少女買収
屋台で魚の塩焼きを幾つか買い、指の間で串を持って一つずつ食べながら歩く。
やはり、魚は良い。調理の仕方や手間にもよるが、基本的に焼きたては肉が柔らかい。食べておいて損はない。
湖の沿岸を沿うように作られている市場、昼食時で多くの人で賑わう食べ物屋台に設置されている椅子に座り、残りを一気に食べる。
この市場と呼べるものは湖を囲うように形成されている。ここ、城から見て東側の区画に食料品の屋台が多いのは平民街に近い事が影響しているだろう。
そして、ここは東と北がちょうど接する区画でどうするか迷った前皇帝の勅命で作らせた場所で、現皇帝も時折現れるらしい。
ま、そんな事はどうでも良いけど。腹の動きが治まったらさっさと移動するし、元より北側には行かないといけない。北側は冒険者街、紛れ込むにはちょうど良い。
最後の一つを食べ終わり、のんびりと辺りを眺める。
……もう少し腹に入れておくか。確か魚介系のスープを売っている屋台があった筈だ、見た感じ安かったし勝ってみよう。金はそれなりにあるしな。
席から立ち、【召喚術】で金貨の入った袋を手元に召喚する。
「スープ一つ、大盛り」
屋台の店主に注文をして出来上がるのを待つ。その間に歯にはさがった小骨を爪で取る。
「お待ちどうさまでしたー!」
木のお椀に並々と注がれ、雑多な魚と野菜が盛られたスープを店主から渡される。
さーて、さっさと食べよ。
「いただきま「【ウィンドショット】!!」へぶっ!?」
元の席に戻り、備え付けのテーブルにお椀を置き食べようとする。その瞬間、真後ろから何かが飛んで来て頭に直撃、スープに頭から叩きつけられる。
な、んあっ!?一体何が……!?
スープのお椀から顔を出し二の腕で顔についた汁を拭う。
【熱耐性】で殆んど熱さを感じなかったが……あーあ、椀も割れてしまったし具もテーブルや地面に散らばってしまってもう食べれないよ。……なめ腐りやがって。
地面に落ちた具を魔法で地面に埋め、ふつふつと怒りを滾らせながら後ろを向く。
「【ウィンドショット】!」
またかよ!!
振り返った瞬間、風の弾丸が奥から放たれる。
咄嗟に椅子から降りて地面を転がる。その瞬間、椅子に直撃し背凭れの部分を破壊する。
あーあ、また壊しやがったな……。一度なら兎も角二度もかよ。一体どこのどいつだ。
「何故避ける!!貴様が悪いのだろうが!」
「ひう……!お許しください旦那さま……」
「何を!?」
「ひゃん!!」
……奴隷いじめかよ。
騒ぎが起きている方向に歩き、起きている状況に目を細める。
地面に蹲る狐耳の少女に向けて競馬に使われる短めの鞭で叩く豪華な服装を着た男に冷淡な目で見る。
少女は頭だけは守ろうとしているが何度も柔らかい皮膚に鞭が打たれ、痕が出来ていく。次第にその声も涙声になっていく。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「この!愚図で!愚か!者が!私の!命令を!否定!するとは!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ……!!」
声のトーンが上がる毎に鞭が打たれ、少女はさらに傷ついていく。薄着の服だ、防御力は皆無だろう。
誰か助けには……行かないか。
困惑しながら辺りを見回す。だが、誰もが遠巻きに見ているだけで少女を助けには向かおうとする者はいない。
中には少女の姿を嘲笑う者や少女に向けて石を投げつける者もいる始末だ、誰かが助けに行く何て想像出来ないな。
そもそも、少女の立場は奴隷だ。社会的な身分では人ではなく物の扱いを受ける。俺のように奴隷だろうと人間に見る者は少数派なのだろう。
ま、それがどうしたと言う話になるんだがな。
「そろそろ止めても良いのでは?」
「あぁ!?何も……!?」
男の背後に回り込み満面の笑み声をかける。
男は鞭を振るう手を止め背後を振り向き、たじろいで二歩後ろに下がる。
はぁ……単純な力業で解決出来ないのは大変だ。態々声をかけないといけない。今のだって既に拳の間合いに入っていた、潰すのは簡単だった。潰さないのは単に社会的に追われるのが面倒だっただけだ。
「な、何だ貴様!?この私に命令するつもりか!この私を誰だと思っている!?」
「さあ、私には分かりません。おおよそ、高貴な身分の者としか分かりません」
「き、貴様ァ!!」
ほい、釣れた。
俺の挑発に簡単に乗った男は手に持った鞭を振るい叩く。
パァン!という音がするが表情は何一つ変えずに男に告げる。
「いえいえ、私はあなた様を嘲笑しているのではありません。私は、交渉に来たのです」
「交渉だと……?」
「ええ。そこに転がっている奴隷を買いたいのです」
男にそう告げると、鞭を持った手が止まる。
よし、引っかかった。態々鞭に叩かれた甲斐あって冷静な判断能力は鈍っているようだな。……挑発なしでも十分いけそうだったけど。
まあ、【幻視】を使って俺を高貴な身分の人間だと錯覚しているのもあるだろうけどな。
足下を転がっている少女に目を向ける。少女は俺の方は請うような瞳で俺を見上げている。
ちっ……そんな目で見るな。俺はあくまで自分のためにやっているだけだ、断じてお前のためではない。
「ほう……?その訳を話して貰おうか」
「構いませんよ。私は狩りが趣味なんです、その際に強い獣を誘き寄せるための良い撒き餌になるんですよ。それに、見た目も私好みです。その間の夜はとても楽しめそうです」
「くくっ……貴様も趣味が悪いな。良いだろう、今回は特別に譲り渡してやる」
男は邪な笑みを浮かべ少女を蹴り俺の足下に転がすと去っていく。
【他心通】で男の記憶を読んで男の趣味に合うように言ってみたが……案外上手くいくものだな。男がバカだったのも理由だろうけど。
男を内心嘲笑いながら足下に転がる少女と目を合わせる。
「わ、私をどうするんですか……あの人みたいにするんですか……?」
「うーん……まぁ、あの男が気にくわないからお前を奪ったと言うのが本音かな」
少女に説明しながら【魔力糸】を出していた小指を引く。
さて……これでバカな男は死んだな。か細い【魔力糸】だから周りには気づかれてない。一々殺すのもどうかと思うが、あの記憶は不愉快極まりないからな。それを行う人間を生かしておくつもりはない。
少女を背に背負いスープの屋台の店主と目を合わせる。状況を見ていた店主は頷き屋台の後ろ、湖の岸に向かう道を開けてくれる。
開けてくれた道を通り、物陰に少女を隠すようにに置く。さて、これで人目を気にせずに話せる。
「ま、嘘だけど」
「嘘ですか!?」
「ああ。本音はあの男への嫌がらせかな。人が飲もうしていたスープに頭を叩きつけられて怒らないバカはいない」
「そのために私を助けてくれたんですか……?」
「そうなるな。あ、ちょいと失礼」
少女の首についていたゴツい首輪に握りしめ、つぶして首輪を外す。そのついでにムチ打ちで付けられた傷を【回復魔法】で癒す。
「そういえば、名前は?」
「ツバキです。ココノエ・ツバキです」
名字が最初に……まさか、極東の島国の出身か。よくもまぁここまで連れてこられたものだな。
「ま、そういうことだから後は勝手に生きてて構わない。一々俺も誰かを僕とするのは気にくわないしな」
「そ、それでしたらあなた様に仕えた」
「あー、君たち。ちょっと良いかな」
少女の提案を打ち消すように女が話しかけてくる。
高そうな男物のリクルートスーツを身にまとい、サングラスをかけた黒髪の猫の獣人。正直に言って胡散臭い見た目をしている。
「……何だ」
だが、その実力は本物だ。そうでなければ接近を許すわけがない。
ツバキを庇うよう水平に手を上げ女に向けて殺意を放つ。
「んーそこまで警戒しなくても良いよ。取って食おうという訳じゃないし」
「……そうか。で、何が目的だ」
「ニャフフ~。それはね」
そういって女は俺を指を差して告げる。
「貴方たち、私の治療院で働いてみない?」
……は?




