夜白接近
夜、治療院が閉院して寝静まった頃。俺は【悪魔種】へと変生した少女が眠る部屋に入る。
俺の部屋と変わらないベッドに眠る少女のすぐ傍に姉さんメイドとビーンが跪きながら静かに眠っていた。
眠りのレベルが低いし大きな物音を立てれば確実に起きて傍に置いてある剣と爪で攻撃して来るか。やれやれ、そこまで警戒しなくても良いのに。ラートニグがここに攻めいるのならもう攻めこんでいるだろうからな。
音を立てずに少女の身体を触り【魔力糸】を接続させて体内を確認する。
魔力の流れは正常に戻った。他の魔力も不殺の呪い以外はないし、あと数時間もすれば意識が元に戻るだろう。
『やあ、君はあの少女をどう思う?』
『……別にどうでも良い。お前の事だ、何かしら訳があるのだろう』
部屋を出ると同時にラートニグの声が頭の中に伝わり響く。
あの少女がどうなろうと俺にとってはどうでも良い話だ。個人的には【悪魔種】であった方が人拐いに狙われても自衛できるだろうし、いざと言う時に逃げれるだろうしな。
それに、ラートニグの【悪魔種】としての特性なら戻すことは容易い。それでもしないのは怒り以外の感情でもあるのだろう。
『ははっ、やっぱりキミはボクら側だよ』
『それで、何故あの少女を【悪魔種】へと変生させた』
俺のストレートな質問にラートニグは少し黙り、語る。
『あの少女は不治の病を煩っていたんだ。臓器系で余命は残り数年、その間に新しい種族に進化でもしなければ確実に死ぬというものだった』
『けど、無理だった。そうだろ?』
『……ああ。あの少女には自分の力で新しい種族へと変わるための適性が無かった。だからボクに頼んだ。だかろボクはあの少女を【悪魔種】へと変わらせた』
やはり、か。
ラートニグの話を聞いて納得がいく。
確かに【眷属化】なら無理矢理ながら進化をさせる事が出来る。そうすれを利用すれば少女の不治の病を治す事が出来る。
かなりの荒治療だが普通の治療で治すことは不可能だからしょうがないとしか言えない。
『それじゃあ、不殺の呪いについてほどうなんだ?』
『それは俺じゃないな。俺は【呪詛】のような呪いの専門家ではなく植物等の媒体の専門家だからそんな高度な魔法は使えないからな。それじゃあ、そろそろ切らせて貰うよ』
……何?
ラートニグとの通信が切れたところで部屋までフラフラと歩きベッドに寝転がってラートニグの言葉を反芻する。
確かにラートニグにとって不殺の呪いは不要だ。何せ、確実に助けれる方法を知っているラートニグにとっては呪い何て不用そのものだ。だから使わなかった。
ラートニグはあくまで少女を助けようとした。それは間違いない。だが呪いの方は全く別の存在がかけたと見て良いだろう。
何かしらの儀式にとって必要だった……ということだろうか。不明瞭なところが分からないが今はそこに力を費やすのは止めておこう。不殺の呪いがどうなるかは俺には分からないしな。
「旦那さま、入ってもいいですか?」
「ああ、構わない」
扉の方にいるツバキの声の答えるとツバキが寝巻き姿で入ってくる。
入ってきたツバキは俺の隣に座り俺の方を見て呟く。
「あの女性は大丈夫なんでしょうか……」
「さあな。【眷属化】何て俺も初めて見たからどうなるか分からないからな、判断が難しい。だが、これからはあの紋様を隠して生きる生活が始まると言うのは確定だがな」
【悪魔種】の紋様は多種多様だ。俺の両腕に刻まれているものとあの少女のものとでは全く違う。だが、良く似ているし共通する部分もある。事実、ラスティアはそれで俺を【悪魔種】だと見抜いていた。適切な知識さえあれば【悪魔種】である事は簡単に露呈するのだ。
更にあの少女は属国とは言え一国のお姫様、社交界に出ることもあるだろうし人の前に立つことだってある。致命的な汚点が一つ着くだけでも挙げ足を取られてしまう、そうナイラの記憶から読み取っている。
そこら辺までは俺らが関わる事ではない。元より、俺は深くは関わるつもりはないしな。
「そう……ですか……」
「どうした、何か気になる事でもあるのか?」 「気になる、というよりも少し気になってるんです。……私も似たような存在ですから」
そういって袖を捲り腕を見せつけるように出す。
僅かに魔力が通ると同時に腕に複雑な紋様が浮かび上がる。
……なるほどな。あの男は気付かなかったようだがとんでもない大物を逃したようだな。
「私、【精霊種】なんです。生まれつきの……」
「そうか。別に俺にとってはどうでも良い話だ」
そんなものより複雑なものを抱えているしな。……共犯者だし教えておくか。
「そんな……!何でそんな事を……!?」
「俺の方が複雑だから」
悲嘆な顔をするツバキを見ながら腕と脚に魔力を流す。その瞬間、服になっていた筋肉や骨、皮膚が輝き出す。
その光景にツバキは不意打ちを食らったように間が抜けた顔をして、
「えっ?」
と短く困惑を示す。
俺はのんびりとした口調をイメージしながら話す。
「俺は【精霊種】であり【悪魔種】でもある。生まれつきではないがお前らとは似たような境遇だ」
「でも、二つも種を選ぶ事は理論的に不可能な」
「可能だ。とあるスキルがあれば三つの種を保有できる。……まあ、それのせいで厄介な連中から目を付けられてるんだがな」
あいつらに関しては気が合うから別に構わないが、もし『大精霊』に目を付けられていたら……問答無用で敵対して死んでいただろうな。どうにも、俺はそういった危険予測能力がどうにも鈍いしな。
「それって……」
「それは秘密だ。流石に知ればお前は元の世界にいる事が出来なくなる」
「それくらいなら……!!」
「それくらいではない。俺を目を付けている連中、その頂点たちは単独で戦争を起こし勝利できる。それほどまでに桁違い何だ」
事実、俺はそいつらの幹部にさえ手が届いてない。まだ進化しなければあいつらに勝つことも難しいだろう。
「それに、俺がここに来た理由だってこの国に喧嘩を売るような理由だからだ。お前の力は判断出来ないが確実に殺される事だけはハッキリと分かる」
穏やかな口調で俺は吐き捨てると立ち上がり窓を見る。
……誰かが見ていたか。敵意や悪意は感じなかったが警戒しなければならない対象が増えてしまったな。
「どうかされましたか?」
「いや、何でもない。とりあえず腕をしまって今日はさっさと寝ろ。明日からまた大変になるぞ」
「は、はい!」
話を上手く切り上げてツバキを部屋に戻らせると窓の外を覗く。
……さて、そろそろ動くか。
振り返ると同時に銃を引き抜くように指を向け、それと同時に糸が喉元に薄く切る。
「何の用事だ、ミサ」
『前の敵が何をしているのか気になって、ね。ちょっと見させてもらっていたよ』
背後に回り込んでいた白い蜘蛛はキチキチと笑いながらベッドの上に飛び乗り【人化】して俺の方を向く。
俺は腕を下ろしミサを注視する。
こいつがどうやって入ってきたか何て興味のない話だ。敵意はないが何かしらの目的が入っているだろう。
「貴方に面白い話を持ちかけてきたんだ。ちょっと協力してくれないかな」
「……俺の目的に合致するのであればな」
好き好んでこいつに関われるかっての。いつ命が散らされるか分かったものではない。
ミサは糸を手の中で紡ぎながら静かに口から言葉の糸を紡ぐ。
「『仮面ある者の品評会』。貴族のごく限られた一部にのみ伝わる秘密の奴隷オークション。それを潰したい」
「……場所は?」
「やっぱり乗った。案外単純だね」
「五月蝿い。……だがお前に利用されるつもりはない。お前が奴隷を助けている間の陽動する、それくらいしか行わない」
「それくらいやってくれないと貴方に話を持ちかけないよ。それじゃあね」
ミサは血の霧となり窓の隙間から外に出ていきすぐ傍で蜘蛛の姿に戻る。
今のが【血霧】か。俺の【影体】とよく似た物理的な攻撃を完全に無力化できるスキルか。やれやれ、俺も乗せられやすいな。
ベッドの上に倒れ、ベッドに付着した糸を取り除いて布団の中に潜り込む。
だが、これは良い。何せ、そこに集まる貴族どもを皆殺しにするには丁度良い機会だ。貴族どもが減れば上層部に動揺が走る。その隙を突けば三姉妹の内誰かは助けれる。
そうと決まれば幾つかやっておかないといけない事があるな。明日も忙しくなりそうだ。




