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女との取引

「君たち、私の治療院で働かない?」

「いや、二度も言わなくて良い」


立ち上がり、胡散臭い女と目線を合わせる。


いざとなれば【幻視】を使えるよう意識を高める。それと同時に足も半歩下げる。


「それで、何故誘う。お前にとってのメリットは何だ。答えて貰おうか」

「ニャハハ。良い、凄く良いよ。私が見込んだ者の中でも一、二を争うくらいだよ」


くるくると円舞曲を踊るように後ろに座り込んでいるツバキに近づき、膝をついて顔を近づける。

手首を触ったり目の隈の下げたりと色々な場所を触るのを見て気付く。


この女、胡散臭いがそれなりの技術と経験を保有した医者だ。この世界においては俺らより遥かに稀少価値がある。


この世界で病を治す方法は自然治癒か薬だけだ。俺は【魔力糸】を利用した手法もあるがそれも誰もが出来る訳ではない。そもそも【魔力操作】が無ければまず無理な話だしな。


まぁ、そう言うこともあって技術と経験がある医者はかなり稀少になってくる。


「うーん……栄養が不足してるし数日の間は野菜と肉を取らせた方が良いよ。私の専門は【治癒魔法】と薬、それと色々な道具を使って病を物理的に取り除くことだから診察はそこまで得意じゃないから専門の方に……て、それは貴方の方が得意よね」

「……質問を変えよう。あくまで【回復魔法】を使えるだけの俺を何故誘う」


ここでは【魔力糸】の事は隠しておこう。攻撃の手札を知られるのは困るし、これは潜入の際に使う可能性があるからな。下手に手の内を晒すのは危険だ。


「そうだな~、君が奴隷の事をかなり気に掛ける性格だからかな」

「……あくまで俺は俺のためにしか動かない。今回の騒動だって人が飲もうとしていたスープに頭を叩きつけられたからであって、ツバキのためではない」

「それでもあそこに割り込めるのは相当の馬鹿か阿呆じゃないと無理だよ。それに、君は貴族を貴族と思ってない。これは特に私にとっては重要かな」

「…………」


この女、そこまで見抜いていたか。


女の洞察力に気圧されながらも女の瞳を見続ける。


確かに、俺にとって貴族というのはただの人間としか思っていない。いいや、俺からすればそこら辺で売られている魚と人間はそう大差ない。


弱肉強食は世の理、その理から外れていない以上そこに優劣もない。全員が強者であり全員が弱者なのだ。


だが……それと治療院に何の関係がある。


「私が運営している治療院は奴隷市場に近いのよ。だからそこでの仕事は多くは奴隷が相手になるの。たまにいるのよね、奴隷が相手だからと手を抜く人。そういう人を排除していったら今は治療院に三名しかいないの。だから貴方をスカウトしているのよ」

「ようは人数不足か」


だが、これなら付け入る隙があるな。


「取引をしよう」

「取引?」

「ああ。まずツバキを連れていくこと。次に俺の事は詮索するな。最後に俺が連れてきた病人は絶対に保護しろ。これが条件だ」


人差し指、中指、薬指の順に指を立て女に条件を言い渡す。


一つ目はツバキの安全を確保するため。ツバキは先ほどまでは奴隷だがどことなく厄介事を抱えている雰囲気がある。刺客が来ても守れる範囲にいて貰った方が良い。


二つ目は俺に対して深入りさせないため。あくまで俺は人間ではなく魔物、その価値観は人間からしたら酷く歪んでいる。それでいて【魔曲・獣歌】のせいで限定的だが妙なカリスマ性が付与されてしまっている。それに惹かれたらもともこもない。


三つ目はラスティアの願いを叶えるため。俺が城やら兵士の詰め所から三姉妹を連れ出した後、体力、精神を消耗しきっている三人を外に出して生かしてここから去らせるのは難しい。なら、一時的とはいえ匿える場所を用意しておいた方が良い。


正直に言えば、治療院に勤めるのは正直に言ってメリットしかない。治療院なら病人がいても可笑しくなく、隠れ蓑として優秀だからだ。更に言えば、治療院の立地も良い。奴隷がエルフが多いのならエルフが一人や二人、増えたところで疑われる事もない。


「良いよ。君の条件を呑んであげる」


簡単に通ったが……だが、これで確信した。この女は信用できない。


すんなりと話が通り肩透かしを食らうがすぐに女に対する警戒心を上げる。


この三つの条件をすんなりと呑み込んだ時点で女の目的が違うことがハッキリと分かった。俺を治療院にスカウトするのはその技術を見込んだからではない。


おそらく、この女はこの世界の最強の連中、そのどれかに与する怪物だ。敵対したら厄介な事になりそうだし、今は動かない方が良さそうだ。


知らない方が良かったという事実は世界中のどこにでも存在するのだから。


「それじゃあ、ついてきて」

「ああ。立てるか?」

「はい、旦那さま」

「……その呼び方はやめろ。エリラルと呼んでくれ」

「嫌です。旦那さまは旦那さまですので」


困ったな……ミストを鳥籠の外へと出したのに新しい鳥が入ってきてしまった。


まあミストよりは聞き分けがよさそうだし自分の意思があるのは幸いか。


俺らは立ち上がると女の後を追う。


「そういえば、貴方の名前は何て言うの?」

「ココノエ・ツバキです」

「ココノエね……ココノエ?」


ツバキの名字に女は歩きながら首をかしげる。


「ツバキの名字に何かあるのか?」

「……面白い事になってきたわね」

「ん?」

「何もないよ。ほら、さっさと歩くよ」


何か小声で呟いていた気がするが……ここはスルーしておくか。


女の後をついていき、奴隷市場のほうまで戻ると治療院と思われる建物につく。


治療院は三階建てで外装は清潔感のある白で統一されている。窓の近くには花壇が作られており、幾つかの花が咲いている。


女についていき、外に設営された階段から三階に上がり扉を開けて中にはいる。中は質素な作りで扉が通路を挟むように左右八ヶ所向かい合わせに作られている。


「後で自己紹介があるから頼んだよ。あ、これ鍵ね」

「ああ」


女から鍵を二つ貰うと一つをツバキに渡し中に入る。


中も質素な作りでベッドに木の机と椅子、ゴミ箱があるだけでクローゼットが壁の窪みに収められている。


さっさと歩き、布団の上に寝転がり天井を見上げる。


そういえば、あの女の名前は何だろうか。ま、後で聞けば良いか。



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