都市復旧
「これで治ったぞ」
「ありがとうおじさん!」
「コラッ、お兄さんでしょ。ありがとうございます、貴方がいなかったら娘は……」
「いえ、自分は当然の事をしただけなので」
傷を癒され感謝する獣人の少年とその母親が立ち去るのを見送ると簡易テントの中にあるボロい木箱の上に座る。
エンゲツとの戦いから一週間が経った。俺はこの戦いで負傷した人――特に獣人やエルフの傷を無償で癒していた。
『アルマティア』は現在、復旧工事中だ。今も中心街や繁華街の方では金槌を叩く音が聞こえてくる。
だが、それでも見落とされている人たちはかなりいる。それが貧しい人たちだ。元々スラムで生きていた人たちはかなりの数が建物が壊されてしまい、住む家も食べる物も不足している。
その上、ミストの話によればここの領主はスラムや他でも補償をするのはヒューマン……前世の人間と造形の変わらない連中だけらしく、獣人やエルフたちには一切の補償がないらしい。
見ず知らずの人間を助けるのは癪だが知っていて見捨てるのも何か違う、という事で彼らに傷や病を癒したり簡易的な住居を作ったりなどしてなるべく手助けしているのだ。
魔物だとバレないか?それは問題ない。身体から漏れだしていた魔力を操って体内に留めてあるから魔物だと感じるのは難しい筈だ。
「先生、少し見て貰えないでしょうか」
「分かりました、見ましょう」
固くなった肩を何度か回転させていると新しく来たエルフの青年の折れた腕を触診する。
これでも、一日目よりはマシだ。一日目は怪我の治癒だけで精一杯だったし、前世における一般的な知識しかなかったから効率も悪かった。何人も看取り、火葬した。
……それにしても、何故『先生』何てあだ名をつけられているのだろうか。確かに子供達に読み書きを教えたり魔物や動物の狩り方を教えたり、自衛手段として女性たちに投げ技を教えたりしているが……これくらいなら、前世の方では一般的だぞ?『先生』何て大層な名前で呼ばれる存在では無いのだが。
「腕の骨が折れている。【治癒魔法】で治した方が良いですね」
「ありがとうございます……!」
感謝するエルフの青年に【治癒魔法】を発動させ骨を治療する。
衛生状態はそこまで良くないこの世界で傷をそのままにしているのは傷口が化膿したり病にかかったりしやすい。そのため、【治癒魔法】による傷の治療は重要だ。
清潔な包帯……いや布があればもう少し別の方法があるが、流石に無い物ねだり過ぎる。
「あれ?先生は【魔力操作】を持っているんですね」
「珍しいか?」
「はい。エルフ以外だとそこまで見ませんね」
「そうなのか。よし、傷を癒せた。少し寝不足そうだし休息と睡眠はしっかりと取れよ」
「はい、分かりました!」
エルフの青年が治った手を振ってテントから出るのを確認すると木箱から立ち上がり背を反らす。
うおお……案外痛い。ここ数日そこまで寝てないしな。
「失礼するわよ」
「ああ……て、またあんたか。懲りないな」
「ええ、懲りませんわよ」
木箱に座り軽食を取って腹に入れていると赤髪のヒューマンの少女がずかすかと入ってくる。
そして俺に向けて指を指す。
「貴方、この私に【回復魔法】を教えなさい!そして専属の教育係になりなさい!」
「俺のはその下位互換の【治癒魔法】だがな。それと、教育係の件は断ると言っている」
少女の要求を拒否するとさっさと木箱から降りて立ち上がる。
この不遜な態度をとる少女はナイラ・アルマティア。ここら辺一帯を治める領主の一人娘だ。
性格は活発で根は真っ直ぐで芯がある。獣人だとかエルフだとかで差別せず有能な人を取り込み、警告を素直に受け入れ、甘言に惑わされず、学習意欲も高いハングリー精神の持ち主。折れる事を知らず真っ直ぐな心のあり方は人の上に立つ素質がある。不遜な態度をとるのは単にナメられないようにしているためだ。
そんな少女、ナイラが俺に目を付けたのは一日目、俺が瀕死だったナイラの傷を完全に癒したからだ。その後、俺の【治癒魔法】の技量や豊富な知識、純粋な戦闘能力を見込み俺を直々にスカウトしているのだ。
「む~……給料もそれなりに良いし福利厚生はしっかりしているのに……この状況じゃ商売も難しいし魔物狩りも出来ないから手に職を持っていた方が良いのに」
「そこじゃなくて俺は旅人だからな。一つの街に留まらないようにしているんだよ。もう少ししたらこの街を去るつもりだしな」
頬を膨らませる少女に笑いかけながら告げる。
俺にはやることがあるし、この街を去るのは仕方ないことだ。
それに、俺は魔物。人間とはあり方が違い過ぎる。不完全な魔法何て教えたくない。
「【治癒魔法】を学びたければ聖王国の学園に通えば良いじゃねぇか」
「それが難しいのよ。ほら、帝国と聖王国は仲が悪いし。上層部の無能っぷりにも飽き飽きよ。その皺寄せはお父様にくるのに」
「その父親が獣人やエルフへの補償を一切しないと言っているのだがな」
「私もそれには反対よ。私は無能を嫌い有能を好むけどそれでも同じように笑いあえる隣人を見殺しにするのは断固反対よ。でも、全員の補償は難しい。冒険者たちへの補償はしなくても良いけどそれ以外の人たち全員に補償するのは金がかかるのよ」
「まあ、そりゃそうだな。だが、彼らをどうにかするのも難しい。それに、彼らの金の方も大変だしな」
「あら、それなら問題ないわ。明日から城壁を壊すから。これを機に城壁を広げるつもりよ」
「公共事業と言うやつか。そっちの資金はあるのか」
「そこは国が補償してくれるわ。既に使者が皇帝陛下の貯蓄から補償金も貰ってきたわ」
「そういうのは国庫からでは?」
「何か上層部は大騒ぎしていて国庫を開くのが難しかったらしいわ。何か心当たりはない?」
「さあな」
恐らく、『農場』の殆んどが壊滅した情報が伝わったからだろうな。だが、ナイラの話が本当ならある程度はスラムの人間の生活が補償されるか。
「さて、俺は少し外に出る」
「お嬢様、そろそろお時間です」
「あら、そうなのね。なら私も屋敷の方に戻るわ」
俺がテントの外に出て看板を反転させるとナイラもエルフの侍女を連れて屋敷のある方に向かって歩いていく。
さて……少しはミストたちの方に顔を出すか。
復旧作業を行う街を歩きながら周りを見ていく。
繁華街は四割くらいか。まだ十全な営業が出来ている訳ではないが商店の幾つかや風俗店の類い、奴隷商も少しは営業を再開しているな。
風俗は別に構わないし、ここの人間のフラストレーションを発散するには酒が丁度良い。奴隷に関しては安価な労働力として重宝できる。あまり好きではないが。
『主人』
『どうした、ミスト』
『主人、テント、いない』
入れ違いになったのだろうか。
『入れ違いになってしまったか。すぐに戻るが、どうかしたのか?』
『少し、怪我をした』
『どこを怪我したんだ?』
ミストの言葉に僅かに空気を重くする。
ミストは仲良くなったシリウスと常に行動していた筈だ。……まあ、そのせいで夜になるとたまにカーリーが俺のテントに来て愚痴に付き合わされるんだけどな。
まあ、【テレパシー】できる程度の怪我だし問題ないだろうけど。
『ううん、自分、じゃない。シリウス、でもない』
『じゃあ、誰だ?』
『…………見て、そうすれば、分かる』
いや、何だよその間は。
【テレパシー】が切れたのを確認すると俺は少し額に手を当てやれやれと首を振るう。
誰が相手なのか分からないが……俺としてはミストが人間らしい性格にさせるためにもシリウスやカーリーと関わらせた方が良さそうだし、傷を癒しに行きますか。




