水の使徒 上
地面を掴む足で地面を蹴り、瞬きするよりも速くグスタフの間合いに入る。盾を構えるよりも速く、俺の拳がグスタフに叩き込まれる。
「ぐっ!?」
グスタフは鎧が破壊されながらも剣を振り下ろす。回避することなく受け止め、大きな傷から血が溢れる。
それと同時にグスタフの両腕と両足が切断される。
「なっ!?」
『それじゃあ、止めはよろしく』
グスタフの背後でミサが跳び退く。
地面に落ちるグスタフの鎧を左手で掴み上げ、離し顔面を兜ごと右ストレートで殴り付ける。
「があっ!?」
大きく吹き飛ばされるグスタフに即座に肉薄し空気の砲撃を顔面に叩きつける。
首は消し飛び、衝撃で壁に大きな穴が開き、残った胴体は機能を停止させる。
ふん……まさかこの程度で機能が止まってしまうとはな。かなり予想外だったが、これでさっさと去れる。
『おい、退散するぞ』
『ええ、そうしよ――危ない!!』
開けた穴から外に出ようとしたところで背中から後ろに引き寄せられる。
その瞬間、地面にクレーター状の陥没が現れる。
……マジかよ。あの状態からも再生できるのかよ……!?
俺の目の前で胴から氷の義足と義手が生えてくるのを見ながら絶句しつつ身構える。
それと同時に氷の剣が地面から次々と突き出してくる。回避しながら風を扇状に振るい氷の剣を破壊する。
いや、これは暴走と言った方が良い。もはや理性がどっかに消し飛んでる。
「ギギギギ!!」
壊れた機械のような音をたてながら先程までとは違う、異次元とも呼べる超加速で肉薄してくる。
ちっ……!!邪魔くさい!!
氷の義手が剣へと変わり逆袈裟に振るわれる。
【スルーズ】と【マルチタスク】を連結させ思考力を加速、鈍化した世界で氷の剣を裏拳で破壊していく。
「ギギギ!!」
臆することなく次々に振るわれる氷の剣を【スルーズ】の拳で破壊し付け根を爪で切り裂く。
破壊された義手から伸びる杭を身体を反らして回避し、もう片手の攻撃をミサの糸が絡まる。
僅かに出来た隙に地面を蹴って飛び退いて回避し炎を刃を放つ。グスタフは両足の義足を切り離して回避し直ぐ様義足を作り上げる。
グスタフが着地したところでミサが斬りかかる。グスタフは剣の腹でミサの鎌を防いで弾き、氷の杭を真下から打ち出すが糸を壁に放ち、身体を壁に引き寄せて回避する。
『ギギ……!』
憎たらしそうな音を出したかと思うと氷の剣を重ねる。その瞬間、氷が溶け一つの巨大な剣へと姿を変える。
あれを受けたら……間違いなく死ぬ!!
「【氷月割】」
『――!【天の鎧】!!』
超速でミサとグスタフの間に入り氷の剣をどす黒い紫と赤の大楯で防ぐ。
辺りは衝撃波でひび割れ、逃げ遅れた奴隷たちが入った檻が吹き飛ばされる。ミサも自分に糸を巻き付け地面にくっつけて吹き飛ばされるのを防いでいる。
「【湖月凍土】」
『燃え尽きろ!!』
地面に走る冷気に向けて炎を撒き散らして中和する。
熱気と冷気がぶつかり合い、辺りの壁や檻がより一層ひび割れていく。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
氷の大剣を大楯で弾くと風の刃を放つ。
グスタフは氷の壁を作り風の刃で切り裂かれると同時に破壊して元に戻した氷の剣で俺の胸を切り裂く。
痛みを耐え間合いに入ったグスタフの後ろに高速で回り込み掌底で吹き飛ばす。
追撃の土の杭をグスタフは身のこなしだけで回避しミサの二振りの鎌による奇襲を防ぎ蹴り跳ばす。
『ぐうっ!!』
『だが、十分な隙が出来た』
グスタフが追撃のために動こうとしたところで動きが止まる。その隙に全力の【四属性魔法】を発動する。
巨体な火球が、大渦が、巨岩が、雷が、風が、一斉にグスタフに降り注ぎ一つの災害の様相が生まれる。
それでもグスタフは倒れない。
沸き上がる黒煙をグスタフは突破し俺を両断する。その瞬間、俺の身体は氷の像に変わりくだけ散る。
『【土人形】の応用だ、中々に良いだろ?』
グスタフの背後で空気のベールを脱ぎ捨て反転しながら振り下ろされる氷の剣を破壊し鎧を殴り付ける。
吹き飛ばされる鎧をミサが糸で絡めとり動けなくする。
流石だ、ミサ。俺のサポートもバッチリだ。
即座に距離をゼロにし全力の拳を鎧に叩き込む。
衝撃で鎧は粉砕され床がひび割れた箇所が破壊され持ち上がる。
力に耐えきれなかった拳から鮮血が舞うが直ぐ様傷が塞がり癒える。
鎧をベースにしている以上それを破壊する事で力は失われる。単純な手法だが鎧の強度も相まって中々に破壊が難しかった。
だが、これでこの戦闘も終わりだ。さっさと戻ろ――!?
「グアッ!?」
『エリラル!?くっ――!』
壊した鎧から噴き荒れる膨大な魔力の奔流に俺とミサは吹き飛ばされる。
おいおい……冗談だろ!?
直ぐ様立ち上がるが建物が魔力の衝撃に耐えきれず、崩れ落ち呑み込まれる。
『……大丈夫か、ミサ』
『ええ、何とかね』
瓦礫を力業で吹き飛ばして地上に出て先に出ていたミサの安否を確認する。
まあ、生きているよな。本体である以上人形以上の実力を持ってなければ可笑しいし、この程度の崩落では死ぬことはないだろう。
だが……今はこっちが問題だな。
噴き上がる水が空中で凝縮して人の形をなしていく。浮遊する水滴は日の光を屈折させ、辺りには霧が立ち込め始めている。
人の形を成した水の塊は次第に女性的な姿へと形を変えていき、最終的に美しい女の形をとる。
『……精霊』
『精霊?……あれがか』
見上げるミサの呟きに納得しながら瓦礫をどこかに飛ばす。
白磁のような病的なまでに白い肌に閉じられた瞳、整った顔には皺やシミの一つもなく唇はほんのりと赤い。服装は白い布を簡単に巻いているだけでボディラインがハッキリと見えている。
ラスティアが儚さと神秘的な雰囲気が混じり合う美しさ、ミストが通常ならあり得ない身体故の背徳的な美しさ、キューが元気な性格故の可憐な美しさ、ツバキが怪しさと艶かしさが両立する魅力的な美しさ、シンシアが親しみを感じさせる美しさ、グローリーが王女としての誇り故の美しさと言うのであればあの精霊は芸術品、命を吹き込まれた彫刻のような作り物染みた美しさだ。
系統としては人間状態のミサとよく似ているがあっちの方が遥かに完成されている。
そういえば、前に白い精霊と出会ったが、あれとは別個体のようだ。
『倒せそうか?』
『……難しいかな』
だろうな。精霊は自然現象そのもの。俺のような神格を保有している存在でも難しいだろうよ。
ていうか、難しいと言っているのは勝てる可能性が低いと言うこと、低くても勝てる可能性があると判断しているミサもまた擬似的な神格を保有していても可笑しくない、か。
『――――――――』
精霊が歌を歌ったと思った瞬間、極太のレーザーが地面に向けて放たれる。
咄嗟に大楯を生み出してレーザーを受け止める。
「グルッ!?」
嘘だろ!?
レーザーは大楯を破壊し衝撃で吹き飛ばされる。
直ぐ様立ち上がると氷の剣が雨のように降り注ぐ。
なら、これでもどうだ!!
瓦礫を盾にして防ぎながら風の砲弾を放つが水の球に防がれる。
その隙に空を蹴り精霊に肉薄したミサが風を纏った鎌を振り下ろす。
『なっ!?』
精霊は鎌を人差し指と中指の間で挟んで受け止め、引き寄せて肘を腹に叩き込む。
咄嗟に風で衝撃を和らげたミサは地面に何度もバウンドしながらも立ち上がるがその身体から血を流す。
ちっ……!ここまで強いとはな。
『――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!』
精霊が攻撃を出そうとした瞬間、突然精霊が頭を両手で押さえ全身に深い傷ができたように悶え苦しみ始める。
白磁の肌に赤い線を走らせ眼を見開き赤くなった瞳で痛みに堪えるよう歯を食い縛りながら俺らを睨み付ける。
あれが戦闘形態と言うわけでないだろう。精霊の肉体構造は知らないが理性がどっかに飛んでいるようにしか見えない。
何かがあの精霊に介入した……そう考えて良いだろう。
『おい、周りの被害を考えずに全力を出せれる環境か?』
『そうだよ。既に奴隷たちは私の【空間属性魔法】で貴方の治療院に送りつけてあるから問題なし』
『……【悪魔種】限定の魔法かと思っていたが使えるのか』
『元は人間の技術よ。私たちはそれを逆輸入して発展させなだけ』
『そうなのか』
軽口を叩いていると水の光線が俺らの間を切り裂く。
どうやら、向こうもそろそろ本腰を入れて攻撃してくるだろう。なら、こっちも肉体が壊れようとも関係ない。全力で潰して勝つだけだ。




