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高天原の思い出  作者: 天野かえで
弥生編
4/28


 屋敷に戻ると、すぐにやかましい音が聞こえてきた。

廊下を天女たちが忙しなく走り回っている。


「どうしたの?」

「ああ…うずめ様まで!今日はお客さんばかりでてんやわんやですわ!」

「そうなのね。私は弥生を返したらすぐ帰ろうと思っているから、気にしないでちょうだい」

「あ、でも、てん様には一目あってから帰ってくださいね!そうじゃないと私たちものすごい怒られますから」

「はいはい、相変わらずね、てんちゃんは」


 ウズメが思わず本音をこぼすと、天女は苦笑いして走り去った。

来た時は静かだった屋敷中に、誰かしらの喋り声や気配があった。


「ここね」


 一番奥の一番大きな部屋は襖は開け放されて、中にたくさんの動物や人の形のおそらく神がいた。


「あらま、神無月でもないのに神様だらけ」

「やっぱり、これ全部神様ですよね?!」


 うずめは頷くと、弥生の手を取って中へ入った。


「お、うずめちゃん!久しぶりやなぁ」

「お久しぶり、元気してた?」

「相変わらず綺麗やなぁ」

「あらま、ありがと」

「さるは元気かいな!」

「ええ、元気よ」


 うずめは色んな神たちに口々に話しかけられている。

彼らには弥生は見えていないのか、全く弥生とは目が合わなかった。


「みんな力が強すぎて、弥生ちゃんには気づかないのよ。だから気にしないで」


 うずめは神と動物をかき分けてようやく一番奥のアマテラスのところへ着いた。

そういえばさっき十二支まで勢揃いしていたのには驚いた。


「おお、うずめ〜来てたんや〜」

「もう、てんちゃん。酔っ払ってるじゃない」


 アマテラスは顔を赤く染めて、ベロベロに酔っ払っている。

隣にはオオクニヌシが、またしてもベロベロで笑っている。


「なむちまで!もう、あんたたち揃ったらいっもベロベロなんだから」

「いいじゃんか〜前は150年前ぞ?今回ぐらい許してくれぃ」

「仕方ないわねぇ。窓から吐くのだけはやめなさいよ、あんたが吐いたら、真夏に雹が降るんだから」

「へいへーい」


 そういう原理なのか、と弥生は思った。

時々変な季節に雹が降る時は、天上でアマテラスが吐いてるのか。


「弥生ちゃんは、いつものお客さん用の部屋でいいわよね?」

「あ、弥生!忘れてた!おう!連れていってあげて〜今日はもう多分朝までみんな帰らんから、ここは危険」

「もう、ほどほどにしなさいね。私は帰るから」

「はいはーい」


 酔っ払いのアマテラスは、弥生に向かって投げキスをしてきた。

日本の最高神なのにノリが軽すぎる。

うずめに引き連れられて、廊下に出た弥生は、屋敷の奥の奥まで連れて行かれた。

もう宴会の喧騒は遠くになった。


「ここだと静かね」


 ふと窓を開けると、アマテラスの部屋に地上から続く階段がいまだかかっているのが見えた。

何人か神様が、それを伝って登って来ている。


「あの階段はいつまで繋がってるのかしらね」


 隣でそれを見たうずめが言った。振り返るといつのまにか布団が用意されていた。


「今日はここで寝なさい。部屋から出るのはお勧めしないわ。この屋敷は広いし、あなたは人の子だからここではてんちゃんとつっきー以外はあなたを見つけるのは難しいの。だから一度迷うと大変よ」

「うずめさんは帰るんですか?」

「ええ、なんだか夫に会いたくなってしまって」


 うずめは少し照れて肩をすくめた。それがとても可愛らしかった。

そしてふとまた窓の外を見た時に、うずめは嬉しそうに手を振った。

サルタヒコが階段を登ってきているのが見えたのだ。

サルタヒコもうずめに気がつくと、そこから窓まで飛んできた。


「うずめ!ここにおったんか」

「おさるさん。どうしたの、ここまで来るの珍しいねぇ」

「うん、弥生を送って帰ってたんやけど、なむちがまだ出雲とここを繋いでるって聞いたから迎えにきた。なんか久しぶりに会いとうなってな」

「私も今日は、会いに行こうと思ってたの」

「おお、そうかそうか。それは良い時に来たな、俺は」


 仲が良さそうでなんとなく嬉しい気持ちで見ていた弥生に、サルタヒコが気がついた。


「お、弥生か。禊されたんやな」

「あ、はい。来てすぐにされました」

「うん、おかげでよお見えるようになった」


 弥生は見える見えないの法則がよくわからなかった。すぐに見える神と、全く見えない神、集中すると見える神。


「それはやな、俺やなむちのような土着の神は、基本的には地上にいるからお前さんたちが見える。けど大抵の人間は穢れを纏っていて澱んで見えてるんや。アマテラスやツキヨミ、多分スサノオも、この三神は全ての生き物が平等によく見えてるが、他の神たちは神力が強いから逆に見えてない」

「でも私は、おさるさんと契ってるから、あなたが見えたのよ」

「あとは、ここにいるひじりや人の子たちは普通にお前が見えてる。逆に動物たちはお前をほとんど見えてない。それはそもそも視力があまり良くないからっていうのもあるがな」

「なるほど」


 月が雲間から現れて強く光った。


「さてと、うずめ。帰るか」

「そうね、鈴鹿に帰るのは久しぶりだわ」

「ほんまやで。寂しく一人で夜を明かす俺の身にもなってくれ」

「あら、そんなに寂しかったの?」


 うずめが甘えたようにサルタヒコの顔に手を添えた。サルタヒコはその手を握り返した。


「当たり前や。お前がおらんと寝られへん」

「私も、あなたがいないと寂しくて寝れなかったわ」

「嘘つけ」


 そう言って二人で微笑みあっているが、若干目に毒だった。


「帰るか」

「そうね」


 そのままサルタヒコはうずめを抱き上げると、ふわりと階段の方へ飛んでいった。

二人はこちらに手を振ると、階段をするすると降りてすぐ見えなくなった。


 月が綺麗に見えている。

天上からみるとこんなに大きいのか。

手を伸ばせば届きそうなほど近くに、柄さえもくっきり見える。


「月が近いのは珍しいか?」

「ひっ」


 耳元で急に声が聞こえた。恐る恐る振り返ったが誰もいない。


「だっ…だれ…?」

「ツキヨミや」

「あ…」


 アマテラスの弟神だと思い出した。光源氏の実写みたいな人だ。


「光源氏は想像上の人物や。元になったとされる在原業平も私とはまた違う顔をしていて…」

「っていうか、どこから話しかけてるんですか?」


 ずっと姿が見えないのに、耳元で饒舌に喋られてしまって、たまらなくなってきた。


「姿を現そうか?」

「どこにいるんですか?」

「アマテラスが太陽ならば、私は月。アマテラスは高天原を、私は夜の食国おすくにを常に把握している」


 とんっと畳から音がしたので、振り返るとそこにツキヨミが立っていた。

白く陶器のような肌が、青い月明かりに照らされて美しく光っている。


「あのー、かぐや姫って月にいるんですか?」

「かぐや姫はおらんな。あれは作り話や」

「え、そうだったんだ」

「うん。かぐや姫はおらんが、ここで悪さをした女神が地上の竹に入れられて罪を償わせられたことはある」

「それってそのまま…」

「かぐや姫の正体や」

「わぁ、すごい話聞いた」

「ずいぶん前のことやけどな。それこそ2000年以上前の」

「月って行けるんですか?」

「行けるっちゃ行ける。あそこには夜の食国があるからな。でも行けるのは私とてんと少数の神だけ」

「そうなんだ…」


 ツキヨミの声は低い良い声だ。月の神様がこんな声だったら良いのになと思う一番合った声をしている。


「そんなに私の声が気に入ったか?」


 心を読まれてぎくりとした弥生は、ツキヨミを見上げると、少し嬉しそうに笑っていた。


「さて、弥生。お前まだ眠くないか?」

「え、うん。全然眠くないです」

「じゃあ私が、夜の散歩しないか?」

「夜の散歩…」


 ツキヨミが弥生の手首を掴んで、昼のアマテラスのように窓に足をかけた。兄弟揃って同じ手法だ。


「きゃーーーーーー!!」


 弥生の声が聞こえたのか、階段を行き交う人が上を見上げるのが見えた。


「あっはっはっはっ」


 ツキヨミはそんな弥生を見て笑っている。

しかもアマテラスはさっと浮遊に切り替えてくれたのに、ツキヨミはずっと落下し続けているから、もしかしたらこの人の方が悪質かもしれない、と弥生は思った。

その瞬間、浮遊に切り替わった。


「てんより悪質とは、聞き捨てならんな」


 思ってることが全部聞こえているので、それもまた厄介だ。

目下には美しい日本地図が広がっている。

東京や大阪などの大都市はキラキラと美しく光り輝いている。


「お前には、あの灯りが美しく見えるんか」


 ツキヨミがボソッと尋ねた。


「私たちは人が科学を用いて作った物がどうも合わない。火の灯りしかない頃は私もよく降りていたが、最近は電気の光を浴びると身体に合わずに寝込んでしまう」

「寝込むとどうなるんですか?」

「天気が優れない日が続くな。しかも私とてんの体調は連動しているから、私の体調が悪くなれば、てんも調子が悪くなる。てんの調子が悪ければ、悪天候が続くから地上に災害がもたらされる」

「最悪の悪循環だ」

「うん」


 ツキヨミはその近くに漂っていた雲を捕まえると、弥生を座らせて自分も横に腰掛けた。

すると下から鳥のようなものが飛んできた。

近くに来るのを見ると、顔はさる、体はタヌキ、虎の柄の足と蛇の尾を持つ変な生き物が来た。


「あれは変だが、鵺という獣や」

「ヌエ…」


 鵺はツキヨミのそばにくるとふわりと雲の上にとまった。


「ツキヨミ様。お久しぶりどす」

「ああ、久しぶりやな。元気にしとったか?」

「ええ、相変わらずですわ。ツキヨミ様は、散歩どすか?」

「ああ、てんが久しぶりに人の子を高天原に上げたから、私もそれと散歩しよう思てな」

「おや、私には見えまへんが、人の子がそこにおるんどすな」

「うん」

「どうもこんばんは。見えまへんけど、しばしの高天原を楽しみなはれ」

「あ…ありがとうございます」


 弥生の声も聞こえないらしく、「ありがとう、言ってるで」とツキヨミが伝えてくれた。


「お前も調子はどうや?最近は京も生き辛かろう」

「ええ…しかし京はまだ田舎ですさかい、山奥におったら昔と変わらしまへんな。人の子もどんどん私のことは見えへんようになって来とるし、今の方が生きやすいくらいですわ」

「そうか」

「へぇ、昔はこの見た目からよう嫌われましたけどな、見向きもされへんのもきついもんがあるさかい、ずっと山奥に篭ってますわ。夜になったら人目もあらしまへんから、こうやって空を飛んで散歩しとる次第で…」

「そうか、なら良い時に私もおったんやな」

「へぇ、ツキヨミ様にお会いできるとは夢にも思ってませんでしたから、今夜はええ夜ですわ」


 鵺はぷるりと全身を揺すった。


「さて、お邪魔すんのもこの辺にして、私は散歩の続きをしてきますわ」

「ああ、良い夜を」

「ツキヨミ様も、そちらの人の子も」

「はい」


 ツキヨミがまた伝えてくれた。

それを聞くと、満足そうに頷いてふわりと下へ身を投げた。

思わず下を覗き込むと、風に乗って気持ちよさそうな鵺が小さくなるのが見えた。


「あれは、いわゆる妖怪という類なんですか?」

「せやな。昔は仰山おったし、あんな見た目に鳴き声も大きかったから嫌われて退治されることもしばしば…」

「あんな礼儀正しくて穏やかなのに?」

「まあ…人の子は醜いものを嫌うから」

「そっか…」


 夜だったからあまり全貌をはっきりは見えてなかったけれど、弥生にはそこまで醜くは見えなかった。

むしろどことなく愛くるしいような風にさえ見えていた。

見た目で判断して、醜いのは一方的に嫌って退治する人間の方だ。

そう思うと、ツキヨミがふっと笑った。


「せやな」

「もう…心の声なんで聞こえるんですか…」


 恥ずかしくなって恨みがましく言ってしまった。


「お前たちは、神社で心の中で祈るやろ。それが聞こえてへんかったら、私たちは人意を聞くことができへんからな」

「そっか〜そういうことかぁ…」

「うん」


 突然また地上がぴかっと光るのが見えた。なむじが階段を作って上がってきた時と同じような光だった。


「誰か来たな」

 光は近づくにつれ3つであることがわかった。

「あれは…てんの3人娘やな」

「てんさんは3人も娘がいるんですか?」

「うん、まあなんか色々ややこしいから、あの子らがスサノオの娘なんか、てんの娘なんか、私はよくわかってないねんけどな」


 きゃっきゃっと声が聞こえてきた。若い女の神が3人飛んできているのが見える。


「おじ様〜!」

「きゃ〜久しぶりだわ〜!」

「今日もかっこいい!」


 思わず弥生は笑ってしまった。しかし目の前に現れた三人の女神たちは恐ろしいほど美しい人たちだった。アマテラスにも良く似ている。


「久しぶりや。みんな元気そうやな」

「やだ、相変わらずだわ、おじさま」

「おじさまも変わらず麗しくて」

「ほんとにずるい〜!どうせだったらおじさまの娘がよかった〜」

「ははは」


 ツキヨミが笑うと、三人の女神たちはぽっと頬を赤らめた。


「スサノオにもたまに会ったりしてるんか?私はもう何百年も会ってないけど」

「いや、お父様なんて会ってないわ、私たちもそれなりに忙しく人間の面倒見てるんだもの」

「そうよ、第一お父様なんてどこで何してるかわからないんだもの」

「そもそも本当に私たちの父親かどうかも怪しいってのに」

「ははは」


 彼女たちの弾丸のおしゃべりにも慣れているのか、また笑っている。


「弥生、左からタキリ、サヨリ、タキツや」


 ツキヨミが弥生に女神たちを紹介してくれた。


「あら、誰かいるの?おじ様」タキリ

「ああ、てんが久しぶりに人の子をこっちに上げたんよ」

「あ、だから時間が遅くなってるのね。祈祷中だったからびっくりしちゃった」サヨリ

「わかる。私も神主が祈祷してるの聞いてる最中だったから、急に超遅くなっちゃって何事かと思ったわ」タキツ。


 タキツが神主の真似をしたので、タキリとサヨリは大笑いしている。弥生も釣られて笑ってしまった。

「あ、今、声が聞こえた」タキリ。

「笑ったのね」サヨリ。

「ごめんなさいね、私たちおじ様のようにはっきりは見えないのだけれど、声はしっかり聞こえてるからね」タキツ。

「あ、そうなんですね」


 弥生が言うと、三人はまたびっくりして少し笑った。


「今度はちゃんと聞こえた」

「不思議よね、地上にいる人の子は見えるのに、高天原に上がるとたちまち見えにくくなるの」

「あ、じゃあもしかして、高天原では皆さんは神様か動物しか見えないんですか?」


 弥生はなんとなく質問した。女神たちは、不思議そうに首を傾げて頷いた。


「ええ、高天原にそれ以外に生き物はいないでしょ」

「なるほど、この人たちには「人」が見えないんだ」

「高天原は神の世界やからな。基本的にはその他のものは見えへんようになってる」


 ツキヨミが頷いて教えてくれた。

女神たちはそれをまた不思議そうな顔で見ている。

「人」の存在に気づかないようになっているのだ。


「今ってもしかして、母様は屋敷で大宴会してる?」タキリ。

「ああ、なむじも来てたで」


 ツキヨミがそう言う時、タキツが目を剥いた。


「はあ!?あの人私に会いに来ず何してるわけ!?」


 タキツは立ち上がると、居ても立っても居られない様子で、サヨリの肩を掴んだ。


「早く行こう!」

「どこへ?!」

「母様の屋敷よ!」

「いやや、私もうちょっとおじ様とおしゃべりしたい」とサヨリ。

「何言ってんの!じゃあタキリ姉様!」

「私も母様よりおじ様がいい」とタキリも。


 タキツは地団駄を踏んだから、雲が若干揺れた。


「もう!!ほんじゃあ私一人で先に行く!」


 タキツはそのまま高速で上に吹っ飛んでいった。

その圧にまた雲が揺れて弥生は落ちそうになったが、ツキヨミが引っ張って引き寄せてくれた。


「やれやれ、嫉妬の女王は怖いわぁ」タキリ

「見つかったら最後、なむじは耳を引っ張られるだろうね」サヨリ。


 そう言うと二人はのろのろと腰を上げた。


「追いかけていかなかったら末代まで呪われるから行くわ、おじ様」

「また今度ゆっくり私たちの島にも遊びにいらしてね」

「ああ、私も後でまたてんの屋敷にも戻るから、また会うやろ」


 サヨリはウインクすると、二人ともまた宙に浮いて上に向かって飛んでいってしまった。


「いつものように嵐のような姪たちやな」


 ツキヨミはふっと笑うと上を眺めていた。


「タキツさんは、なむじさんの奥さんなんですか?」

「うん、せや」

「神様の世界も結婚とかあるんですね」

「うん、スサノオもなむじも何人か妻がおるからな」

「てんさんとツキヨミさんも結婚は?」

「私らは、してへんな」

「どうして二人は結婚されないんですか?」


 ツキヨミは遠くを見ながら少し考えた。


「子を産む必要がないからやな。てんも私も国を守るのが存在する目的で、子を残すことやない。それに、」


 ツキヨミは弥生をじっと見た。


「お前たち人が、私らの子やからな」


 そして頭をぽんぽんと撫でた。弥生は思わず胸がときめいた。

こんな人がもし地上に現れたら、秒速でノックダウンしてしまう。

でも地上には2500年生きてる神様は存在しないことをしっている。


「弥生、見てみ」


 ツキヨミが急に雲の向きを変えて、階段を見せた。

酔っ払いの神たちが、階段を転がりながら降りていくのが見える。


「これは、タキツが大暴れしとるな」


 ツキヨミはくっくっと笑っている。

大慌てで降りていく神様たちが滑稽だった。

弥生も釣られて笑ってしまった。


「そろそろ屋敷に戻るか。人も減ったやろ」


 そう言うと雲を上へ移動させた。

階段が消えていくと思ったら、耳をタキツに引っ張られたなむじが、階段を降りていくのが見えた。

そこから階段は消えていっている。


「なむじのお帰りや」


 ツキヨミに気づいたタキツが笑顔でこちらへ手を振ってきた。

耳まで赤く酔っ払ったなむじもへらへらと手を振るので、タキツに頭を叩かれていた。

屋敷の近くに行くと、外にも何人かの神様たちと動物たちが談笑しているのが見えた。

屋敷内はどうやらお開きらしいが、外で名残惜しい者たちがおしゃべりに花を咲かせているらしい。


 さっきまで階段が伸びていたところに雲を寄せると、ツキヨミは弥生を掴んで窓に飛び移った。

室内に入ると、こちらも真っ赤に酔っ払ったアマテラスが、まだ酒を飲みながらタキリとサヨリと話をしていた。


「お、弥生とつっきーやないの。夜のお散歩でもしてたん?」

「うん。今夜は鵺におうたわ」

「鵺!ずるい、私も会いたかった〜」

「ずるいって…お前は今日はいっぱいいろんなのに会えたやろ」

「それな」


 ツキヨミはアマテラスのそばの自分の座布団に腰掛けた。


「つっきーも飲む?」

「ん、少し飲もかな」

「お、珍しい!ちょっと待って、新しい杯を持ってきてもらわんと」

「私が行ってきますわ」


 タキリが腰を上げた。


「ありがと、タキリ。良い娘やわ」


 タキリはニコッと笑うと部屋を出た。アマテラスはツキヨミの方をにたーっとした笑顔で見つめるので、ツキヨミは少し嫌そうな顔をした。


「何その顔」

「お前の方こそ」

「だって私の晩酌に付き合うなんて、よっぽど気分がいい日やないとしてくれへんやん」

「そうか?」

「そうよ、よっぽと弥生とのお散歩が楽しかったんやなぁ〜」

「ああ…」


 ツキヨミはタキリが持ってきた杯をもらうと、アマテラスはそこにお酒を注いだ。

ツキヨミは口をつけて少しだけ含んだ。


「人が嫌いな神はおらん」


 ツキヨミのその言葉に、アマテラスはふと笑った。


「せやな、私ら神は人のために存在してるからな」

 弥生はそれを聞いて、思わずそこにいる神様を見た。彼らはそんなふうに思っているのか。


 タキリがふと弥生のそばにやってきて、小さな杯を弥生に渡した。


「私まだお酒は…」

「高天原のお酒は、地上のものとは少し違うから少し飲んでみなさい」

「でも…」


 アマテラスもツキヨミも頷いている。


「じゃあ、ちょっとだけ…」


 注がれたお酒は無色透明で、とても綺麗だった。

弥生は意を決して少しだけ口につけた。

お酒が触れたところが、焼けるように熱い。

けれどその中に様々な香りが凝縮されていて、喉を通るときには爽やかな感覚があった。


「なにこれ…」


 それを見ていた二人も、満足げに杯に口をつけた。

生まれて初めてのお酒が天上の酒なんて、と思いながらもう二口飲んだ。

その二口も全く違う味がした。

顔が熱い。

ぱたぱたと手で仰ぐと、少し涼しい風が顔に当たった。


 弥生はそのまま眠りに落ちてしまった。


「あれま」タキリ

「寝たか」アマテラス

「だってまだ15歳でしょ、飲めないわよ」サヨリ

「強すぎたか〜」タキリ


 ツキヨミがそばに寄ってきて、弥生を持ち上げた。


「部屋に寝かしてくる」

「はーい、つっきー。よろしくねぇ」


 ツキヨミは小さく頷くと、部屋を出ていった。


「おじ様ってあんな面倒見のいい人でしたっけ」


 タキリがアマテラスに尋ねた。


「ね、意外だよね。よっぽど人恋しかったんじゃない?」

「母様もおじ様も、人が好きよねぇ」


 アマテラスは、杯の中に月を浮かべて少し笑った。


「人がいなければ、私たちの存在する意味はないからね」


 夜は更けてきた。


アマテラスは気持ちの良い眠気と共に、

「もう少しだけ飲もう」

と娘たちに声をかけた。

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