翼人治癒
「キューちゃんあそぼー!」
「いいよー!」
テントの外から聴こえる子供たちの声にキューは反応して外に出ていく。
あれから三日が経過した。その間にミストたちが学園の方に向かい、俺ものんびりとこの街を去れると思っていたが……また一人、拾ってしまった。
「こっちこっちー!」
「キューお姉ちゃんこっちだよー!」
「あははー!まてまてー!」
テントの外を見ると、キューとスラムの孤児たちが遊び回っているのが見える。
キューは少女から女性に変わる中間のような顔立ちをしている。人懐っこく、歌やダンスが好きで子供の面倒をみるのが好きな普通の少女だ。
ああいった平凡を見ていると微笑ましい感情が芽生える。それと同時に俺があの輪の中に入る事ができない事を見せつけられる。
だが、別に構わないか。人間が人間らしく生きているのに口出しするつもりはないしな。
【ハーピィ:獣人の一種。
高山地帯にのみ生息している。
腕がない代わりに翼が生えている。
単性で女性しかおらず、繁殖期になると近隣の村から男を拐い精子袋にする。
歌や踊りを好み、それを見た冒険家は『精霊の円舞』と讃えたほどである。
あまり知られていないが戦闘能力は高く、Bランク程度の魔物なら一瞬で殺せるほどで一人で奴隷商を壊滅させることもある。
卵は美味で帝国の貴族の中には何人も飼い、改造を施して鶏卵のような扱いをしている者もいる】
説明ありがとう。
そして、ここでも帝国の闇が露呈したな。ハーピィたちを飼っている時点で俺にとっては許しがたい。が、あくまでそこは人間どもが自分で何とかするんだな。俺は積極的には関わるつもりないし。
木箱に戻り、のんびりと茶を啜りながら情報を見る。
うん、美味しい。基本的に紅茶が主流のこの国では珍しい緑茶だが、独特な苦味と風味は嫌いじゃない。
「エリラル、いるかしら」
茶を飲み干して井戸の水で洗っていると、ナイラがテントの中に入ってくる。
ナイラの焦ったような顔に目を細め、席に座る。
「どうかしたか、ナイラ」
「さっき、怪我したハーピィたちが見つかったのよ。全員が意識を失っていて傷ついている。首輪の事もあるし、貴方以外に頼れそうな人がいないのよ」
「分かった。場所は?」
「旧スラムの闇市……て言っても分からないからここから東よ」
「分かった」
ナイラから話を聞くと、立ち上がりテントの外に出て地面を勢いよく蹴り一気に加速して走り始める。
ハーピィたち……複数体いたのか。恐らく、違法な奴隷として多く仕入れていたが今回の騒動で建物が倒壊し下敷きになった、と言ったところか。
それにしても、よく生きてられたな。食糧は兎も角、水の方はどうしたんだ?水属性の魔法を扱えるヤツがいたのだろうか。
「先生、こっちです!」
俺を呼び止める若いヒューマンの方に向かい、足を止めて地面に横たわっているハーピィたちを見る。
ハーピィたちの数は一四人。一日目よりはまだマシだが問題は数ではない。
ハーピィたちの多くが火傷で羽毛や皮膚に大きな痕を残し、肩に大きな角材が突き刺さっている者や脚が曲がってはいけない方向に曲がっている者、中には生きているのが不思議な者もいる。か細く息をしているのを見なければ死んでいると思ってしまう程だ。
これは……酷いな。怪我もそうだが身体の方がかなり衰弱している。生きているのが精一杯と言ったところか。
【回復魔法】は魔力の量もそうだがかなりの集中力と繊細な魔力のコントロールが必要となる。これだけの人数の傷をある程度まで癒す事は出来るが完全回復となれば話は別だ。魔力以上に集中力が持たない。
だが、やるしかない。
ハーピィの一人のとなりに座ると両手をかざし、【回復魔法】を発動させる。緑色の光が少女の身体を包み込み、火傷や骨折を治していく。
キューの時はハーピィの体内の構造がよく分からなかったからかなりの時間を使ってしまったがキューの身体をストレッチの補助ついでに【魔力糸】を接続させて構造を把握してある。抜かりはない。
「先生……大丈夫ですか?汗がかなりかいてますが……」
「問題ない。何時もの事だ」
極度の緊張による冷や汗か。やはり、集中力がかなり消費している。だが、問題ない。既に【並列思考】を発動させた。複数の思考で集中力を底上げしているからすぐにどうにかなるだろう。
一人目を三〇分程度で最低限の回復をしきると別のハーピィの傷を癒していく。
案外、傷を癒す職業は俺にとっては天職かもしれないな。前世の事は知らないが医師や看護師に憧れていたのかもしれないな。
まあ、人間らしい精神性は持ち合わせてないからその夢は叶えれなかっただろうけどな。
二人目を治癒し終えると三人目、四人目と続けて治癒していく。
癒す手順や使う魔力の量は個体それぞれで違う。【並列思考】でもそれの判断をするのは俺である以上、それを任せることはできない。思考を同時進行させたところでこれは俺一人の作業でしかないのだからな。
「予想以上に集中力が消耗しているな……」
鼻から垂れる血を拭い、拳で殴られたような鈍い痛みを我慢し治療を続ける。
痛みで意識が飛びそうになるが、我慢だ我慢。ここでこいつらを治癒するのは俺しかいない。それなのに俺が倒れてどうする……!
心の中で奮起しながら八人目を癒し終えると九人目を癒す。
「とと様?同胞たちに何やってるのー?」
癒している途中でキューが俺のとなりに降り立つ。
たく……子供達と遊んでいるんじゃ……それと、何で親でもない俺の事をとと様と呼んでいるんだよ。
「キュー、俺はお前の父親じゃないんだが……こいつらの怪我を治している」
「分かった、手伝うー!」
おい、こいつらの傷は早々治るものじゃ……!
「それー!」
キューが翼をハーピィの一人に向けた瞬間、空色の光と共に傷が癒えていく。
回復速度から考えて【治癒魔法】か。速度を考えればこっちの方が速いが今は猫の手も借りたい状況だ、文句は言えない。
「そっちの方を頼めるか」
「任せてー!」
快い返事が返ってきたところで治癒し終えて別のハーピィの方に向かう。
キューが来てくれたお陰でより効率的に癒すことができる。魔力の方にも余裕が生まれるし、その余裕を治癒に回せる……!!
「出来た……!」
「出来たー!」
二時間後、全員の治療を終え俺とキューは立ち上がろうとするが力が抜けて同時によろめき、地面の上に倒れる
あー……疲れた。久々にここまで【回復魔法】を使ったよ。だが、これで終わりではない。こいつらの処遇について話を進めないとな……。
「……大丈夫?」
「ああ、大丈夫……!?」
話しかけて少女のソプラノ声に反応するがその魔力を感じた瞬間、飛び起きて間合いをとる。
思わずゾッとするほどの美少女だった。
白く細い髪を肩のところで切り揃え、片目を髪で隠しているが美しい事が分かる顔立ちをしており、唇だけほんのりと赤い。
肉体的な発育はそこまで良くないが体格はストレートでキューよりも若く、肌の色は雪のように白い。
無表情で氷のような水色の瞳を俺の方に向けており、雰囲気はミストのそれに近い。
だが、それは関係ない。そんな事に驚いているのではない。
こいつは、【精霊種】だ。いや、そう言うのもおこがましい。生物としての存在が確立しているか怪し過ぎる。
【精霊:自然発生する現象の一種。
大気中の魔力濃度の濃い場所にのみごく稀に発生する。
魔力そのものであり、どこにでも存在できるが長時間不浄な魔力に当てられると自然消滅してしまう。
世界に点在する秘境でも『大聖霊』が統治する領域に多く住まう】
説明どうも!本当に良いタイミングだな!
だが、こいつが【精霊】だとしても、何故俺の前に立っているんだ?
「とと様ー、どうかしたのー?」
「いや、何でもない」
しかも、周りの状況から察するにキューや他の奴らには見えていないのか。俺が【精霊種】だからか?
俺がキューたちの方を見た後、正面を向く。
「えっ?」
だが、そこには誰もいなかった。
どこかに消えてるし、何だったんだ?まあいっか。今はこいつらをテントの方に運ばないとな。




