夜戦決着
地面を蹴り俺は一気に接近を仕掛ける。ミサも瓦礫を切り接近してくる。
コンマ数秒で肉薄すると同時に右の【硬斬】をぶつけ合い鍔競り合う。顔を近づけて力業で押し通そうとした時、ミサの髪が風がないのにも関わらず動き始める。
嫌なものを感じ咄嗟に地面蹴って後ろに跳ぶ。その瞬間髪の一房が動き細剣の刺突のように地面に突き刺さる。
あの髪は【糸生成】で生み出したものか……!あいつには【魔力糸】と自前の【糸生成】の二種類の糸がある、速度は兎も角攻撃力や防御力で劣るミサにとっては手足に等しく動く糸は極めて有能な得物になる。それこそ、魔物の状態の鎌よりも遥かに、だ。
「【福音】!!」
「【糸縫い】!!」
地面に着地すると同時に手を向け指を弾く。
放たれた衝撃波をミサは指先を複雑に動かし瓦礫を糸で縫い付け即席の壁にして防ぐ。
完全に崩れた壁の土埃をミサは【縮地】で駆け抜け肉薄する。左の【硬斬】が振るわれると同時に身を反らして回避し戻る動きを利用して頭突きをミサの額に叩きつける。
「くうっ……!?」
「生憎と、近接戦は俺の方が得意だ。何せ、速度を出すよりも初速が重要になるからな」
よろめきながらミサは風を自分に放ち自身の身体を吹き飛ばし無理やり距離を取る。
逃がすわけないだろ。
足から風を放ちそれを推進力にして一気に肉薄しラリアットを首に叩きつける。
「ガッ!?」
地面に倒れるミサに目掛け風を纏い一気に駆ける。
地面に足が触れる瞬間風を放つ事で更に推進力を増やして速度を加速させ地面に倒れるミサの腹を蹴り跳ばす。
「がごっ!?」
瓦礫の山に叩きつけられ起き上がろうとするミサの顔面に膝蹴りを入れそのまま風を操って空中で体勢を変え背後に回り、空気の塊を纏った掌で頭を掴む。
その瞬間、触れた場所が抉れ頭が消失し肉体が地面に倒れる。それと同時に肉体が崩れ糸へと変わる。
【人形作り】【傀儡師】【人形師】……この三つのスキル名から考えていた通り、やはりこいつは本体ではなく人形だったか。本体との好戦経験がないから分からないが、俺が全力を出して数秒は持つ事から考えて本体はこれよりも数段階上だと考えて良さそうだ。
それにしても……これだけの音を出していたのに何故誰も起きないのだろうか。普通なら起きたり兵士たちが来ても可笑しくない筈だが……。
『それは、ボクが干渉しているからだよ』
「っ!?」
【テレパシー】か!?
突然頭に男とも女ともつかない声が響く。すぐさま辺りを見回すが誰一人としていない。
臭いもしないからこの近くにはいないようだが……いったい誰だ?明らかに普通の存在ではないことは分かるが……。
『うん、驚くのも無理ないよね。まぁ、そこら辺は気にしないと言う方向で』
『フランクだな。……それで、何が目的だ』
こんなことを抜かしてくる奴だ、何かしらの目的がある筈だ。となれば、なるべく真正面から戦うのは避けた方が良いだろう。
『うーん……ボクたちとしては君にここで捕まってもらうと困るんだよね。だからかな』
『はっ……生憎と俺は俺のためでしか動かない。お前らの期待に沿うつもりはないぞ』
『うん、知ってる。だからこれはボクが勝手にやっていることだ』
ちっ……この感覚、伝達者が伝えてきた『皇帝』の特徴とかなり似ている。
となれば、こいつは……『大罪』の一柱、若しくはそれに仕える連中か。世界単位で見ても規格外の怪物。最低でも伝達者クラスの実力者か。またしてもとんでもない大物が出てきたな、おい。
『それで、お前は何をするつもりだ』
『うーん……とりあえず、無かった事にする事くらいかな』
そういうと捲れた石畳が元に戻る。それと同時に倒壊した建物が修復されていく。
石畳が修復されたとは思えない程完璧に直されてる。それに建物やその中に眠っている人間もだ。人間にいたっては怪我一つもない。とんでもない怪物だ。
『ボクは『回帰』の【悪魔種】。あらゆる事を一定のタイミングに巻き戻す事ができる。言うなれば、時計の針を戻しているってところかな?』
『……化け物め』
少なくとも、こいつのスキルは桁違いだ。
あらゆるものを一定のタイミングにまで戻すとなれば、あらゆる傷、あらゆる破壊を無かった事にする事ができると言うこと。言うなれば、因果律にすら干渉していると言うことになる。
あらゆる事を無かった事にする事ができる。これを化け物として何と言えるのだろうか。
『あはは、それは君には言われたくないよ。何せ、あの戦いで君は死んでいた筈だよ。油断していたところを鎌で背中をパックリと割られて、ね』
……否定できない。確かにあの時【硬化】が間に合っていなかったら致命傷を食らい、治療もできずに死んでいた。
『それを越える。確かにこれはボクたちの領域に上がれる逸材かもしれない』
『……それで、あんたの名前は何だ』
俺の質問に声はあっさりと答える。
『ボクはラートニグ。『暴食』の捕食者と言った方が分かりやすいかな』
『『暴食』……』
やはり、『大罪』の一柱だったか。どうりでここまで桁違いの力が振るえるのか。ある意味、納得がいった。
『それと、一つ警告しておくよ』
『何だ?』
俺がラートニグの言葉に戦慄しているとラートニグは気まぐれのような口調で告げる。
『この場所、特殊な因果律が働いているらしくて色んな意味で怪物、規格外、イレギュラーが引き寄せられ、それが活躍する舞台になっているらしい。ボクはその調査のために出張しているんだよ。ほら、ボクはそういった因果律に対する専門家だしさ』
自分でも自分の【悪魔種】としての特性を理解しているのか。
それにしても、異常が引き寄せられやすい土地……か。ある意味怪物である俺や【吸血種】のミサ、深く暗い帝国の闇、そういったものがここに集約しているのは事実だ。
となれば、俺自身もラスティアと接触し、懇願を聞き入れてここに来るのは必然だった、という事になる。その流れに『暴食』も巻き込まれてしまった可能性があるけどな。
『だから注意した方が良い。この都では異常が日常、君というイレギュラーもこの都は容易く呑み込んでいる。あらゆる勢力の思惑が渦巻く混沌の都である事を理解しておいた方が良い』
『……分かった』
だが、これに関しては注意していても難しいだろう。何せ、自分の意思でなくても舞台が作り上げられてしまっている。既に演じるしかないように舞台が作られている以上、どんなに嫌でも演じるしかないのだ。
この街の異常性を見抜けたのはこいつだけであり、俺もこいつから聞かなければ気づかなかった。これは極めて厄介だ。他の勢力……『大聖霊』や『神龍』、『大公』もこれには気づいていない可能性が高い。何せ、これは【悪魔種】の中でも因果律に関わるラートニグでしか分からなかったのだから。
なら、俺が取るべき行動は……変わらないな。俺は俺が赴くままに生きるだけだ。そのためならどんな舞台でも演じてやるよ。
『既にボクたちの仲間……『憤怒』が潜入している。『神龍』からは火神龍ファフニールの眷属が、『大公』からは先程の蜘蛛、ミサが潜入しているし『大聖霊』からも数名が潜入している』
おいおい……ていうか、『憤怒』もって……どう考えても『大罪』だけ戦力オーバー過ぎないか?流石に引くぞ。
『それじゃあ、この辺で切らせてもらうよ』
『ああ』
ラートニグからの【テレパシー】が切れるとさっさと俺は影に沈む。
騒ぎにはならないとは思うが、ミサも事もあるし、ここは出直した方が良いだろう。
それにしてもイレギュラーが引き寄せられる土地か……くくっ、中々に面白そうな場所だ。来てみて案外良かったかもしれないな。




