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高天原の思い出  作者: 天野かえで
弥生編
5/28

雨の日


 翌朝、気持ちのいい目覚めをした弥生は、外からぽつぽつと水の滴る音を聞いていた。

窓を開けてみると、外は雨が降っていた。


「雨降ってる…」

「起きたかしら」


 襖の外から声が聞こえた。

開けると天女の一人がそこにいた。美しくて笑顔だが、目が笑っていないからなんだか怖い。


「朝ごはん、食べるわよね?」

「あ、はい…」


 弥生のお腹はちょうどいい塩梅に空いていた。

昨日はいつの間にこの部屋に戻ってきたんだろう。

考えていると、その天女が部屋に入ってきて布団を片付け始めた。


「昨夜はツキヨミ様が、あんたを運んできたのよ。良いわよねぇ、人の子ってだけでツキヨミ様と夜のお散歩に、お姫様抱っこで運ばれてきて寝かしつけられるなんて、んもー羨ましいこと限りないわ!」


 どことなく機嫌の悪い天女の言葉が強いのが気になったけれど、弥生は大人しく彼女についていった。

朝ごはんは別のところで用意されているらしい。


 厨房は慌ただしく天女たちが働いていた。

昨日の宴会の片付けが死ぬほどあるらしい。


「そこにあんたの朝ごはん置いてあるから、適当に食べなさいね。私は仕事があるから」

「あ、あの…」


 振り返る天女はやっぱり笑っているが、目は笑っていなかった。


「食べ終わったらどこに持っていけば…」

「……そこに置いておけば良いから」


 そう言うと、さっといってしまった。

朝ごはんは味噌汁とおにぎりとお漬物だった。

普通のご飯だが、信じられないくらい美味しいしかった。

それに感動して夢中で食べていると、また別の天女がやってきて弥生の前に誰かの朝ごはんが用意した。

しばらくすると、サヨリがきた。

昨日の宗像三女神の真ん中の神様だ。前に腰掛けると、大きく欠伸をした。


「おはよう、弥生ちゃん。よく眠れた?」

「おはようございます….サヨリさん。はい、よく寝れました」

「そう、良かった」


 サヨリはにこりと笑うと、行儀の悪い手つきで箸を持って嫌そうに漬物を口に運んだ。


「朝ごはんいらないって言ってんのに食べさすのよね、ここの天女たちは」


 それを見ていて弥生は、ここの神様はみんなチャーミングでした親しみやすい。

学校の歳の若い女の先生の話しているような感覚があった。

思ってからハッとなったが、サヨリは聞こえているのかいないのかわからないくらい無反応だった。


 外は相変わらず雨が降っていて、庭に紫陽花が雨を浴びて嬉しそうに咲き乱れていた。


(夏なのに紫陽花…?)


と思うと、サヨリが


「ここは季節が関係ないからね、母様は今日は二日酔いだから雨が降ってる。雨が降ってる日は紫陽花が咲くのよ」


と言った。


「なるほど…」


 聞こえてるようだった。


アマテラスが二日酔いになると雨か。

体調が悪いと天気が悪くなるって言っていたから、合点がついた。


「ねぇ、弥生ちゃん。今日は何をするの?」


 サヨリが尋ねたが、弥生はなにも良い案がなかった。


「さあ…何をしたら良いと思いますか?」

「そうねえ…」


 サヨリは腕を組んで右上を見た。


「屋敷の探索とか?」

「あ、それいいですね」

「でしょ」

「あ、でも、うずめさんに迷子になると大変だからあんまりうろつかない方がいいって言われたんですけど…」

「んー、そうね、ここの天女はあんまりあなたを認識しづらいからねぇ…」


 サヨリは行儀悪く箸をブンブンと振り回して考えた。


「あ、でも一人だけ人の子が天女になったのがいたでしょ。名前なんて言ったっけ…たしか…」


 その瞬間襖が開いて、さっき弥生を起こしに来た天女が入ってきた。


「あ、その子だ」

「はい?」


 相変わらず笑顔だが、目は笑っていない。


「この子よ、弥生。確かツキヨミに恋しちゃってこっちに来ちゃったのよね、600年前とかに」

「へぇ、よくご存知で」


 彼女はそう言いながら、弥生とサヨリの茶飲みにお茶を注いだ。


「名前なんだったかしら、確か…」

「ふくと申します」

「そうだそうだ。おふくちゃん。あなた人の子だったから弥生ちゃんがはっきり見えるのよね?」

「へぇ、はっきりと」

「ね、だからさ、今日、弥生ちなんが屋敷探索するって言うから、ちょっと付き添ってあげてくれない?」


 ふくは急に真顔になってサヨリを見た。


「昨晩の急な宴会のせいで屋敷中仕事だらけで、遊んでる暇がございませんので」


 そう言うとまたにこりと笑った。そのまま部屋を出ていってしまった。


「なによ、怖いわねぇ」


 サヨリは嫌そうな顔をして出ていった方を睨んだ。


「意地悪な子ね。仕事なんてたかが知れてるくせに」

「仲、悪いんですか?」

「まさか!いけすかないだけよ」


 サヨリもなかなかだなと思いながら、弥生はおにぎりの最後の一口を食べた。

全部食べ終えると、お腹が満足して幸せな気持ちになった。


「てんさんのお部屋ってここからどうやっていくんですか?」


 弥生はサヨリに尋ねた。


「母様の部屋はねぇ、ここを出て左に行って最初の角を右に曲がってそのまままっすぐ行って、突き当たったところを左に行ってまたまっすぐ行って、三つ目の部屋よ」


 難しいうえに、説明ができるサヨリがすごいと思った。


「まあね。覚えた?」

「いや、もう一回お願いします…」


 サヨリはそのままもう一回同じことを言ってくれた。

弥生は口の中で復唱したが、覚えた自信はない。


「迷ったら、母様を思い浮かべながら何となく歩いてみたら良いわ。ここの屋敷はある意味自由自在だから、多分たどり着くわ」

「そんなもんですか…」

「そんなもんよ」


 部屋を出ようと襖を開けると、ふくが前に立っていた。


「あ、ごちそうさまです」

「お粗末様でした」


 入れ違いに部屋に入ろうとしたふくが、弥生に


「迷子になったら大声で名前を呼んだらよろし」


と言った。


「えーっと…」

「私の、名前ね」

「ありがとうございます!」


 弥生がなんか嬉しくなってお礼を言うと、ふくは初めてちゃんと笑ってくれた気がした。

部屋に入ってきて弥生の食器を片付けるふくを、サヨリは物珍しそうに見た。


「珍しい、あなたが人の子に親切にするなんて」

「あら、そうですか?いつもと変わりませんけど」

「そうかしら?」

「へえ」


 少しいたずらに笑うふくに、サヨリもつられて笑ってしまった。




✴︎




 弥生はさっき言われた通りに進んでみたが、『まっすぐ進むと突き当たり』の突き当たりまでが思ったより長くて、不安になり始めていた。

また中庭を二つも通り過ぎたのだ。

うずめに部屋まで連れていってもらった時は、話すのに集中して道を覚えようとしていなかったし、最初に来た時もほとんどパニックだったから全く覚えていない。

だいたいこの屋敷は広すぎるんだ。


途中何人か天女ともすれ違ったが、みんな弥生に気付かずに素通りしていく。

迷ったら名前を大声で言えと言われても、言いづらいのが正直なところだ。


せっかくなので、アマテラスを思い出してみた。

美人でお転婆なお姉さん。

今日は二日酔いらしい。

その姿を思い浮かべると、どことなくまっすぐ行くのに自信がついてきた。

もう少しこのまま進んでみよう。


 しばらく歩いていると、ようやく突き当たりになった。

そこから左に曲がって三つ目の部屋がアマテラスの部屋だ。

左の廊下を見ると、また恐ろしく長い廊下が見えた。

左右を襖が閉まっていて、どこからどこが一つ目の部屋なのかわからない。


「ええい、ままよ」


 弥生は思い切った。

一番手前の襖を開けてみた。

そこは大きな部屋になっていて、人は誰もいなかった。


「一体何の部屋なのよ」


 部屋の奥は丸い窓になっていて、空が見えている。

このまま奥へ三つ行くときっとアマテラスの部屋だ。

老化ではなく部屋の中を進む方式に切り替えた。部屋は恐ろしく広いので、廊下を進んでいたら絶対にどれが三つ目の部屋かわからなかっただろう。


 あまりの広さに、弥生はおもわず走り出した。

それくらい広い。

そしてまず二つ目の部屋へと続く襖を開けた。

二つ目の部屋は、一つ目よりも大きな部屋だった。


「このまま真っ直ぐ」


 弥生はまた走り始めた。

奥の襖は見えているのに、全然つかない。

むしろ広がっているような感覚がある。


「どんだけ広いの、この部屋は…」


 途中休まないといけないくらい広い。

ふと後ろを振り返ると、さっき開けていたはずの襖が閉まっていて、どこから来たかわからなくなってしまった。


どこから来たかわからなくなると、

どこへ行けばいいかわからない。


弥生は今度こそ不安になった。


ぐるぐると周りを見渡せば、四方に同じ色同じ形の襖が見える。

それに端が全部遠すぎて、どれから開けたら良いのか完全にわからなくなった。


 でもきっと隣の部屋にはアメテラスがいて、叫んだらきっと気付いて襖を開けてくれると分かっていつつも、その勇気が出なかった。


っていうか、ここまでくるのに50mほど走ってきたのに、まだまだ端につかないと言うことは、部屋が拡がっているという可能性もある。


 あと一歩のところで、弥生は挫けた。

疲れてそこに仰向けに転がった。


「昨日のツキヨミさん、かっこよかったなぁ…」


 と、呑気に昨日の夜のことを思い出していた。

ツキヨミの格好良さを思い出すと、思わずにやけてしまう。格好いい人っていいな。


「さるさんも、なんだかんだかっこよかったし、ほかの神様も格好いいんかな…」


 もっと日本の歴史について勉強すればよかった、と後悔し始めた。

もし知っていたら、昨日の宴会中にどの神様がいるのかわかったかも知れなかったのに。

わかったのは十二支だけ。

人型じゃない。

他にも格好いい神様いないかな〜何で呑気に考えてぐるぐる回っていると、目の前に誰かの足が見えた。


「きゃぁ!」

「うお」


 見上げると、筋肉隆々の男の人が立っていた。

多分この人も神様だ。


「こんなところで何をしてる?」

「いや、あの、えっと、その…」


 弥生は思わず正座になって姿勢を正した。


「てんさんの部屋を探していて迷子になりまして…」

「で、ここの部屋でゴロゴロしてたのか?」

「……はい……」


 思い切り転がり回っていたので、恥ずかしくなった。

彼はしゃがんで弥生の顔を覗き込んだ。


「お前、人の子だな」

「あ、はい…」


 近くに来た彼の顔が、仁王門に立つ阿吽の像に良く似ていた。

目はガラスのように美しく、顔立ちは整って凛々しかった。


「あれは、俺を元に作られたからな」


 ああ、この人にも心の声が聞こえてるのか…と思いながら恥ずかしがっていると、頭をポンっと押された。


「ほら、てん様のところへ行くんだろう。連れていってやろう」

「ほんとですか!」

「ああ」


 弥生は立ち上がった。

立っている彼はものすごい背が高かった。


「てん様の部屋は隣の部屋からは通じてないから一旦廊下へ出ないと入れないんだよ」

「え、そうなんですか…」

「うん、あんなだけど一応最高神だからな」

「そっか…」


 彼が襖に向かって歩くと、四歩でついた。


「え、どんだけ走っても部屋の真ん中だったのに」


 驚いてそう言うと、彼はふっと笑って

「そういうもんだ」

と言った。


襖を開けると、廊下に出た。


そのまま右に歩いていくと、襖が開いているところがあって、中に入ると、昨日うずめに連れられた部屋だった。

そのまた奥の部屋に続く襖があり、彼はそこをゆっくりと開けた。


「てん様、タヂカラオだが…」

「あー、ちからちゃーん…」


 タヂカラオが静かに声をかけると、また一つ奥の部屋から声が聞こえた。


「いるな」


 彼は弥生をチラッと見て中へ入り、また奥の襖に手をかけた。

広い室内には、真ん中に布団が引かれていて、アマテラスがそこにだらだらと寝ていた。


「ちからちゃーん、ごめんねぇ、今日二日酔いが酷くてえ…」

「いや、そのままで」


 身体を起こそうとするアマテラスを制止し、枕のそばに腰を下ろした。


「あ、弥生もおはよう」

「おはようございます…」


 弥生もその隣に腰掛けた。


「どしたの、今日は」

「昨日は来られなかったからな。久しぶりに顔でも見にこようかと思って」

「そうだよねぇ。ここ何十年も全然集まる機会もなかったもんねぇ」

「ああ…」


 タヂカラオは、外に向かって「オイ」と声をかけた。

するとすぐに襖が開いて天女が姿を表した。


「はい」

「すまんが、何か飲み物を持ってきてくれんか」

「ただいま」


 天女はすぐに帰ってきて、お茶と水を置いて出ていった。

タヂカラオは急須のお茶を湯呑に注いで、アマテラスに手渡した。


「ありがと〜」


 アマテラスは身体を起こすと、湯呑みを口に運んで一口飲んだ。


「か〜染みるぅ」


 とオヤジのような反応をする。


天女は三つ湯呑みを用意してくれたから、タヂカラオは残りの二つにもお茶を注ぐと、一つを弥生に渡してくれた。


「ありがとうございます」

「君は本当に、細々としたことに気が効くねぇ」

「そういう性格だからな」


 お茶のおかげで復活したからか、アマテラスは少し顔色が良くなった。

窓もずっと暗かったが、雲間が出たのか外が明るくなった。


「はあ、ちからちゃんが来たらいつも癒されるわ。ありがとね」

「いや、こちらこそ」


 弥生がふとタヂカラオを見上げると、物凄く優しい目でアマテラスを見ていた。

なるほどなぁと思ったが、


「何が?」


と、アマテラスに言われてしまった。


「いや、なにも」

「ふうん?それより弥生、一人でここまでくるの大変やったやろ?ちからちゃんとどっかで会ったん?」


 タヂカラオは笑って弥生をチラッと見ると、


「隣の部屋でゴロゴロしてるのを見つけたぞ」


と言った。


「ええ?隣の部屋でゴロゴロしてた?!何それめっちゃ面白いやん!」


 アマテラスは大笑いしている。「いたたたた」二日酔いで自分の笑い声が頭に響くらしい。


「サヨリさんに、てんさんの部屋への行き方を教えてもらったんですけど、最後の最後に見つけられなくなっちゃって…隣の部屋まで来たもののここまで来られなくて、諦めかけて部屋の真ん中でゴロゴロしてたら見つけられました」

「しかし、何で弥生に気付いたの?」

「んー、なんか変な気配があったから襖を開けてみたら、人の子がいるもんで」

「ちからちゃんは繊細だからなぁ、敏感に気付いてさすがじゃー」


 アマテラスはどしどし、とタヂカラオの肩を叩いた。タヂカラオは少し嬉しそうな表情を浮かべた。


「で、弥生は今日は何するんだ?」

「このお屋敷の散策でもしようかと」

「そら大変やな。この屋敷は普通に迷子になるように作られてるからなぁ…」

「てん様が案内するのは?」

「今日は無理やわ…多分今日も誰かしらくるやろ、昨日の宴会に来なかった宴会嫌いが…」


 そう話していると、窓がまたぴかりと光り、誰かの影がうつった。


「ほら、きた」


 アマテラスはスタスタとそちらへ歩くと、窓を開けた。


「わぁ、みーちゃんじゃーん!」


 これが噂の、と弥生は思った。

オオモノヌシがだった。

長く美しい白髪に、透き通るような白い肌。

どこか爬虫類の雰囲気のある神秘的な美しい男神だった。


「久しぶり〜みーちゃん、会いたかったわ」

「わしもだ」


 と言って部屋に一歩足をかけた時、彼は中にいる二人に気がついて、緩みかけた頬を引き締めた。


「誰かいるんやったらまたの日に…」

「やだ、帰らんとって!」


 アマテラスが腕を引っ張ると、とんっと室内に降り立った。

裸足の足が信じられないくらい白い。

白い大蛇に乗ってきたらしく、続いて蛇が部屋に入ると同時に小さくなってオオモノヌシの肩に乗った。


「お前はいつも強引な…」

「へへへ、ええやん。みーちゃんに会うのも久しぶりやのに」

「その名を人前で呼ぶのはやめろと何千回も言ってるやろ」

「ごめんなちゃい」


 どことなく居ずらい雰囲気を察知したタヂカラオは、不意に立ち上がった。


「タヂカラオか、久しぶりやな」


 オオモノヌシは、タヂカラオに話しかけた。


「あ…ああ。お久しぶり…さてと、てん様も見たし、そろそろ帰ろうかな」

「ええ?!」


 アマテラスはタヂカラオの方に駆け寄った。


「帰るん?来たところやのに?」

「ああ、そういえば、釜に火をつけていたのを忘れていた。完成させないといけないのが一本あって…」

「いや、今時間遅めてるから、急ぎの仕事とかないやろ」

「そうもいかん。鉄は熱いうちにうたないと」

「えええ〜」

「少し居てくれないか、わしも酒を持ってきた」


 オオモノヌシも引き止めに加勢してきたから、タヂカラオは余計に居心地が悪くなった。


「いや、こんな昼から酒は…てん様も二日酔いだし」

「そだなぁ….今、酒はきつい気もするけども…」

「そうか?」


 オオモノヌシは少し惚けた顔をした。

それを見たアマテラスが「あはは」と笑い、タヂカラオはまた居づらそうにした。


弥生は少し離れたところでその三人の神様を見ていて、何だか面白かった。

みんな美しいな。

絵心があれば、この瞬間を切り取って絵に描いて飾りたいくらいだ。

ずっと見てられる。


 すると、急に三人がこっちを見た。

タヂカラオも急に気を良くしたらしく、良い顔をしている。

何でかなと思ったら、またすっかり忘れていたが、みんな心の声が聞こえるんだった。


「じゃあ、もう少し居ようかな」

「そうだな。弥生も我らが気に入ったらしいし」


 神様も褒められると気分が良くなるらしい。


「ここは私の寝所やから、隣の部屋に行こう。私もそろそろ朝ごはんにしたい」

「まだ朝餉も食べてへんかったんか」


 オオモノヌシが呆れて尋ねたら、アマテラスは恥ずかしそうに肩をすくめた。


「だって…二日酔いなんだもん」

「なんだもんって…」

「いいからいいから、ほら!あっち行って!ちょっと身支度もしてくるから!」


 弥生もまとめて部屋から出された。

隣の部屋には人数分の膳と座布団とつまみが既に用意されていた。


「さすが、アマテラスの屋敷だな」


 タヂカラオが感心していうと、一つに座った。

弥生も後に続いて座った。

適当に座ったけれど、一人だけお茶と甘いものが置かれているから、多分ここが弥生の席であっている。

他の席はお酒の用意がなされている。オオモノヌシもスッと座った。

弥生はお茶を一口飲んで、可愛いお饅頭を一口食べると、頬が落ちるほど美味しかった。


「おいしい…」


 その様子に、タヂカラオもオオモノヌシも思わず笑っていた。

しかしアマテラスがいないと誰も話す人がいないので、沈黙が落ちていた。


「ごめんごめん、私がおらんかったら誰も話さへんやん。お待たせ〜」


 と賑やかにアマテラスが身支度をし終えて帰ってきた。

アマテラスには朝ごはんも天女が運んで来た。


「は〜二日酔いの日の特別な朝ごはんや。さすが私のお姉さん方」


 アマテラスはゆっくり白湯を飲むと、お腹に優しいお粥を一口食べた。梅干しが美味しい。


「私もさっき朝ごはん食べたんですけど、本当に美味しかったです」

「せやねん。みんな最高やろ。全国津々浦々のみんな神棚に色々置いてくれるおかげで、一番美味しいものがここに届くから、私は特上の食材を毎日食べられるってわけ!」


 アマテラスの体調が戻ってきたからか、雨が止んだ。


「今、虹出てるよ」


 と言うので、弥生は窓を開けてみると、目の前に大きな虹がかかっていた。こんな立派な虹は初めて見た。


「すごい…綺麗すぎる…」


 神様たちは座って窓を見ている。美しい景色なんて見慣れているのだろう。


「うう…カメラがあったら撮りたい…」


 窓を開けっぱなしにして、弥生は席に戻った。


「カメラなぁ。ここにはないなぁ」アマテラス

「要らんからな」オオモノヌシ

「最近の人はやたら写真に残したがるのは何でなんだろうな」タヂカラオ

「それは!」


 弥生は思わず大きな声が出た。


「それは…みなさん2500年以上も生きてるからこんな景色も見慣れてるんでしょうけど、私たちは100年も生きられないから、綺麗な景色は一回見たらもう二度と見れないかもしれないんです。だから写真に残して見返したいんですよ…」


 美しい神様たちに注目されて、尻すぼみになった。


「なるほどね」

「そう言われればそうだな」

「寿命の存在を忘れていた」


 納得の様子に、弥生はホッとした。

そして弥生は急に不思議な気持ちになった。

ここへ来るまでは信じず、存在も知らなかった神様と談笑しているなんて、夢みたいだ。

昨日ここへ来てからされるがままにここにいるけれど、ずっとここに居て良い訳ではないだろうし、私は何のためにこんなありえない経験をしているんだろう。


 弥生はふと、来た時のアマテラスの言葉を思い出した。


『私の言動に意味なんかない。なんとなくや』


 意味なんてない。なんとなく。そんな理由だけで、私を選んでここに連れてきたのか。

自分の意識に耽っていると。

神様たちが静かにこちらを耳を傾けていた。


「あ、ごめんなさい。全部聞こえてるんでしたよね…」


 オオモノヌシが、ふと杯を下ろした。


「弥生。そなた、一度わしの山に来てみるといい」

「わしの山?」

「ああ、奈良の大神神社というところにわしはいつもおる。その山は未だ禁足地が残されておるから、私はいつもそこでじっと眠っている。地上に帰ってから来てみなさい。わしはそなたをそこで待っていてやろう」

「……帰ったら、行ってみます」

「うむ」


 アマテラスが上目遣いに弥生をみた。


「けど、もう少しいなさいね。まだ弥生はここですることがあるやろ」


 その意味深な言葉に、弥生は何も思いつくものがなかったけれど、後数日この心地いい世界にいるのを許されているのかと思った。


しかし、私はなにか考えて見つけなければなら

ないはずだ。


なにを?


 じっと考え込む弥生を、神様たちは静かに見守っていた。

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