魔熊の怒り
ふー、きーもちー!
森を歩き始めて見つけた小川でごろごろと全身に水をかける。
全身の毛から水滴が滴り埃や土が落ちきっただろう頃合いで小川から出て身体を震わせる。
水滴はびちびちと地面に落ち頭の毛を手で後ろに流す。
水浴び何て転生してから殆んどしてなかった。これでやっと生きた心地がする。やはり、小川の近くに拠点を構えた方が良いか?いや、この小川と洞穴は近いし、洞穴の方が良いか?
いや、今はそんな事を考えている暇は、ない!
再び水の中に手を入れ、鮭くらいの大きさの魚を右手で弾く。
弾かれた魚は地面でびちびちと跳ねる。川に戻られても困るし息の根を止めておくか。
跳ねる魚の腹を噛みついて殺し食らい咀嚼する。
ベキッ、バキッと骨が折れるような音がするが次第に無くなり完全に無くなったところで呑み込む。
うーん……蛇肉よりは美味しいな。意外と生臭さがなかったな。
さて……どっちに向かおうか。一応、何度かトイレをしてマーキングしているとは言え、安全に寝れそうな場所を見つけるのも一苦労だしな……。
「ガウッ?」
何だ、この臭いは。
奇妙な異臭を嗅ぎとり、立ち上がる。
臭いの位置から大体の居場所は分かる。恐らく、風上の小川の上流から下っているような感じだな。
臭いの移動速度から考えてこのままだとエンカウントしてしまう。もし人だったら……別に人を殺すことに躊躇いはないとは言え、好き好んで襲う必要はない。
だが、この世界の人間がどういった人たちなのか少し気になるし……少し離れたところで見ているか。
地面に手をつき四足歩行に戻し茂みの中に隠れる。
匍匐前進のような体勢を取ると茂みに巨体を隠して微動だにせずに待つ。
「おい、ミーティア。こっちで会ってるか?」
「ええ。合ってるわマリス」
小川の方からやってきたのは三人の男女だった。
一人は中年くらいの男。鎧を身に纏い腰に剣を携えてる。
男の隣を歩いているのは妙齢の女。黒いローブに長い杖を持ち、いかにも魔法使いというべき風体をしている。
どっちも見た感じ強そうだが……近くにいる俺に気づいていないし、奇襲を仕掛ければあっさりと倒せそうだ。
そして最後は……
「…………」
おい……仲間をあんな感じに扱って良いのか?
その後ろに歩いている少女に視線を向けて少し疑問に思ってしまう。
二人の後ろを歩いている小柄な少女は背中に身の丈に合わない程の量の荷物を持たされている。
服は継ぎ接ぎで前の二人に比べて言ってはなんだがみすぼらしい。
それに、少女の頭から熊のような耳が出ている。前の二人とは明らかに違いすぎる。
「……あっ」
少女が膝から崩れ落ち背中に背負っていた荷物を地面に散らばらせる。
あぁ……やっぱりそうなったか。それりゃあ、どう見ても持っていただけ奇跡に近いし仕方ないか。少しくらい持たせても
「何やっていやがる!」
「きゃっ!?」
……は?
慌てて道具を戻している少女の腹をマリスが蹴り飛ばす。
その顔は嫌悪と怒りが混ざった醜い表情であり、俺には呆然としながらも理解できなかった。
……何やってんだ?自分達が一人にあまりにも重い荷物を持たせているのが悪いだろうが。速く動きたいのなら自分達が持てば良いのに。
「早く片付けろ!」
「早く片付けないと……どうなるか分かるわよね」
「ひ……!」
マリスの怒鳴り声とミーティアの脅しに少女は身体を萎縮させながら荷物を片付ける。
手が震えてるし、何をされるか分かっている感じの様子だ。
あまりの見る堪えないものを見て違和感を感じる。
……おかしい。ドライであれウェットであれ、その後の関係を考えて自分の仲間にあそこまで酷い事はしない。少なくとも、大きなコミュニティを形成しそこで生活する人間にとっては。
それなのに、あの少女の待遇はなんだ。良くてペット、悪くいうなら家畜と言っても過言ではない。事実、首の付け根や腕に火傷や深い切り傷の跡があるのにあの二人にはそれがない。
仕方ない、ステータスを見よう。いくらなんでも見ただけの情報では判断できなさすぎる。
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名称:アリス・ホワイト 種族:ベアヒューマン
Lv.十三
魔力消費率:九八パーセント
攻撃力:二二
防御力:五八
素早さ:一二
魔力:八
アクティブスキル:【硬化】【逆境上昇】
パッシブスキル:【奴隷】【服従:マリス】【痛覚耐性】【毒耐性】【重量過多】【身代わり】
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……なんだこのステータスは。
ステータスを見て俺は驚いて僅かに動いてしまう。
だが、男と女……マリスとミーティアは話に夢中で気がつかなかった。
人間だから見たことがないスキルがあって当然だとは思ったが何だこのスキルは。【奴隷】や【服従】、【重量過多】、【見代わり】何て絶対にろくでもないスキルだ。
だが、今は調べておこう。とりあえず、全て見せてくれ。
【奴隷:魔導具『契約書』によって人の価値を失った者の証
自身が得た経験値を契約者に譲渡する】
【服従:心が完全に折れ相手に従う人形。
対象からの命令を実行する】
【重量過多:身の丈に合わない重さを常に持たされている状態。
身体が日に日に衰弱する。
素早さの成長率が低下する。
療養をすることによって消える】
【身代わり:危害を加えてくる者の数に応じて防御力を上昇。
ダメージに応じてヘイト集中】
……ついでに奴隷について説明してくれ。
【奴隷について:人でありながら人ではないもの。
用途は様々であり多くの奴隷は労働力として消費される。
特にヒューマンとは違う肉体を持つ人族は高値で取引される。
基本的に奴隷商から買われる】
……ふざけてんのか、クソども。
説明を見て少女の境遇を理解し歯を噛み締める。
転生して僅かな時間だがスキルって言うのはその人の経験、才能、人生を直接体現させていると言って過言ではないことが分かっている。
スキルは今まで辿ってきた道そのものだ。どこかに今の状況とは関係ないスキルがあっても何の不思議でもない。
だが、少女の道は一本しかない。奴隷以外の道を歩んでいない。本当に、それしかない。
俺は人の社会に関わるつもりはない。少し寂しいが俺は熊であり人にとっては危害を加える獣。それ以上でもそれ以下でもない。
だが、それでも。
人が人らしく生きる事を否定しないし誰にも否定させない!!
熊という人外だろうとそれは変わらない!
あいつらは、俺はここで潰す!!