高天原へ
頬を何かが触れる気配に目を覚ました。
目の前に何か大きいものがある気配がする。
目を開けると、すぐそばであぐらを組んで座る男が、指で弥生の頬を突くのが見えた。
とにかくでかい。
着物を身につけて、右手は頬杖をついて、さも面倒臭そうに弥生を見ていた。
「だっ…誰…?!」
「やっと起きたか」
そう言うと彼は立ち上がった。
「立てるか?」
「えっ?」
その時、空の色が変なことに気がついた。
紫や青、緑や様々色が川のように流れて、
絵のような雲が、間に流れている。
周囲をキョロキョロみると、社会の教科書で見た屏風絵のような景色が広がっている。
松の木に川。
なぜかイラストちっくな魚が川を泳いでいる。
上半身を起こすと、他にもいろんな景色が見えた。
ふわっといい匂いが漂ってきたかと思うと、すぐそばの池のハスの花が開いた。
「ほら」
さっきの男が弥生に手を差し出してきた。
立て、と言うことだろう。
弥生が恐る恐る手を取ると、ふわりと立ち上がらせられた。
男は立った状態で見ても、信じられないくらい大きかった。
「あの…あなたは…」
「サルタヒコや。ここではさると呼ばれてる」
「さるさん…」
変な名前だと思った。
「あの…ここはどこですか?」
「ここは…いまはまだ、ほとんどお前さんの生きてる世界や」
そうは見えない。
「詳しい説明は、あとあと。俺は導きの神ゆえに、さっき賽銭箱に突っ込んで気絶したお前さんを高天原まで連れてくるよう言い渡されとるだけやからな」
「え、私、賽銭箱に突っ込んだんですか?」
「うん…ここ2500年ではじめての人間や」
「うわー、恥ずかしすぎ…」
「うん、まあ、とりあえず、この船に乗るで」
絵に描いたような池に、絵に描いたような簡単な船が浮かんでいた。
「この池って…いったい何…?」
「なんやろうな、アマテラスが『お釈迦様にもろた』って急に高天原においたから、俺もようわかってへんねんな」
船に乗ると、サルタヒコは櫂を漕ぎ始めると、視界が歪み、池の水が下に落ちていく感覚があった。
「で…でもなんで私…こんなところにいるんですか?」
「アマテラスが、あんまりお前が境内で毒づいてるから、興味が湧いたらしい」
「え?アマテラスって」
「この社に祀られてる神さんな」
「うそー…」
毒づいていたの全部聞こえていたのか…。
神様なんて信じていなかったけれど、もうこの状況て信じていないとはいってられない。
「そうそう。もはやこんな景色、人間は死んでから以外では見られへんからなぁ」
弥生はギョッとしてサルタヒコを振り返った。
1ミリも表情を動かさずにサルタヒコは、弥生をチラッと見た。
「俺も神様やからなぁ」
「サルタヒコ神社…の…?」
「正解」
気付くと、水はどんどん下っているのに、景色はどんどん上がっていっている。
「え、この水どうなってんの?!」
重力は普通は上から下へ行くのに、水は下りているのに上がっていた。
「せやから、高天原に行くって言ってるやろ」
「ええ、高天原ってなに?私やっぱり死んでるの?!」
「ちゃうって、お前さんは死んでない。ただアマテラスが会いたいからって呼び出されただけで」
「ねぇ、それって死ぬってことじゃなくて?!ねぇ、おろして!私を下へ戻して〜!」
「おい、暴れんな」
サルタヒコが手を弥生にさっとかざすと、一気に動きが取れなくなった。
「ちょっと、やめて!!」
「お前さん、この船から落ちたら、ほんまに迷子になるで」
「え?!迷子になったらどうなるの?!」
船はどんどん高く上がっていった。
下を見ると、さっきまでいた世界が遥か下に見えた。
ありえない角度で船が登っていく。
弥生は思わず船底に掴まって、体を小さく丸めた。
浮遊感が30秒ほどあると、船はもう一度水に浮かぶ感覚に戻った。
恐る恐る目を開けて周りを見渡すと、ハスの花が大量に咲き誇る池に船が浮かんでいた。
「ここって…」
「ここが高天原や。お、ひじり」
サルタヒコが誰か見つけたようで、そちらへ手を振った。
その先を見ると、誰かが池の中で気だるそうに水浴びをしているのが見えた。
サルタヒコはそちらへ船を進めた。
「さるか。久しぶりだな」
「おう。元気そうやな」
「まあまあだ」
ひじりと呼ばれた人は、とても細くて儚げな美しい男の人だった。
黒い髪の毛を耳の前でふたつに束ねて、まるで日本史の教科書の飛鳥時代の人のようだった。
白い肌着を着て、だらしなく池の淵にもたれかかっている姿が、やけにセクシーだった。
「それは?」
弥生を見つけると、怪訝そうな顔して尋ねた。
「てんちゃんが、連れてこいって」
サルタヒコが答えると、大きくため息を吐いた。
「久しぶりだな、そのパターン」
「せやろ。俺、ここまで来るんも久しぶりやったわ。なあ、ひじり。お前さん、この子をてんちゃんのところまで連れていってくれへんか?俺ここあんまり長いことおったら、しんどいねん」
「ああ…ちょうどもう帰るところだから…」
「助かる。ほら、お前さん、このひじり…聖徳太子殿に連れていってもらい」
「え、聖徳太子?」
弥生は思わずその人を全身舐めるように見てしまった。
「不躾なやつだな」
ひじりと呼ばれていた聖徳太子は、明らかに嫌そうな顔をして、池から上がった。
「ほら、お前も船から上がれ」
嫌そうにそういうと、手を貸してくれた。
「さるに礼も忘れるなよ」
弥生は振り返って、サルタヒコを見た。
「あ、ありがとうございました…」
「おう。多分帰る時も呼ばれるやろうから、ほなまたな。高天原、楽しんで」
「は…はい…」
サルタヒコは池の真ん中に漕ぎ出すと、また吸い込まれるように下へ落ちていった。聖徳太子は近くの松の木の枝にかけてあった上着を緩くかぶると、緩く帯も巻いた。濡れている髪の毛がやけに色っぽい。
「ほら、行くぞ」
「は、はい…」
スタスタと裸足で歩いていく聖徳太子の後ろをついていった。
さっきいたところとは、また違う景色だった。
さっきまでのところは全てが絵のようだったけれど、今度はもっと輪郭がぼやけた、本物の世界に見えたが、色彩が極彩色だった。
そしてどこもかしこもキラキラと輝いている。果物は陶器のようで、植物は貴金属のようだった。
やがて少しだけ光を纏った立派な御殿が見えてきた。
扉は開け放たれている。
聖徳太子はそのままスタスタと入っていった。
「おかえりなさい、ひじりちゃん」
中から飛鳥時代の肖像画のような服を着た女の人たちがたくさん出てきた。
「ただいま」
聖徳太子はそのままスタスタと中へ歩いていくので、弥生はそのままついていった。
女の人たちは一切弥生を見ていない。
気づいていないのだろうか。
「さるが連れてきた人間の子を、てんのところへ連れて行かないといけないんだが…」
「え?」
彼がそう言うと、彼女たちは一斉に後ろを見た。
「やだ!気づかなかった、ごめんなさい!」
「私たちいっつもひじりちゃんに夢中なのよ」
「悪気はないのよ!少し小さかったから見えなかっただけで」
「私たち霊力の少ない人には気付きにくいところがあるのよ」
みんなが一斉に弥生を取り囲んだ。悪い人ではなさそうで、みんな可愛くていい笑顔で弥生に話しかけている。
「立ち話してたら進まん」
「ごめんなさい、ひじりちゃん。でもこの子、てん様のところまで行きたいんだったら、そのままじゃだめね」
「地上の穢れを纏いすぎてるわ」
「穢れを落として新しい服に着替えないと」
「じゃあ、そうしてくれるか?私はちょっと用があるんだが…」
聖徳太子が離れたところから言った。
「もちろん!忙しいひじりちゃんの足を止めるわけにはならないから、もう構わないで行っちゃって!」
「こっちでてん様のところには連れていっとくから〜」
「よろしく」
聖徳太子はそのまますぐにどこかへ行ってしまい、弥生は屋敷の奥へ連れて行かれた。
「あんなこといって、どうせすることなんてないくせにね」
「またいつものように、お昼寝の時間なんじゃない?」
「仕方ないわよ、彼、繊細なんだから」
多分聖徳太子のことを言っている。弥生が連れてこられたのは風呂場だった。
大きい。
大きい湯船には白濁色のお湯が溜められている。
服を全部剥がれると、まず全身にお湯をかけられて、塩で揉まれてから湯船に突っ込まれた。
怒涛の流れ作業だった。
それなのに彼女たちの服装は一滴も濡れていない。不思議そうに見ていると、「これが天上よ」と言われた。
また心が読まれた。
ふやけるまでつからされると、今度は全身を拭かれて白い着物を着せさせられた。
彼女たち同じ形の違う色の服だ。
着物のように苦しいのかと思ったら、ゆるゆるで心地よかった。
ホカホカの状態でお風呂から出ると、また違う部屋へ連れて行かれた。
途中何度か中庭を通ったが、全て違う季節だったのが不思議だった。
「てん様、いまいるのかしら」
「いたと思うけど」
「この子連れてこさせてんのに、いないとかないでしょ」
部屋の前で立ち止まってると、扉がいきなり開いた。
「わ!」
「おお!きたか人間の女の子!」
ものすごい美しい女の人だった。
「お、お姉さん方も完璧。さるにしか言ってこなかったのに、ここまで来られるのは最高の極み!よくできた人たち!さすが!」
「みんなあなたの僕ですから」
「あはは」
豪快に笑うと、部屋の奥へ戻った。
お姉さん方は中へ入ろうとせず、弥生だけ中に入るように無言で圧力をかけてきた。
部屋に入った瞬間、後ろで襖が高速でしまった。
中にはさっきの美しい女の人と、同じ顔の男の人も座ってこちらを見ていた。
男の人は、光源氏が実在したらこんな顔なんだろうなと思うような感じだった。
「弥生。よくきたね」
「ど、どうして私の名前を…」
「私はなんでも知ってるんよ。斉藤弥生。私の社でずっと悪態ついてた小娘ちゃん」
彼女は少し凄みのある笑顔で弥生を見た。
「アマテラスオオミカミ…」
「そう。こっちは弟のツキヨミ」
「弟さんで…」
「ああ」
「そんなんはいいからそこへ、おすわり。少し話そう」
「話すって何を…?」
「なぁに、そうびびりな」
アマテラスの横に控えるツキヨミの前に、座布団が一つ置かれている。
きっとそこに座るべきなのだろう。
正座をして座ると、
「楽に座ってもええんよ。ここは誰もが平等やから」
と言われた。
「え、どう言うことですかる」
「そのままの意味や。なんなら私たち神相手にもタメ口でも全然いいし、なんなら私のことはてんちゃんって呼んで」
「…てんちゃん」
「うん?」
アマテラスはにっと笑った。今までに見たことのないほど美しい人なのに、無邪気で子どものようだ。
「それにしても、お前はしぶとかったな。賽銭箱に突っ込んだ人なんて、初めてくらいやで。な、ツッキー」
「ああ、なかなか豪快やった」
恥ずかしくて、顔を上げられなかった。
「気にしな。第一気絶させせんとこちらに呼び寄せられへんから、アマテラスがお前の体調をいじったのが原因やからな」
「え、そうだったんですか?」
「うん。この御世では久しぶりの悪態具合で、私もなかなか気に入ったで」
「まじか…私、家を出る時から悪態ついてたもんな…」
「なんなら、伊勢に旅行が決まった時からついてた」
「そんな時のことから把握してるんですか?」
「もちろん。この国に住む人の声はだいたい聞こえてくる」
「まあ、アマテラスはエゴサーチが得意やから」
「そうそう、意外と悪口の方がよお聞こえるってわけ」
そう言ってアマテラスは手を叩いて大笑いしている。神様ってもっと威厳があって静かで厳かなのかと思っていた。なんだか女子高生みたいだ。
「そうそう、私はいつだってこんな感じなんよ」
また内心を読まれてギクッとした。
「こんなちゃらんぽらんな女神が、この国の最高神なのにさ、最近の人間はおもろないわ」
「おもろないなぁ。みんなやたら神経質で。息の詰まるつまらん世の中になってもうたもんや」
「明治維新以降やな」
「せやなぁ。国が開いたのは、いい風に転ぶかとおもたけど、何やおかしな方向に進んでしもうた」
「おかしな方向…?」
弥生が思わずつぶやくと、アマテラスは目を見て頷いた。
「弥生のような、無条件に私に悪態をつくような人が、いまは仰山おる。昔もおらんことはなかったけど、今はなんかおかしな怨み方をようされるんや」
「おかしな怨み方…」
アマテラスの最近の悩みだった。
例えば、病気や怪我、事故、戦争や災害などで、恨言を言われるのならまだ良かった。
理由があったからだ。
しかし、現代はなぜか五体満足で障がいもなく、頭も正常で衣食住に困ってもいないような人が、神に恨み言を言ってくる。
逆に五体不満足で障がいのある人やその家族の方が、感謝してくるのだ。
どんな世の中なんだろうといつも不思議に思っていた。
「私たちは、人間の声は届くが、下で具体的に何が行われてんのか、詳細はわからん。しかも最近はなんでか特に穢れが強くなってしもて、近づくのもむずかしくなってきてしもうた」
「明治まではアマテラスも私もたまに下に降りてたんやけどな、最近は難しいな」
「最近は難しい。最近の流行りの服とか着てみたいのにさぁ、全然行かれへんから悔しいわぁ」
「流行りの服に興味があるの…?」
「もちろん!私を誰やおもてんの?」
アマテラスはまたにっと笑った。美人がそんなあどけない表情をすると、恐ろしいくらい魅力的だ。
「さて、お前は少々こっちで休んで行ったらいいよ。少し休憩が必要やったやろ?変な信仰の仕方の母親に無理やりこさされて可哀想にな」
アマテラスはばっと立ち上がった。
奥の窓を開けると、弥生に来るように手招きした。ふらっと近寄ると、そこは広い世界が広がっていた。日本列島が見える。
「え、ここのそんな高いところにあんの?」
「どこや思てんの。ここは高天原やで」
気づくとツキヨミもそばで下を眺めていた。
アマテラスとツキヨミに挟まれると、この世のものとは思えないくらいいい匂いがした。
「うん、ある意味この世ではないからな」
まだ心を読まれた。
「古事記か、日本書紀は読んだことあるよな?」
弥生は首を横に振った。
毛嫌いしていたから、母に渡された簡単に読める本さえ、読んでいない。
「え、そうなんか。まあ、いいわ。私が説明してあげよ」
アマテラスは弥生の腕を掴むと、足を窓にかけた。
「気をつけてな」
「うん、ちょっと留守頼んだ」
「え?!ちょっとどこいくの?!」
その瞬間、アマテラスは窓の外に飛んだ。
ぎゅっと目を閉じると、一瞬落下の感じがあったが、すぐにふわりと生暖かいものに包まれた。
恐る恐る目を開けると、アマテラスと二人、宙に浮いていた。
「さてと。この国に最初に生まれた神たちは姿を持たない。けれど、この国に自体に神は宿っていて、常に国を守っている」
アマテラスは淡路島の上空にやってきた。
「ここが私の父のイザナギとその妻イザナミが契りを交わし、この国のかたちを作ったところ。その後、イザナミは黄泉に落ち、それを迎えに行くのを失敗したイザナギの、左の目を洗った時に私が生まれた」
その当時の映像が、弥生の頭の中に流れた。
信じられない光景だ。
それから、スサノオとの喧嘩、オオクニヌシとの出会い、天孫降臨、ほかの土着の神との交流などが全部見えた。
「すごい…オオモノヌシの神って美しい人…」
「お、お前もみーちゃんがお気に入りか?」
「みーちゃん?」
「おっと、この名前を使うと怒られるんやった」
アマテラスは雲の上に飛び乗った。
「近頃は、食べ物も悪くなってきたから、こちらに人の子をあげるのも難しくなってきてるねんなー」
「食べ物…」
「うん、みんな自然でできたものだけを食べてた頃は、こちらに上げてもお前がさっき受けたような禊だけで済んでてんけど、最近の子らは一回身体の中を全部入れ替えんとこちらには合わないくらいやから…」
「ならどうして私はあれだけで済んだんですか?」
弥生の質問に、下をキョロキョロ眺めていたアマテラスが弥生を見た。
「お前の母親がお前に与えていた食事が良かった。お前の母親の信仰は私の好みじゃないけど、食事だけはよくやってると思う」
「なるほど…」
今まで皐月がどこで食材を手に入れて来ているのか知らなかったけれど、ほとんどの食べ物を家で渡されたもの以外口にさせられていなかった。水でさえも。
「ま、お前の母親は自分は他のものもばりばり食べてるけどな」
「え?!うそ!信じらんない」
「まあ、お前がここにこられたんやから、許してあげなさい」
お母さんが隠れて何か食べてるなんて、知らなかった。
確かに、頂き物のお菓子などは必ず取り上げられてどこかへ持っていかれていたが、まさか食べてたなんて。
「でも、私は何のためにここに連れてこられたんですか?」
そう尋ねると、アマテラスは不愉快そうに顔を歪めた。
「質問ばっかりせんといて。私の言動に意味なんかない。なんとなくや」
「なんとなくって、ええ…」
「とにかく、お前は私が生まれてから今までにこちらに呼び寄せた人間の中の数すくない一人や。帰りたくなるまで、しばらくここで好きなことして楽しんだらいい」
「え、でもそれって浦島太郎的な…」
「いや、今は下の時間は遅めである。だから好きなだけおりって」
「はあ、遅めてある…」
突然、下が一箇所光ったと思うと、そこから長い長い階段が伸びてきた。
「うわ、なむち来ちゃった」
「てんちゃん!もう、急に時間遅くしたでしょ!!」
階段をどしどし上がってくるのは、男の人だった。中肉中背の物腰の柔らかそうな人だが、顔は明らかに怒っている。
「やっほー、なむち。久しぶり〜」
「久しぶり〜じゃないよ!こっちは仕事しとったのに、今まさに祈祷中だったんだよ?!」
「めんごめんご」
「軽い!ただでさえ長い祈祷なのに遅くしたら何十年かかるか!そもそもなんで…」
ようやく気づいたのか、オオクニヌシは弥生を見た。
「なるほど」
「察しが宜しくて」
「そういうことなら仕方ないね。ま、僕たちも最近休みなかったからいいか…」
「せやろ?ね、ちょっと飲んでいかん?いいお酒あんのよ、いま」
「どうせ近畿のお酒でしょ。たまには九州とかのがのみたい」
「九州のもある。こないだ、高天原からニニギが遊びに来たからな」
「お、ニニギ。いいじゃん。気が効くじゃん。じゃ、ちょっとお邪魔して」
「なむちが来るんだったらみーちゃんも呼びたくなってきたな」
「やだよ、みーちゃん呼んだら、あんた別人みたいになるんだから」
「なによ〜」
「みーちゃん呼ぶのは、二人っきりの時にしなさいよ」
「むむむ、そうね」
「あのー…」
弥生はほったらかして屋敷に帰ろうとした二人に、思わず声をかけた。アマテラスはもはや忘れていたらしい。
「ああ、弥生。お前は適当に過ごしたらいいよ」
「階段はそのままにしておきましょうか?出雲に行けるよ」
「出雲…」
ふと気づくと、その階段はさっききたアマテラスの屋敷の窓に続いていた。
「高天原には、転生もせずにずっといる人間も割とおるから、会いたければ探したらいい。帰りたくなったら、私の屋敷に来て一言かけて」
急に放り出された弥生だった。屋敷に戻る二人の背中を眺めると、周りをキョロキョロ見渡した。
下を見ると、綺麗な形の日本列島がある。
なんとなく降りるのはもったいない気がして、階段を登って屋敷とは違う方に降り立った。
屋敷の周りは宝石のような自然の森になっていて、チリ一つ落ちていない。
天井の端は、崖のようになっていて、ふと向かい側から崖の下を眺めながらブツブツと喋っている老人がやってくるのが見えた。