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閑話 とある官の心労 sideマルク

私が帝城にいる部下から入った連絡を慌てて皇帝――ウィリアム・クレイル・アルビニアに伝える。


「何!?帝城が半壊しただと!?」


その瞬間、皇帝は怒りを滲ませる声音と共に机に拳を打ち、皹を入れる。


やはり、こうなってしまったか……。流石に半分隠居気味の皇帝でも帝国の威厳を表す帝城が半壊するとなれば動揺する。


今、私たちがいる別荘にいなければ私たちは死んでいた可能性があった。運が良かったとしか言えない。


「して、マルク。下手人は捕らえられたか?」

「それが……逃げられました」

「逃げられただと!?」


怒るよな……はぁ、私の心労が増えていく……。


歯を食い縛り、怒髪天の皇帝の姿を見ながら今月の休暇を数える。


明日には帝都に戻って少しばかりの休暇が貰えると思ったのに……これでは事後処理で休暇返上になりそうだ。


連絡手兼文官としては少々優秀だと自負しているけど、こうも仕事が増やされたら困る。後で南方の諸島で栽培された黒い水を飲もう。飲まないと睡魔に襲われそうだ。


「守護旅団は全滅。帝都の他の部隊は下手人の仲間と思われる超人たちに阻まれ、半数が欠損。第一軍団にはほぼ機能しなくなっていると言って良いでしょう」

「ぬぅ……下手人についての情報は」

「帝城に攻め行ったのは一人。他も一つの旅団につき、一人、計五名です」


正直に言うと、これは信じがたい。


旅団の構成人数は六〇〇〇人、これが四方と帝城付近に配備され一つの軍団となっており、総数は三〇〇〇〇人。元は二つの師団だったらしいが数世代前の皇帝が変えたらしい。


この圧倒的な人数と実力から帝都の戦力だけで戦争を引き起こす事すら可能だと諸外国からは戦々恐々とされている。


これをたった五人で壊滅させる。……それが現実なのだから、個で戦争を引き起こせる存在が帝都の中に潜んでいる、と言うことになる。


「四方の旅団の襲撃者は今は別に構わん。帝城への侵入者の特徴は何だ」

「不明です」


情報が共有されていた兵士たちが全滅している。姿形を見たものはもうこの世にはいないのだ。


「『ネームレス・ゼロ』と交戦。ゼロの攻撃により城が半壊し下手人を追っていた兵士たちは殆んどが巻き込まれて圧死。高台からの攻撃を見計らっていた部隊は下手人の攻撃により城壁が崩壊、それに巻き込まれ全滅したそうです」


これに関しては暴走気味だった『ネームレス・ゼロ』を出したのが悪い。あれは制御が困難で貴重な素材をむざむざと使ったのはかなりの賭けに出たとしか言えない。


逆に言えば、それだけの賭けに出ないといけないほど敵が強かった、とも言える。


「『ネームレス・ゼロ』はどうなった。あれは帝国の切り札の一つだぞ」

「それが……意識を混濁させる術式が破壊され、逃亡しました」

「何だと?」


敵対者よりも遥かに厄介なのはここだ。


幾ら情報的な価値がなくても素の戦闘能力は高く、身体も長時間の戦闘で魔力に順応している。

もし、敵対したとなれば敵対者以上に危険な可能性が出てくる。


更に最悪の展開はゼロと敵対者が共闘、又は敵対者の仲間となること。城崩しをたった一人で行える怪物に一師団を壊滅させれる程の素養を持つゼロ、同時に動けば国が滅びる可能性がある。


「ですが、これはまだ良かった方ですね」

「うむ……流石に聖王国が攻めてきてたらかなり厄介な事となっていた」


今、聖王国で私たちに事を構える準備がされていると密偵から情報が入っている。


少なくとも一年の猶予があるとは言え、散発的な攻撃があっても可笑しくない。聖王国の動きがないため、これは聖王国とは別の勢力の動きである事は確かだ。


「だが……そうなると、一体……」

「『大罪』、ですわ」


私と皇帝が頭を抱えて唸っていたところに静かなせせらぎのような静かな声が聞こえる。


背後を振り返ると、扉の前に全身を濡らした美しい女性が立っていた。


「う、ウンディーネ様!?」


何て、はしたない格好で!?


ウンディーネ様の姿は足先まで隠す薄手のドレス。そのため、水の中に入ると身体に張り付き、白い肌や豊満な胸が丸見えになってしまっている……!


速く侍女を呼んでお体を拭いてもらわなければ……。


ウンディーネ様は自分の姿を気にすることなくウェーブがかった薄い水色の長髪から魔法で水分を抜き取る。


次に、服、最後に身体の水分を抜き取ると皇帝の対面に座る。


はぁ……よ、良かった。ウンディーネ様の機嫌を損ねられると大変なんです……主に私が。


内心ヒヤヒヤする私の事を気にすることなく、ウンディーネ様は何時もの穏やかな笑みを隠し、真剣な眼差しで皇帝の瞳を見る。


そのまま、重苦しい空気が部屋中に包み込み、額から脂汗が流れるのが分かる。


「それで、何故『大罪』だと思うのだ、ウンディーネ譲」


重い空気の中、皇帝が最初に切り出す。


『大罪』と言えばウンディーネ様たち『大聖霊』と比類する規格外の怪物たちの事だ。単純な戦闘能力は元より、その特性から信奉者が多い。


けれど、この場でいきなり出てくる存在ではない。あまりにも唐突すぎるのだ。


「そうですわね……貴殿方が裏で行っている行いに『大罪』にとって最も許しがたい行い。帝城を半壊させるための動機がしっかりとしているからですわ」

「『大罪』にとって最も許しがたい行い?」

「『自分の意思で生き方を決めろ』『命の尊厳と誇りを持って生きろ』、これが『大罪』の思考の主軸、その一部ですわ。貴殿方が奴隷生産プラントで作り上げた奴隷を『キメラ』へと作り替えたり不完全な進化を行う何てこと、彼らが許す訳がないですわ」


そのため、信奉者が現れるのですわ――そういってウンディーネ様はテーブルに置かれたクッキーを食べる。


『大罪』の思想は社会的な弱者たちに対して手を差しのべ、そのような人たちを出さないようにするものだ。


その思想に基づくのなら農場の壊滅とそこの奴隷たちの解放、人工変生計画の破壊を目論むのは当然と言える。


そして、この思想は『大聖霊』たちと相反してしまっている。


『大聖霊』たちの思想は『人類の継続的な繁栄』。異端児たちはおれど、多くはその思想に基づいて行動している。


しかし、この思想は弱者の上に強者が立つ事を是としており、犠牲を許容している。『大罪』の思想と『大聖霊』の思想は決して交わらないのだ。だからこそ、『大聖霊』と『大罪』は敵対関係にある。


まぁ、『大罪』たちは基本的に何者にも縛られない存在たちだから敵対したら潰すし敵対しなければ潰さない。個人的には敵対しない方がいい気がするけど……。


「ふむ……では、警戒を強めようか」

「難しいですわね。彼らの思想はまさに行動によって示されていますわ。平時の時に、彼らの存在を見抜くのは不可能に近いですわ」

「そうか。……では、放置の方が良いか?」

「その方が良いですわ。流石に、帝都を火の海に変えてしまいかねませんもの」


そこまで言うほどか……。


クッキーを全て食べ終えたウンディーネ様は窓より見える湖に眼を向け、窓を開けて外に出て行ってしまう。


はぁ……息が詰まるような空気の重さだったぁ……。流石に、私も冷や汗ダラダラでしたよ……。


「では、マルク。万が一の為にも、帝都の治療院の視察に向かえ。それと、仕事の処理も頼む」

「畏まりました」


皇帝の指示に従い、私は敬礼をしたあと部屋を出る。


休みが欲しい。この仕事が終わったら休暇を貰ってさっさと家に帰って寝よう。



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