出力検証
「……何がどうなっているの?」
炎の槍を構えるネームレスが呆然と呟く。
やはり、ネームレスも俺の異変には気がついているか。そんなの、俺だって知りたいことだよ。
腕を軽く振るう。振るった軌道上に風の刃が放たれる。
「ッ!!」
軽い身のこなしで風の刃を避ける。その瞬間、壁が横断され、一部が乗っていた人も巻き込んで湖に落ちていく。
うわー……何て火力だよ。これ、ほぼ全ての攻撃が反則クラスに上げられたよ。
轟音と共に残り城壁が崩れ、それを無視してネームレスは槍を振り下ろす。槍をほんの微かに当てさせながら後ろに下がり、瓦礫を砂に変えてネームレスの足を絡めとる。
流石に魔力が俺の防御力より勝っている以上単純な俺の耐久力では防げないか。一応、神の領域(仮)に足を踏み込んだ俺でも完全には防げないとか、反則すぎるだろ。普通の人間が勝てるとは思えない。
絡めとられ体勢を崩したネームレスの胸を軽く押す。たったそれだけで瓦礫の山に吹き飛ぶ。
「がっ!?」
えー……?
瓦礫が崩れる音と共に盛大に吹き飛ばされるネームレスを見て押した体勢のまま、唖然としてしまう。
力が……跳ね上がってるようだな。統合進化の影響でスキルの引き出しが多くなってしまい、どれが発動しているか定かではなくなってしまったが、感覚的には使われているか。
手を一度握り、指先をネームレスが突っ込んだ瓦礫の山に向け、指を弾く。
「くぅ――!」
ネームレスが咄嗟に斜め後ろに跳んだ瞬間、ラッパの音と共に衝撃波が瓦礫の山や残っていた城壁を吹き飛ばす。
流石に一度割れた手の内では経験から回避されるか。速度も威力も桁違いだが、経験則が生かされてる以上流石に隙を作るのは難しいか。
手をおもむろにネームレスに向けて魔力を流す。
なら、今回新しく入手した手法を用いるだけだ。一気に増えたカードを試すには良い機会だしな。
魔法により地面から水の柱がネームレスに向けて幾重にも吹き出す。ネームレスは後ろに跳んで回避するが、それを見て手を握る。
その瞬間、吹き出した水がネームレスの身体を包み込む。
【四元素魔法】を入手時に何故か【水属性魔法】まで使えるようになってしまったが、問題なく発動できるか。このまま押し潰すのは……無理そうだな。
槍を振るい、水の檻から抜け出したネームレスは地面を蹴り俺に接近する。
流石に、魔法戦となれば相手の方に圧倒的に分があるか。
炎の槍を身のこなしでかわし、軽く拳でネームレスの胸を小突く。
たったそれだけで再びネームレスは真後ろに吹き飛ばされる。
流石に【ク・リトル・リトル】が発動している状況だと近接戦はこっちが分がある。そして、ネームレスの事だ、そろそろ切り替える筈だ。
地面を何度もバウンドしながらも起き上がるネームレスは掌を俺に向ける。その瞬間、俺の周りから炎の刃が突き出してくる。
「流石に、守らないとな」
身体を硬化させて攻撃を防ぎ、硬刃で刃を切り裂く。
「【炎突き】――!!」
その隙をネームレスは見逃していなかった。
この戦いの中で見たことない程の速度で接近と同時にネームレスは槍を構え、突き出す。
確かに、まだ普通の魔物の俺なら、これを食らって負けていただろう。
「がっ――!?」
だが、今の俺ならこの程度なら問題ない。
炎の槍を回避しながらのクロスカウンターの掌底をネームレスの腹に叩き込み、吹き飛ばす。
【炎突き】の記録を保存しておいて正解だった。尤も、それだけでは難しいから思考を幾つか分けて使う必要があったけど……身体の質が上がったせいか思考を三、四個くらいに分けたところで頭痛が起きなくなったのは助かるな。
「くっ――私は負けるわけには」
「――いい加減、休め」
身体から血を流し、顔を痛みに歪めながら立ち上がるネームレスの背後に回り込み手刀で軽く首を叩き、意識を落とす。
思考の分けた際に余った思考を使って一つ、考え事をしていた。
「こうも人の心を失っているのは何故か――その答えなんて単純だったが」
ネームレスの額に手を当てて魔力を流す。その瞬間、毒々しい紫色の円と線が複雑に入り交じる刻印が浮かび上がる。
更に深く魔力を通し、刻印を破壊する。
人の意識を乗っ取り、自分の好きなように操るスキルか。
俺のスキルにも似たようなあったが、あれは壊したついでに操れるようにする類いの筈だ、そもそも、あれはマインドコントロールに近いもので、最初から操れるものではない。更に言えば、壊すのが主軸だから作り替えるのはかなり難しい……筈だ。
こんな手法でこの少女を操っていた……と言うことか。つくづく、この国は反吐が出る。
それでも、こんな状況じゃ研究施設の破壊は難しいか。まぁ良い。今日はさっさと戻らせて貰おうか。
「ふん……そのエルフを庇うのか、大熊」
「庇う、と言うよりも、見捨てるのが嫌だ、と言った方が正しいぞ、『憤怒』」
ネームレスを肩に担ぎ、城を出よう崩壊した城壁を歩いていると人狼が話しかけてくる。『憤怒』だと分かったのは……何となくだ。
「何、ワイらにとっては興味のない話だ、気にする事はない」
「それはどうも。それで、その手に持っているのはなんだ?」
『憤怒』の手には布を被っただけの四名の少女たちの姿があった。
肉体的なダメージは無さそうだが……魔力が変質している。人工変生計画の被験者か。
「貴様が面倒を見ろ。流石にワイらではどうにも出来ん。それに、ワイらにはこの少女たちの苦しみが分からん。人間の常識に詳しい貴様なら相談役として良いだろう」
「……恩でも売っているのか?」
「流石に違う。ワイは曲がった事が嫌いだ。故に、この国のやり方が気に食わん」
「なるほどな」
少女たちを担ぎ上げると、『憤怒』に別れを告げて湖の水面を疾走する。
何て言うか……『大罪』には上下関係とか主従関係が皆無なのだろうか。『憤怒』はかなりフラットな性格をしていたが……いいや、違うか。あくまであいつらは人間も動物も同一に見ているだけか。
俺からしたらそっちの方が居心地が良いし、助かるが……まぁ、仲間になった訳ではない。ある程度の距離をとって行動するとしよう。
それにしても、『憤怒』の一人称がワイって……見た目が迫力あるのに何か残念だ。




