都市離別
「お疲れ様」
「ああ、そうだな」
夜、天井に吊るされたランプの下で俺とナイラは互いのグラスを当て中のワインを飲む。このワインはナイラが持ってきてくれたものだ。
うん、美味しい。【毒耐性】の影響なのか酒は酔うことは出来ないが味の良し悪しくらいは分かるからな。
「それにしても……大変だったわね」
「まあな。魔力の消費も激しかったし精神的に疲れたよ」
外では俺らに傷を癒されたハーピィたちが眠っている。そのすぐ側でキューが三角座りで眠っている。
あいつもかなりの魔力を消費してしまったからな、流石に疲れたか。かなり深く眠っているから俺らの会話は聞こえていないだろう。
「貴方も早く寝たどうかしら」
「まあ、やることがあるしな」
「それって、この街から出ることかしら?」
「……バレていたか」
持っていたグラスを簡易的なテーブルに置き、ナイラの顔を見つめる。
ナイラの顔はどうしようもないほど悲しそうな顔をしながら語る。
「あと数日あれば街の復旧が終わるわ。どこか私たちとは距離を置いてる貴方の事よ、今日には街を出ていると予想していたの」
「それで、どうしたいんだ?」
「……ハーピィたちを、キューさんたちをどうするのかしら。あの子たちは身寄りも無ければお金もない、私たちのサポートも万全とは言えないわ。それでも、出ていくというの……!」
「…………」
確かに、ナイラの言っていることは正しい。
傷を癒しきったとは言え、彼女たちには後ろ楯も身寄りもなく、生きていくための金もない。だから、彼女たちを何があっても護ってくれる盾が必要になる。
それを俺が担っていた。このどさくさ紛れに発生するであろう性的暴行や奴隷商たちからハーピィたちやエルフ、獣人たちを護っていた。ある意味、俺は顔役になったいた。だからこそ俺は彼ら彼女らから慕われていたのだろう。
それが居なくなるとなれば、奴隷商やそこら辺のチンピラが彼ら彼女らを狙うのは必定だ。
彼ら彼女らと過ごした日々を思いだしながらも俺はワインを注ぎ、飲む。
「ああ、そうだ。……ある約束をしているからな」
「約束?」
「……一年前に帝国に滅ぼされた国、そこの国の王女三姉妹を救いだしてくれ、というものだ」
「なっ――!無茶よ!貴方、絶対に死ぬわよ!?」
ラスティアとの約束を語った瞬間語気を荒げたナイラが俺の襟を掴み顔を引き寄せる。
「帝都には総数一万人以上の兵士たちが常駐しているのよ!?しかも救うとなれば王宮に入らないといけないわ。もし見つかれば死刑ではすまされないわよ!?」
「確かにな。だが、それでも行かなければならない」
俺は人間どもの事はどうでも良いと思っている。
どうしようもない連中だと言うことも理解している。
だが、『生き足掻く』ことすら出来ず、ただ『生きているだけ』の連中を見捨てれる程外道に落ちた訳ではない。
たったそれだけ。たったそれだけのために俺は大国に喧嘩を売ることに躊躇いはない。
「死ぬことを恐れてないの……?残された人たちの事を考えてないの……!?」
「恐れていない訳ではない。だが、それ以上に不愉快な現実を許していないだけだ。残された奴は……俺という家から解放される良い機会だしな」
自由に生きるというのは同時に常に孤独が付きまとう。
それを解消するためには、誰かと積極的に関わっていくか繋がりを断ち一人で生きていく事に慣れるかのどちらかしかない。
多くの者が前者を選ぶが俺は後者だ。生まれた時からたった一頭で生きてき訳だから孤独には慣れてしまっている。生きるのも死ぬのも一頭、それを俺は受け入れてる。
そんな奴と一緒にいるなんて悪影響しか与えない。事実、ミストは他の冒険者を遠ざけていたらしいしな。
人間は弱い。どうしようもなく弱い。少なくとも、多くの人間は深い絶望の淵へと落とされれば心が壊れる。故に協力しあい、互いに互いを補っていくしかない。それなのに、自分より強い者に寄りかかって生きているのは成長によくない。それは真っ当な成長ではなく偏ったものになってしまう。
そんな寄生虫みたいな生き方、俺は受け入れられない。故に無理矢理にでも外に出すのが丁度良いのだ。
「強引だし無理矢理だとは分かっている。心に傷が残るかもしれない。俺を恨むかもしれない。だが、それでも、あいつらが一人立ちさせるためだ」
「……彼女たちの幸福のために貴方は寂しい人生を送るつもりね。普通の人間ならここまでしないわよ」
そりゃあそうだ。俺は熊の魔物、普通の人間と価値観が一緒の方がおかしいしな。
「ま、そう言うことだからこいつらに仕事の斡旋とかしてくれ。無論、奴隷や卵産み以外でな」
「そのくらい、別に構わないわよ。この事件で一気にスラムを解体するし、そこの治安維持や宅配何かと色々と使えそうもの。ああ、それと」
そう言ってナイラは懐から重そうな袋を取り出して俺に渡してくる。
案外重いな。中身は……金貨?
「貴方の正当な報酬よ。貴方はいらないと思うだろうけど受け取っておきなさい」
「ありがとう。それじゃあな」
「えっ、あ、ちょっ……!?」
俺の頼みをナイラが了承したのを確認して立ち上がり、テントの外に出てキューの頭を撫でる。
「ん……」
幸せそうな寝顔を浮かべるキューを見て心を穏やかにして影の中に沈む。
さて……これでもう街とはお別れだな。色々とあったが……まあ、楽しかったよ。
森の中の影から浮上し【人化】を解除する。
解除した瞬間、折り畳まれていた肉体がバキバキという音共に解放され元の姿……熊の状態へと変わっていく。
熊の状態は体格は幻想死熊とそう大差ないが毛皮が黒ではなく白で前足だけでなく後ろ足にも複雑な紋様が刻まれている。顔の方はどうなっているか分からないが、問題はないだろう。
ふう……すっきりした。人に近い姿をしている時と比べて動きやすさが段違いだし、気にしてはいなかったがあった妙な圧迫感もなくなった。人の姿をとるのはあくまで潜入の時だけでいいかもな。それと音が凄く怖い。折れてないから問題ないだろうけど流石に何度も聞きたくないな。
さて、今日はぐっすりと寝て明日から旅の再開だな。




