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呪詛誘引

「疲れた……」


最後の患者が出るのを見送り、俺は背凭れに寄りかかり息をつく。


体力的な疲れはそこまでない。精々傷を癒すまでに流れた血のせいで若干血がなくて軽い貧血になっているくらいだ。


だが精神的な疲れが酷い。朝五時には起床して六時には営業開始、それと同時に客が来るは来るは、一二時くらいまでほぼずっと休みなしだった。


更に訪れる客がどいつもこいつも奴隷だったりそうでなくても獣人やエルフばかりだった。ヒューマンの連中は殆んど来ていない。


奴隷の連中は奴隷商の過剰な暴行や鞭打ちや水責めだったりと過激な見せ物だったりと言ったアホじゃねぇのとツッコミたくなるようなものばかりで奴隷商を殺してしまおうかと思ってしまった程だ。


獣人やエルフに関しては普通の怪我が多かった。話を聞けば、近くの治療院では面倒を見てくれなかったから態々湖の反対側にあるこの治療院に来た、何て事が当たり前のように言うものだから怒りのあまりその治療院を破壊してやろうかと思ってしまった。


「お疲れ~」

「ああ、そっちもお疲れのようだな」


階段から降りてくる羊の獣人の少女が眠たげな眼を擦りながら降りてきてのんびりとした口調で話しかけてくる。


名前はカーム。元奴隷であの胡散臭い女とは違い薬の調合を専門に扱っており腕は中々に高い。ただ寝起きが遅く常に一二時になるまで起きてこないらしく、午前中は同僚に任せているらしい。


この治療院は治療院勤めが五人、それ以外の一〇人が外に出て薬の販売や軽度の治療を行っている。


偏ってるがこれは治療が行き届く範囲を広げるためであり、獣人やエルフたちからはかなり重宝されている。その分治療院勤めはより専門的かつ高い技量を持っていないと出来ない、精鋭のみしか勤める事が出来ないらしい。


まぁ、外勤めの連中もそれなりの術者だったり薬師だったりと有能揃いだ。その上元奴隷だったりと奴隷の立場にも理解がある。


「そう言えば~、ツバキちゃんが買い出しに行ったよ~」

「そうか。あいつがいるだけかなり精神的に和らぐ」


【回復魔法】や【魔法薬調合】と言った施術を行える魔法を保有していないツバキは主に俺らの身の回りの世話を行ってくれている。


これだけでも他の同僚からはかなり助かっているらしい。どんだけ切羽詰まっていたんだか。


まぁ、俺らが来るまでは治療院の方の人数が少なくてかなり苦労していたようだし仕方ないか。ほぼ全員が五時起きなのもそれが原因らしい。


「そうだよね~。あの子もキミの事をかなり信頼してるし~、信頼しても良いかな~」

「……俺はあくまで俺のためにしか動かない。それだけだ」

「単純で分かりやすいから助かる~」


そういってカームは背中を覆うように抱きついて来る。


重い。それに胸にぶら下がっている大きな脂肪が頭に当たってる。別段そういった本能が無いわけではないが、極めて薄くて良かったな。並みの男なら押し倒していても可笑しくない。普通に美女なんだからもう少し手入れをした方が良いような気がする。


というか、この治療院は男性の割合がかなり少ない。俺以外の男性は今も上で調合しているであろうあいつしかいない。職場の女性が基本的に美人だからあいつにとっては役得なんだろうが……俺には関係ないことだな。


「重い。それに誰かに見られたらどうする」

「えへへ~、そしたら付き合ってるって言おうかな~」

「まて、洒落にならないからそれだけは止めてくれ」

「冗談だから大丈夫だよ~」


そういって頬を桜色にして緩みきった笑みのまま上の階に上がっていく。


はあ……またしても変なのに懐かれてしまったようだ。俺としては何故あそこまで懐いてくれるのかよく分からないが……余計な詮索はしなくても良いか。


やれやれと呆れてるとチリンチリンとベルの音が一階に鳴り響く。


どうやら、患者が来たようだな。……重症でなければ助かるが。


入ってきた獣人の男は俺の前に座ると同時に脚を組んで睨み付けてくる。


耳からして恐らく狼の獣人なんだろうが……何て言うか、態度が不遜だ。目付きも鋭いし険悪な雰囲気を纏ってる。服装も小綺麗に整ってることも考えると従者の類いか?


もしかして……クレーマーか?一々対応したくないし強引に押し出すことぐらい俺はやるぞ。治療院の仕事は接客業じゃないからな。


「あと数分でお嬢が来る。ここの治療院の薬師を呼べ」

「何故だ?理由を言え」

「んなことどうでも良い!お嬢の命がかかってんだ、その事くらい理解しやがれ!!」

「いや、説明して貰わないといけないのだが……」

「……すまん、気が動転していた」


怒鳴ったり静かになったり感情の起伏が激しい奴だな。 だが、軸は真っ直ぐだし悪い奴では無いことは確かだ。


男は自分の事をビーンと名乗り、事情を説明してくれた。


ビーンの仕える家のお嬢様……帝国の属国のお姫様が帝都に来る途中に複数の魔物に襲撃されたらしい。何とか撃退する事には成功したが、その時に毒に侵されてしまった。


帝都についてすぐに幾つもの治療院を訪ねたが獣人という理由で診察すらさせて貰えず、最後にこの治療院を訪ねる事になったそうだ。


となれば、見捨てる訳にはいかない。苦しんでいる奴を見捨てれる訳がない。


「……症状を教えろ。今すぐに」

「全身に殴られたような痛み、それと体に痣が……」

「痣?」

「ああ。何て言うか、黒と赤がおり混ざったような色で……」

「その時、魔力を感じたか?」

「感じた」


なら、恐らくは……。だが、これが正しければ解毒は難しいだろう。というか、それは恐らく毒ではないな。


「……それ、多分毒ではないぞ」

「えっ?」

「どちらかと言うと【呪詛】のような呪いだろう。見た目苦しんでいるから分かり難いとは思うが、魔法を使ったのならそっちの方が正しいだろう」


まぁ、これに気づいたのはこいつに付着した魔力の臭いが【毒属性魔法】とは違う臭いをしているからだが。


それにしても、【呪詛】か。少なくとも普通の魔物ではない存在がこの街に近づいている事は確か……か。ラートニグの言葉通り、この街には異常な存在が集まりやすいようだな。


だが、どうしたものか。【呪詛】となれば俺は門外漢だぞ。


【呪詛:呪いの手法の一種。

物体を通して対象を呪う。

使用する魔力の量によって濃度が変化。

呪いの内容は具体的なイメージで変化。

使用法によっては解呪も出来る】


説明どうも。案外シンプルな説明だな。そっちの方が助かるけど。


「【呪詛】?祓ってやろうか?」


どこから嗅ぎ付けたのかやってきた胡散臭い女は平然と言う。


祓えるんだ……。こいつの経歴は一体どうなっているんだ?


「えっ、良いんですか!?」

「良いよ。私は簡単なお祓いくらいなら出来るし。出来なかったらエリラルに頼むし」

「おい」


流石の無理難題に呆れながら俺は胡散臭い女を睨み付けて去らせる。


流石に無理……とは言えないか。こうなったら俺が動かなくても良いように祈るしかないか。


俺の【呪詛】で【呪詛】を解呪する事が出来るのか怪しいところだが……もしもの時はやるしかない。死んだらごめんとしか言えないが、手を抜くつもりはない。


……最悪の想定をしておいた方が良いかもしれない。



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