさん話して、たくさん見て、たくさん笑ったやろ」

「はい…」


「記憶は消えてしまうけど、この身体はそれを覚えてる。それに私たちはずっと、弥生のそばにおるんよ」

「そばに…?」


「うん。なんてったって、ここ日本は、八百万の神が住まう国。天照大御神である私は、いつも弥生にぽかぽかの光を届けてる。ツキヨミは夜を、スサノオは海を治めてる。ありとあらゆる物に、私たち神が宿ってるんよ」


 ふと袖からアマテラスは何か取り出して、弥生に渡した。


「これは…?」

「あげる。高天原からの物品の持ち出しは厳禁なんやけど、私が許可するわ」


 それは藍色のお守り袋だった。


「それは持って帰れるようにしてあげる。忘れたからって、捨てんといてな」

「絶対捨てない…」


 お守り袋はいい匂いがした。お日様のぽかぽかの匂い。アマテラスからいつも漂う、この世のものとは思えない良い香りだ。


「ツキヨミ様のも欲しい…」

「あー、欲張りさんがおる〜」


 アマテラスが何故か取り上げようとしたので、死守した。


「私のとツキヨミの、どっちか一つしかダメって言われたらどっちがいい?」

「絶対、てん様の!」

「ならよし」


 アマテラスは可愛い人の子の肩を抱いて引き寄せた。

頭をぽんぽんと撫でて、泣き止むように慰めた。





 定一が満足するまで待っていたら、空はもうお月様が上りきっていた。


「すいませんな、私に付き合ってこんな遅くまで待ってもろて」

「いや、私も楽しかったです」


 泣き止んでから弥生も、また色んな本を読み漁った。

古ければ古いほど、史実は曖昧なので特に面白かった。

伝説とされてるエピソードの真相を知った。


玉虫厨子を作ったアイデアにはやや戸惑ったが、聖徳太子の真の名も知ることができた。


「さてと、定一。私はいつでも良いが、いつ行きたい?」

「もう行きましょうかね。もうここに未練はありませんから」

「そっか」


 暗くて顔がよく見えなかったけれど、アマテラスの声が少し寂しそうに聞こえた。


「じゃあ、屋敷に戻ろう。出口はあそこにしかない」

「はい」


 月明かりが急に明るくなった。ツキヨミの仕業だろうか。お互いの顔がよく見えた。


「次はどんな人間になりたい?」


 アマテラスは定一に尋ねた。


「そうですな、別に希望はないけれども…」


 定一はふと空を見上げた。


「普通の歴史好きの男がいいですな」

「そうかそうか」


 言っている間に屋敷についた。

中から天女が何人もアマテラスと定一のお出迎えに来た。


「弥生。いまから定一を送り届けないといけないから夕飯は一緒にできないんやけど、大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫です。多分ふくさんがいらっしゃるかと…」

「私と食べたいの?」


 ふくが背後に立っていた。


「わっ!」

「私と食べたいの?」


 同じことを2回聞いてきた。


「はいっ!ふくさんと晩御飯食べたいです!」

「仕方ないわねぇ!」


 少し嬉しそうに憎まれ口を叩く。

その様子を見て、アマテラスも少し安心した。


「てん様。私が責任持って腹一杯食べさせますので」

「うん。ふくちゃん、よろしくね」

「はい。おまかせあれ」


 アマテラスは定一とたくさんの天女を連れて奥へ足速に言ってしまった。


「よし、晩御飯食べに行くわよ」

「はーい」


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