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高天原の思い出  作者: 天野かえで
弥生編
6/28

末っ子襲来


 次の日の朝が来た。

昨日と同じように目が覚めて体を起こした瞬間、外から声がした。

襖を開けると、そこには昨日と同じく、ふくがそこに立っていた。


「おはよう。よく眠れた?」

「はい…」


 どこか歯切れの悪い弥生を、ふくは10秒ほど見つめて、布団を片付けた。


「どうしたの」

「んー、なんか…ふくさん。ふくさんってどうやってここの天女になるって決めたんですか?」


 そう尋ねると、ものすごい怪訝な顔をした。


「なに、あんた。天女になりたいんけ?」

「いや、そうじゃなくて」


 弥生は昨日のアマテラスの言葉をふくに伝えた。

じっと聞いていたふくは、「うーん」とうなった。


「なんか期待されてるんやろうけど、私にはわからんわ。自分で考えなさい」

「ええ…」


 ふくは真顔で弥生を見た。

昨日の貼り付けたような笑顔の方が怖かったので、なんとなく嬉しい気持ちがした。

ちょっと気をゆるされたのだろう。


「ちなみに、どうやって天女になったんですか?」


 部屋から出ようとしたふくに尋ねると、彼女は立ち止まって振り返った。


「京の都での応仁の乱の最中、偶然見かけたツキヨミ様に恋に落ちてね。その後、戦に巻き込まれて瀕死になった時、ツキヨミ様に助けてもろて、その場で助けることもできる、言われたけれど、ツキヨミ様と一緒におりたいって言うたら、気がついたらここにおった。多分その時、あたしは死んだんや思う」

「……そうだったんですね」


 ふくは、なぜか勝気な笑みを浮かべた。


「良いでしょ」


 自慢げに言うから思わず笑ってしまった。彼女はここに、来たくて来たのだ。生きることよりもツキヨミの側にいることを選んだのだ。


「朝ごはん食べるでしょ?」

「はい!」


 弥生は今日もふくの後に続いて部屋を出た。

昨日と同じように朝ごはんを食べていると、誰かが遠くからこっちを見たいる。

誰だろうと思って眺めていると、近づいてきた。


「君かぁ、てんちゃんが連れてきたって言う、人の子は」

「あ、はい…そうです」


 小さいが、人懐こそうな青年だった。

変な柄の服を着ている。

窓を飛び越えて室内に入ってきた。

そして目の前で弥生の顔をマジマジと見ている。


「俺は、スクナビコナ。スクナって呼んでくれ」

「スクナさん…」

「おう!ここに来るのも久しぶりやな。お、天女ちゃんいつも可愛いねぇ」


 そう言って通りかかった天女のお尻をぱしんと叩いた。すぐさま頬を叩き返されていた。


「いてて、ここの天女は気が強いなー」

「スクナさんは、なんの神様なんですか?」

「俺?俺はなー、色々。酒、薬、呪い、医薬、温泉、石。などなど様々な学問に精通した超エリート神様なのだ。なんちってー」


 がはははと笑っている。

弥生は最後のたくあんをぽりぽりと食べた。

こう言うタイプはここでは初めて見た。

珍しいな。


「珍しいとか思ってんじゃないよー、神様にもいろんなタイプがいんのよ」

「そうなんですね」


 ごちそうさまでした、と手を合わせると、お箸を置いた。


今日は何をしようかな。


「お、お前暇なのかー?」

「はい…暇っていうか、何したら良いのか…」

「ほんじゃーさー、俺ちょっと用事あんだけど、ついてきてくんない?」

「用事…どんな?」

「俺の神社がさー、老朽化してきちゃってんだけど、俺は俺で参拝者の対応で一杯一杯でらそこまで手が回らなくてさ。良いタイミングでてんちゃんが時間いじってくれたから余裕ができて、溜め込んでた願い全部叶え終わったから、この隙にそれも一気に片付けちゃおうと思ってな。それをてんちゃんに頼もうかなーって」

「なるほど」


 この神様、チャラそうだけれど、案外ちゃんと考えてるな。


「誰がチャラ男じゃ」

「ああ…もう心読まれるって面倒!」

「まあ、そう言うな」


 スクナビコナは膝をパチンと叩いた。すると良いタイミングでふくが入ってきた。


「おや、お客様でしたか」

「おっす。なあ、いまからこの子借りたいんだけど、ちょっと連れ回しても良いかな?」


 ふくは食器を片付けながら、不思議そうにスクナビコナを見た。


「ええ、ご自由に。私に伺いを立てるのはお門違いかと」


 あまりにも無愛想に答えたから、スクナビコナはムッとした顔をした。


「そうかよ。おっしゃ、じゃ、行くぞ!」

「え、行くってどこへ?」

「とりま、てんちゃんの部屋だな。ね、てんちゃんってもう起きてる?」

「ええ、今日は早めにお目覚めです」

「よしきた」


 スクナビコナは弥生の腕を掴むやいなや、部屋を飛び出した。


「てんさんの部屋の行き方ってわかってるんですか?!」


 スクナビコナがあまりにも走るから、朝ごはんを食べてすぐの弥生にはきつかった。

もはや弥生の足は地面についていない。

例えるならアニメのような引っ張られ方をしていた。


「知ってるよ〜俺も神様だからな〜」


 昨日迷ったから無茶苦茶遠くにあると思っていた部屋に、秒速でたどり着いた。


「はっやっ!」

「言ったろ、知ってるって」


 スクナビコナはにっと笑うと、ズカズカ奥の部屋へ入っていった。


「おっはよー!てんちゃーん!」


 中にいて何か書きつけていたアマテラスは、テンションの高いスクナビコナを見て意外にも不愉快そうな顔をした。


「え、そんな顔すんの?」

「うん、ちょっとお前の相手してる暇ない」

「うわー、ひどい扱い。俺もちゃんとした用事できてんのにさー」


 スクナビコナはアマテラスの後ろに回って、何を書いているのか見に行った。


「なにしてんの」

「無人の社が増えてるって聞いたから、どんだけあるか今調べてる」

「多いだろ」

「うん。思った以上に」


 二人とも真剣な顔で見つめている。


「俺もちょっと、俺の社のことで相談にしにきたんだけどな」

「うん?」


 アマテラスは顔を上げずに促した。


「俺の全国にある社も、無人のところも出てきたし、老朽化が酷くなってきた。次また台風か地震が来たら、かなり激しく壊れると思う」


「そうか…最近は台風が酷くなってきたからな。氏子の収入も落ちる一方やし、定期的に修復ができず老朽化が進んでるんやわ」


「そう、氏子が減るのが痛いよなぁ。大きな神社は観光客が来るから良いものの、他の小さな氏神や地方の神社は厳しい。管理者も手薄になってきてる」


「ふむ。どうしたものか…」 


 アマテラスは筆を置いて、頭を抱えた。

スクナビコナは筆机の前にあぐらをかいて座った。 


「なあ、どうにか予算回せるか?」

「うん、考えてみる」


 そばで見ていた弥生は不思議に思った。


「あのー」

「ん?」


 アマテラスが弥生に目を向けた。


「神社の運営の予算を、てんさんが操作できるものなんですか?」

「うん…一応神様やからな。神社庁というのが文部科学大臣の所轄にあって、そこに直接働きかけてる。そこで私と話ができる職員が数名いるから、」


 弥生はすごい話を聞いている気がした。


「現代でも、神様と直接話ができる人がいるんですか?イタコって言うんですよね、確か…」

「いる。伊勢の私の社にもいるし、」

「俺のところにも、俺と話せるやつがおる」

「別にイタコではないけどね。普通の人間」


 神様がこんな普通に経営者のような仕事をしているとは夢にも思わなかった。


「いや、てんちゃんがこのタイミングで時間いじってくれてよかったよ。俺も最近パンクしかけてて、やばかったんだよね」

「うん、他のみんなもそう言う者が多かったから良い時やったかもね。全ての時の歯車は噛み合ってる。運命とはそう言うもんやから」

「良いこと言うねぇ。さすがっ!」

「お前が言うと何でもかんでも馬鹿にしてるように聞こえるなー」


 アマテラスが呆れて言うと、スクナビコナは不服そうに鼻の穴を広げて息を荒げた。


「仕方ねーだろ、そう言うキャラなんだから。そろそろ慣れてくれよ」

「それもそうか。まあ、少し考えさせて。もうちょっとちゃんと考えてから答え出すわ」

「おう。まだ希望はあるものな」

「ああ」


 アマテラスは大きく伸びをした。


「昨日の朝から夜更けまでみーちゃんと飲んでたから、疲れたー。なかなか帰らんからびびったわ」

「お前、オオモノヌシにほの字なんじゃねえの?」

「ほの字?そんなんじゃないわ」


 それには弥生も意外だった。アマテラスとオオモノヌシは相思相愛に見えた。


「いやいや、別に神に恋とか愛とかないから」

「え、でもさるさんとうずめさんは結婚してるんですよね?」

「ああ、あれは…まあ、この世界にも色々あんのよ」


 スクナビコナも肩をすくめていた。

アマテラスは急に寒気がしたのか、自分で肩を抱いてさすっている。


「なんかでも、ほんまに嫌な予感がすんのよね…だからお目覚めもよかったんやわ」

「お前なんもないと、一日中寝てるって噂だもんな」

「何その噂、そんなん流れてんの?」

「おうよ」

「誰が流してんの、一体」

「さあな」


 さてと、とスクナビコナは立ち上がった。


「なんか、俺も嫌な予感がしてきたからそろそろ帰るわ」

「なんかするよねぇ、なんなんやろ」

「怖いわ。常世の国に帰る。じゃあな、てんちゃん。次はいつになるかわからんけど」

「うん、気をつけて帰ってね」

「おう」


 スクナビコナはみんなが出入りに使う窓から飛び降りて出ていってしまった。風のような去り際の良さだった。


「風のように帰っていったな」


 アマテラスは窓からそっと、スクナビコナを見送ると、ギョッと目を剥いた。


「あー、これかぁ」

「ん、なんですか?」

「悪い予感が来たわ」

「ん?」


 下で何か空間が歪んだようなものが見えて、その瞬間恐ろしい速度でものすごい大きなものがこちらへ向かってきているのが見えた。


「来た…」


 アマテラスはじっと下を見ている。

下からドドドドと音が聞こえてきた。

物凄い風がこちらにも吹き荒れてきた。


「私の末の弟が…」


 そのタイミングで、ツキヨミも到着した。


「おい、今来たな」

「ツッキー。なんで来たんだと思う?」

「知らん。とりあえず迎えるしかないやろ」


 嵐のように風が吹き荒れて、髪を激しく揺さぶっている。大きな風の塊がぶつかってきたと思うと、目の前に大きな男の神がいた。


「久しぶり、姉上に兄上」

「ややややややっほー、スサノオ。ひさしぶりー」


 アマテラスの全身から嫌そうなのが滲み出ていて、むしろ清々しかった。


「スサノオ、中に入りたいんだったら、その風をどうにかしなさい」


 ツキヨミがまともに返した。

こっちはそこまで苦手意識はないようだ。


「はいはい」


 すると急にしおらしくなって、さっきまでの猛々しさがなくなり、ツキヨミと瓜二つの細身のお兄さんになった。


そのまま窓をくぐると、中に降り立った。


「ふう…なんかみんな高天原に行ってるから、俺も久しぶりに二人の顔を見たくなってさ」


 二人の緊張具合から、どんな鬼のような神様が来るのかと思ったら、拍子抜けだった。

それはアマテラスとツキヨミもそうだったらしい。


「お前、どうしたん…?」

「すっかり角が取れて…」

「いやー、俺もさ、そろそろ落ち着こっかなーって。尖ってんのもしんどなってきて」

「そ、そうか…」


 とりあえず座れ、とアマテラスはスサノオに座布団をすすめた。


「失敬失敬。さっき思い立ったから手土産も持たずにすまん」

「いや、お前が来てくれただけで充分だよ」

「うわぁ、姉様が武装しない上そんなことを言ってくれるなんて、思ってもみなかったからびっくり」

「ははははは」


 アマテラスが変な汗をかいている。


「最近はどうだ」


 ツキヨミがスサノオに尋ねた。


「海の状況は良くはないね。一時期よりかはマシなものの、まだまだ汚染が続いてる」

「そうだよな」


 スサノオの方も、話があったらしい。

問題が山積みだそうで、堤防や海水の汚染に、乱獲、他国からの船の出入りや海底のエネルギー資源についても苦言を述べていた。


「それを崩壊させないように食い止めるので手一杯だったから、久し振りに離れることができた」


 スサノオは弥生を見た。


「この子が人の子か」

「そうそう」


 そのままじっと見つめると、一つ小さく頷いた。


「うん、そうかそうか」


 何を考えているのかわからなかったが、やはり何か期待されていることはわかる。

仲が悪かったらしいこの兄弟を一致団結させるほど、現況は悪いのかもしれない。


「ほう、なんか久しぶりに兄弟に会ったら嬉しい気持ちになるなー。なあ、姉上、腹減った」


 スサノオがそう言って足を投げ出すと、その場の緊張が一気に解けた。


「何か持ってきてもらおうか。何が食べたい?」

「んー、肉が食べたい」

「肉な」


 そう言うと、アマテラスはどこか奥へ姿を消した。


弥生はツキヨミとスサノオが並んで話しているのを見ると、二人が兄弟なのが良くわかる。

ツキヨミが静なら、スサノオは動。

雰囲気とタイプは違うけれど、みんなほとんど同じ顔だ。

スサノオも格好良い。


「おう、俺の姿を目に焼き付けろ」


 褒められて良い気分になってるスサノオが、嬉しそうな顔で言ってきた。


「そんな同じ顔か?」


 ツキヨミが少し不服そうに尋ねた。


「なんで不服そうなんだ。俺はモテるぜ」

「……」


 アマテラスが帰ってくると、天女たちが豪華な食事を運び込んできた。


「お、きたきた」


 スサノオは早速、箸を持って片っ端から食べ始めた。


「やっぱり高天原の飯はうまい」

「そうか、たくさん食べていったらいい」


 アマテラスも酒を少し飲んで、落ち着いてきたらしい。

弥生のところにも運ばれてきたから、一緒に食べることになった。

こんな豪華メンバーでこんなご馳走を食べるなんて、ありえないことだ。

特別に美味しいご飯に、美しい神々を眺めながら余計に美味しく感じた。

スサノオは目にも止まらぬ速さで口に運んでいる。


「なむちが一昨日来てたけど、出雲は相変わらずなそうやな」


 ツキヨミが言った。


「そうだな、出雲は相変わらずや。あそこは歴史が長いから、基盤が強固やからな」

「問題は、陸奥(みちのく)か」

「そうだな」


 スサノオが魚の骨を口から取り除きながら言った。


「古くからの漁師にしても、最近は海への畏怖がどんどん薄くなってきている。もちろん船の安全性は高まっちゃいるが、自然の脅威は人工物では太刀打ちできねえ」


 弥生はひとつ疑問が浮かんだ。


さっきもアマテラスがスクナビコナと台風や地震の話をしていたが、地上ではそれは神の仕業だと言われることが多い。


けれど話を聞いていると、どうやら違うような感じがする。


「そう、弥生。私たちが嵐や地震、火山の噴火を起こしてる訳じゃないんよ」


 アマテラスの言葉に、ツキヨミも頷いた。


「自然の摂理はどうすることもできん。嵐は起こるし、大地は動く。火山だって時がくれば噴き出す」

「まあ、それらを俺たちのせいにして気がおさまるのなら、それもまたよし」


 その言葉に、また弥生の中で神様と宗教というものの価値観がガラッと塗り替えられた。

神様とは、一体何なのだろうか。

どうも、不思議だ。


「まあ、真面目な話はここまでにしてさ、楽しい話をしようよ」

「せやな」


 スサノオがそう言うと、立ち上がって急に踊り出した。


「え、踊るん?」

「踊らにゃ損損」

「いや、私は阿呆じゃないわ」

「仲直りの印や」


 スサノオがアマテラスの手を取って立ち上がらせた。

またスサノオの動きに合わせて音楽が聞こえてくる。

ここでは誰かが踊ったら音楽が鳴る仕組みになっているらしい。

興味が湧いて、弥生も試しに動いてみた。


「え、弥生も?」


 すると、まさかの違う曲調の音楽が流れてきた。弥生は面白くなった。


「うそ、私が踊っても音が聞こえるんだ!?」


 スサノオがアマテラスを踊らせているから、弥生はツキヨミの手を引いた。


「おい、勘弁してくれ」

「これ結構楽しいですよ!」


 音楽に誘われて、また何人か神様が来て、それから夜まで楽しい宴会になった。

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