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貴族街

昼、俺は街の市場の方に来ていた。


斥候たちを不審者として適当な兵士たちに送り返してからは至って普通の生活に戻れた。……また派遣される可能性もなくはないが、その場合、殺すか。


「……相変わらず、ここの空気はあまり好きになれない」


昼食を食べ終え、昼休憩の時間潰しにと奴隷市場の方に来て眉間に皺を寄せながら呟く。


奴隷自体は俺は干渉するつもりはない。だが、その扱いが酷い者には容赦するつもりはない。


これは治療院全体の総意で、陰湿かつ凄惨な暴行のせいで心身に傷を負った彼ら彼女らを強引に引き離し、元に戻すために作られたものだ。


尤も、問答無用で殺すのは俺ぐらいだろうけど。


「全く……」


檻に入れられた傷ついた奴隷たちを見て僅かばかりの嫌悪感が現れる。


一々こんな事に怒りを覚えるのは身が疲れる一方だ。だが、それでも不愉快なものは不愉快で、怒れるものは怒れるのだ、仕方ない。


そういえば、奴隷に落ちる条件は何だ。


【奴隷獲得の条件:魔術具『契約書』に記入される。又は魔道具『隷属の首輪』を装着される】


つまり、違法な手法で奴隷を手に入れるだけではなく、身売りのようなものも含まれていると言うことか。


「おい、奴隷商」

「ハイ、なんでしょう」

「ここら辺で売られている奴隷はどんな種類だ」

適当な奴隷商に話しかけると奴隷商は懐に仕舞っていた帳簿を取り出してペラペラとページを捲っていく。

「この市場で売られている奴隷は借金奴隷や犯罪奴隷、『農場』原産の奴隷ですね、ハイ」

「成る程な……」


『農場』という単語は不愉快極まりないが、今はスルーしておこう。


檻の前でしゃがみこみ、奴隷たちの目を見る。


確かに、多くの奴隷たちの目は生きている。借金奴隷や犯罪奴隷は年期というものがあり、それが解消されれば借金がなくなり、奴隷ではなくなる。目が生きているのはそれが原因か。


そして、目の死んでいる奴隷は『農場』原産の奴隷、と言うことか。おおよその目安が出来て良かった。


「お気に召す奴隷はいましたか、ハイ」

「いや、俺は治療院の回復魔法師なので色々と気になるんです。例えば、ふざけた手法で奴隷にされた者とか」

「いえいえ、この市場の奴隷商はクリーンですので、問題ありません、ハイ」


軽薄な笑みを向けてくる細目の奴隷商が笑顔で言いきる。それを見て僅かに笑みを浮かべると立ち去る。


この市場の方はある程度は問題ないな。まあ、完全に信じている訳ではないから要注意をしておこうか。


『おい、院長』

『はいはい、何か用?』

『少しばかり院には戻らない。……少しばかり気になる事がある』

『りょーかい。シンシアちゃんや君が連れてきてくれた子達が手伝ってくれてるから凄い助かるよ。複雑な立場の子を連れてきても良いよ』

『……分かった』


【テレパシー】で胡散臭い女と連絡を取り、要件を伝えてから切り、奴隷市場を抜けて湖の沿岸を南側に向かって歩いてく。


平民街の奴隷市場は問題ない。怪我や病気になれば近くにある治療院の方に回されるからな。それなりに信頼関係はあるし、死ぬ確率はそう高くない。


だが、南側……貴族街の奴隷市場はどうなっているか分からない。貴族どもが俺ら平民に指図されるのが嫌っている、というのもあるが後ろめたい事があるのは事実だろう。


頭の中をちらつくのは、ラスティアと初めて時の事だ。あのラスティアを奴隷と売ろうとしていたのはこの国の兵士だった。後ろめたい事を隠すにはちょうど良い。


建物がハーフティンバーから石造りの高級感が漂うものに変わっていくのを見ていきながら、貴族街に入る手前まで向かう。


だが、平民街と貴族街の境目で足を止める。境目には多くの人だかりができ、その奥では兵士たちが人々を検査していた。


検問か。上流階級の家があるし、流石に警備が厳しいか。


すぐ近くの建物と建物の間の路地に入ると周りからの視線を確認して影の中を入り、少し泳いで浮上する。


まさか、影の中を移動できる存在がいる何て予想出来なかっただろう。まあ、【悪魔種】何てかなり稀少だしな。


【秘境の魔物は【悪魔種】【精霊種】【吸血種】の何れかに該当します】


……そりゃ秘境とか言われる訳だ。そんな怪物が跋扈する環境に兵士や冒険者を向かわせたところで何の成果も得られない。


貴族街を気配を隠しながらそそくさと歩いていく。


貴族街は端から見た通り、かなり整っている。家屋は家ごとに違うが全て高級感が漂い、地面は石畳ではなくタイル、歩く人間の服装も平民たちの服装とは違いかなり品質が高い。


だからこそ、その雰囲気は淀みきっている。


奴隷たちの目が平民街で見かける奴隷よりも遥かに死んでいる。平民街の奴隷のような公衆の面前で破廉恥な行いがされている訳ではないがより陰湿な行いがされているのが見てとれる。


人間何て等しく興味ないが、これを見過ごさなければならないのはやはり、不愉快なことだ。


「キャッ!?」

「おっと……」


感情を圧し殺していると背中に何かがぶつかってくる。とっさに振り返ると少女が尻餅をついていた。


「すまないな」

「い、いえ、本を読んでいた私も悪いです」


青い髪をストレートに伸ばした美少女に手を差し出すと少女は掴んで立ち上がり、地面に落ちた本を持ってそそくさと歩いてく。


……柔らかい手だったな。苦労を知らない手だし、貴族の娘と言ったところか。ナイラは結構苦労をしていたし、帝都とそれ以外で貴族の子供にも大きな差があるのか。


貴族街を再び歩き出して数分すると、多くの店が立ち並ぶエリアにたどり着く。


うっへぇ……とんでもない値段ばかりだ。確かに物価なら平民街の方が遥かに安いな。


服屋のスーツの金額を見てドン引きしつつ歩いてると広場のような場所に出る。中央の噴水の縁に腰かけると少し周りを見る。


平民街のような雑多な賑わいはないが、精錬された賑わいがある。貴族たちと言うのは周りの目を気にする生き物だし、恥はかきたくないのだろう。


「そして、あれが」


広場の近くにある一際大きな建物の看板を見て僅かに怒りを覚える。


あれが、オークション会場か。あそこまで大きな建物だったとは予想外だ。おおよそ、殆んどの奴隷はあそこで売り買いされているのだろう。


だが……理路整然かつ管理が行き届いた貴族街では影に潜れる場所はない。不法侵入している身だから正面から行くのは難しいが……【幻術】でカバーするか。


ん……?この気配は……。


「……何故、貴方がここにいる、大熊」

「……そういえば、お前は貴族だったな、ミサ」


噴水広場から立ち去ろうとした時に感じ取った事のある気配を察知して振り返ると驚いた表情をしたミサが立っていた。


そういえば、こいつのスキル欄に【帝国貴族・伯爵】というのがあったな。何処に住んでいるのかと思ったらここだったのか。


ミサの氷のような鋭く冷たい視線を無視して立ち去ろうとしたら肩を捕まれ【テレパシー】が繋がる。


『何故貴方がここいにいる』

『仕事。俺は治療院勤めだからな。それと、興味。貴族街の奴隷というものを知りたかったからな』

『……そう言うことか。まあ、それなら私の顔を立てよう。そっちの方が簡単だ』

『そりゃどうも』


【テレパシー】を切ると俺とミサは会場に向かって歩き出す。


ミサの顔を立てた方が【幻術】を使うよりも楽だ。【幻術】は現実との齟齬が大きいと破られ安いし、使えるのなら使わせて貰おう。


「ていうか、何故俺に加担する」

「私も、あの建物が気になるから。そして、色々と噂があるから、かな」

「……まあ、噂は噂だ。どこまで真実か分からない以上信じるつもりはない。興味はべつだが」

「やっぱり、同盟相手としては申し分ないな」

「同盟……まあ、考えておく」


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