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運命邂逅 sideシリウス

遠くから聞こえるワイバーンの咆哮を聞きながら僕は走る。


明日、この街から出る予定だったのにいきなりワイバーンが襲撃してきた。普通なら探知の魔道具が察知するのに、それがなかったため住民の避難も出来なかった。その際のゴタゴタのせいでカーリーやテレスと離ればなれになってしまった。


この状況で二人と別れるのは危険度が高過ぎる。それに、二人の武器ではワイバーンに傷をつけれない。二人の場所が分からない以上動いて見つけるしかないのだ。


「くっ――!」


燃え盛る家屋が道を塞ぐように倒れ、顔にかかる炎の熱を左腕で防ぎ、別の道を走る。


今、ワイバーンの数はそう多くない。倒壊した二つの壁から侵入したワイバーンたちの多くがCランク以上の冒険者たちが総出で倒しきったからだ。


……僕たちは何もしてない。何もできないことがあまりにも悔しい。


悔しさ唇を噛みしめながら再び道を変える。


だけど、今は悔し涙を流している余裕はない。一刻も早く、二人を見つけないと……!


「えっ!?」


突然、影ができ、何事かと上を向き驚愕の声と共に前の方に頭から跳ぶ。


その瞬間、ワイバーンがさっきまでいた場所に垂直に落ちてくる。


いっ、一体何が……?


衝撃波で地面を転がり、止まったところで立ち上がりワイバーンの方を見る。


そして、目を奪われる。


「……八匹」


ワイバーンの身体の上に、少女が立っていた。


素材が良いだろう、光沢のある黒いケープを着ており、下は白いドレスに革鎧と奇妙だがどこか纏まりがある。


幼さが残る顔立ちは表情に乏しく、人形のような印象を与える。身長は低いがその胸は女性らしいもので鎧を押し上げていた。


確か、名前は……ミスト。誰ともチームを組まないソロの冒険者でランクはC。彼女一人でここら一帯の盗賊の多くが壊滅しているため実力は本物だ。


頭を刺し穿いていた手刀を引き抜くとミストさんはワイバーンの死体から降りる。


「あ、あの!ウサギの獣人の少女を見ませんでしたか?」

「…………」


意を決してミストさんに話しかける。だが、ミストさんは振り返ることも答えることもなく手に付着した血を拭う。


そ、そうだ……ミストさんが単独行動をとる理由はあまりにも僕たちを信じていないからだった……!


少女の行動に僕は納得する。してしまう。


冒険者というのは互いに好き嫌いはあれど、何かしらの信頼関係がある。僕にだってテレスやカーリー以外にも友人と呼べる冒険者や面倒を見てくれる先輩冒険者がいる。


だが、ミストさんはその中でも異端だ。自分に悪意は勿論、善意で話しかけてくる人間にも徹底的に噛みつき、嫌悪している。そもそも話す事すら稀で徹底して僕たちを嫌っている。


いいや、嫌っているのは冒険者だけじゃない。彼女は受付嬢と話す事も皆無であくまで事務的な話を極僅かにするだけ。人間不信なのだ、彼女は。


恐らく彼女は――元奴隷、しかも『農場』で育てられ改造を受けた奴隷だ。主人から解放された奴隷の中には過去のトラウマが原因で普通の価値観を持つ人を信じれなくなってしまう人もいるらしい。彼女はそういった、哀れな人間なのだ。


「……【アクアブレード】」


突然ミストさんは振り返ると同時に魔法を唱える。咄嗟に身を屈めた瞬間、水の刃が放たれ後ろを飛んでいたワイバーンの翼膜を切り裂く。


その現実に僕は状況を忘れて見惚れてしまう。


ワイバーンの位置はここから一キロ近くあった。あそこまで遠い相手をこうも容易く魔法で攻撃するなんて普通じゃ考えれない、極めて高度の技術だ……!


「……?貴方、誰?」


地面に座りこむ僕を見下ろすミストさんが鈴のような幼さと成人した女性の混じった声音で僕に問いかけてくる。


我に返りすぐに立ち上がるとミストさんに頭を下げる。


「僕はシリウス。先程は助けて下さりありがとうございます、ミスミスト」

「……ミスト、私の名、それだけで良い。ミスミスト、ではない。……不快」

「し、失礼しました!」


ミストさんに注意されすぐに直す。そして情報交換を行う。


話してみると、ミストさんは意外と良い人だと言うのが分かる。声音は無機質だしどこか壁があるけど、それでもたどたどしくても頑張って話そうとしてくれている。


「……不思議だ。シリウス、主人ではない。でも、主人に近い」

「え……?」


主人に……近い?


あり得ない。奴隷から解放された人たちは基本的に主人を持つことがトラウマになってしまっている事が多い。それは『農場』出身でも言えることだ。


奴隷から解放されていないのか……?少し聞いてみよう。


「主人というのは一体誰なんですか?」

「主人、魔物。かつての主人、殺し、自分、救った」


魔物……!?魔物がミストさんの主人!?バカな、それは普通あり得ない。


魔物は基本的に人間に対して敵対的だ。そうでなくても人間に対して無関心である事が多い。人から変質した魔物や【精霊種】以外は基本的に人と積極的に交流を持とうとは思わない。


少女の答えに驚愕しながら頭を回転させていると一匹の熊が頭を過る。


……まさか、あの熊か?あり得ない。あり得ないが……可能性は十分ある。


「……その魔物の主人はどんなまも「ッ!!危ない!!」えっ!?」


僕が質問しようとした瞬間、少女が突然肩を掴み押し倒してくる。


その瞬間、驚く暇もなくすぐ隣の家屋が粉砕される。


凄まじい衝撃波と熱気がミストさんと僕の肌を焼き、地面を転がっていく。


い、一体何が……て、む、胸が!ミストさんの柔らかく豊満な胸に顔が埋められてしまっている!?ていうか、革鎧が外れてるし、しかもノーブラ!?


テレスだったら「役得だ!!」と言って喜びそうだし僕にも人並みに性欲はあるど流石にこの状況じゃ喜べない!!


「み、ミストさん、苦し……」

「……謝罪」


僕の身体の上から謝罪と共にミストさんが退くとすぐに立ち上がる。


凄く……柔らかかった。て、いいや、今はそんな事関係ない。一体何が……!?


ミストさんの事を頭の片隅に追いやり周りを見て絶句する。


近くあった家屋は衝撃で破壊され辺りには冒険者の人たちの死体が転がっている。石畳の地面は抉られ、威力の凄まじさを物語っている。僕たちが巻き込まれていたら確実に死んでいた……かもしれない。


「がっ……あっ……」


その奥で甲冑姿の男が間接部から血を流しながら地面に倒れていた。


甲冑は至る所がベコベコに陥没し、マントは千切れている。唯一無事な剣を右手に持っているがそれ以外は満身創痍だ。


「あの甲冑は……まさか、『大聖霊』の親衛隊の騎士の甲冑!?」


その男……正確には甲冑に見覚えがあり、驚愕のあまり目を大きく開き口に出してしまう。


この世界に存在する巨大な勢力の一つ、『大聖霊』。彼らは全員が【精霊種】で構成されている。人間との関係は極めて良好で聖王国の方から年に数回、留学生が来ることもあり、逆に彼らの支配領域に留学生を送ることもある。


ただ、人間を守るそのあり方もあり、それ以外の巨大な勢力――特に人に対して極めて気紛れな『大罪』や積極的に襲う『神龍』たちとは敵対関係にある。


その『大聖霊』の親衛隊が誇る鎧『聖霊装束:三式』はCランク以下の魔物の攻撃を無効化する極めて有能な魔道具だ。


それを半壊させるほどの化け物がこの街の中に入っているのか……!?


「おい、シリウス!」

「シリウスくん!」

「ミスターテレス!ミスカーリー!」


突然背後から声をかけられ、振り向くとテレスとカーリーが立っていた。


二人とも返り血を浴び、少し怪我をしているがどちらも無事だ。


「良かった……!」

「たく……だが、これは何なんだ?」

「『大聖霊』の親衛隊に一体何が……!?」


この惨状を見た瞬間、テレスとカーリーは息を飲む。


これをやったのは一体……!?


「おい、やりすぎだろ!無関係な人間が巻き込まれてしまったじゃねぇか!!」

「知らん。一々人間の顔なぞ覚えとらん」

「たく……俺が【治癒魔法】を持ってなかったら確実に何百人も死んでたぞ。こっちの苦労も考えろ」

「ふん……」


突然声がしたと思い声がした方向を見ると二人の男が立っていた。


男の一人は茶色の混じった金色の髪をしており、こめかみの辺りから二本の捻れた角が出ており、臀部から蜥蜴の尾が生えているを筋肉隆々で上半身がほぼ裸だが、その纏っている雰囲気も相まってまるで武人のように見える。


もう一人の男はボサボサの白髪の髪を腰まで垂らし、頭の上に熊の耳があり、両方の二の腕にふさふさの毛が生えている。黒い服を着ており、その上から極東の服を羽織っている。顔立ちは女顔だが整っている。だが目付きは鋭い。その雰囲気は僕たち学生に近い。


だが、二人とも纏っている魔力は濃厚かつ極めて濃い。それに、あの雰囲気……どちらも魔物だ。


魔物が人に似た姿をとることはよくある。だが、滅多に人前には現れないから僕たちも初めて見た。


「ミスト。大丈夫だったか?」

「主人……!?その姿は……!?」


瞬きした瞬間にミストさんの目の前に現れた熊男にミストさんは困惑の表情を浮かべる。


この魔物がミストさんの主人……!?


「進化した。確か、『ベルセルク』とかいう種族だ」

「「「ッ!?」」」


ミストさんの主人が言った言葉に僕たちは絶句する。


ベルセルク。狂乱と破滅を司る【精霊種】。そのあり方は【悪魔種】に近く、人間の人格や精神、記憶を歪め、弄び、破滅させることを好むとされている。


そんな異端の怪物が【精霊種】とされているのもまた、そのあり方が故だ。


破滅や狂乱というのは【悪魔種】だと思われがちだがそれは一種の終わりのあり方なのだ。


壊れては直し、直しては壊れる。生命の流転において必要となる終わり、その一つが狂乱や破滅なのだ。だからこそ、その流転に影響のない特性を操る【悪魔種】ではないのだ。


だが、それは知ったことはでない。ここで倒さなければどれだけの国が傾き崩れるか分かったものではない。


「さっさとここから離れろ。ここは……戦場になる」

「……了承。主人、勝って」

「分かっている」


そう言うとベルセルクは跳躍してもう一人の男の隣に着地する。ミストさんはそれを見送るとさっさと歩きだす。


「い、良いんですか?」

「……問題、無し。主人、強い。それと、これ、秘密」

「分かった」

「分かったぜ」

「分かりました」


ミストさんの命令に僕たちは従い、この場から離れ始める。


流石にこんなことを言っても笑われるだけだし……あのベルセルクの気配はあの時の熊と同じだった。なら、口に出したことは真実なのだろう。


それに……流石にミストさんが他の冒険者たちに差別されるのは見ていて心苦しい。情が移ってしまったのだろうか。


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