不吉な予感
「…………」
『…………』
うん、普通に気まずいな。
俺とカーリーは川辺の木の木陰で座りながら互いの様子を無言で伺う。
俺としてはさっさと離れても良いが……流石に受けてしまった以上は何かしら話さないといけないよな。
「あの、何故熊さんは私たちを襲ったんですか?」
『敵意を向けられたからだ。俺は敵意を向けてきた相手には基本的に容赦しない』
「なら、何故私たちは見逃しているんですか?」
『興味の話だ。お前らがどう俺に歯向かってくるか……それは少しばかり興味がある』
少女の問いに俺はつらつらと【テレパシー】を使って答える。
まぁ、俺の答えはそれ以外にもあるがな。さて、こっちも質問するか。……最初はこっちも事務的な話で良いか。
『ではこちらも問おう。何故お前らはこの森に来ている』
「えっと……薬草採取の依頼を受けてまして。今は熊さんを倒すために来ている、といったところですね」
『成る程な。確か、ここはテュポ草の群生地だったな』
成る程、こいつらは俺がこの森に潜伏するようになる前からこの森でテュポ草の採取の依頼を受けていた。
そして、偶然にも俺に出会った。
俺と戦い、自分達のプライドをへし折られ、そのプライドを取り戻すためだと思っていたが……この様子から考えるとプライドと言うよりも純粋に勝ちたいという意思の方が強いか。
しかし、解せないな。この世界の貴族の性格は決まって傲慢と醜い欲望を絵に描いたような存在たちだ。そんな連中はプライドだけがアホみたいに高くなっている。
そんな貴族であるカーリーは何故プライドがへし折られなかったのだろうか。
『……お前はプライドというものがないのか?』
「プライド……誇りはありませんよ。少なくとも、私たちには」
神妙な顔でうつ向いてしまうカーリーの顔を少し心配そうに見つめる。
「実を言うと私とシリウスくんは貴族の生まれなんです。……貴族の事は流石に知りませんよね」
『いや、知っている。傲慢で醜い欲望に包まれたどうしようもない愚者としか認知していないがな』
「手厳しいですね。……でも、実際その通り何ですよね。私の場合、母が奴隷でして。そこで父親……母を買った男が私を育てくれたんです」
良い人間、なのだろうな。奴隷を使うのがこの世界で当たり前だとはいえその子を育てようとする人間は少ない。
だが、そういった人間は何かしらの裏の顔を持っているだろう。
「奴隷という身分から生まれた私を父はメイドとして育てたんです。後で他のメイドから聞いた話だとほぼ同い年の息子を世話させその欲望を発散させるための便利な人形を作るために私を育ててたらしい」
やはり、そうだよな。この世界の貴族は自分達が人間で他はそれを支える歯車程度にしか考えていないのだろう。
実に下らない。下らなさ過ぎてどうしようもないくらいだよ。
「そして歳月が経って、私は学園に入学しました」
『学園?』
「はい、貴族やそのお付きのメイドが通う学校です。そこでテレスくんやシリウスくんと出会ったんです」
この世界にも教育機関が存在したんだ。まぁ、愛国心を育てるには効率が良いからな。
「テレスくんは騎士の六男、シリウスくんはお手つきされたメイドの子。どっちも家での立場は低いものだったので気が合ってよく一緒に行動するようになったんです」
『……家から解放されたいと思わなかったのか?』
「学園に通い始める前まではあの家以外に何もありませんでしたから。でも、学園の一年はとても有意義で、楽しくて、友人を手に入れれた。そんな彼らとの生活で私は……夢を持ったんです」
『夢?』
「はい、実を言うと私はシリウスくんの事が……好きなんです。彼と結ばれたら良いなぁ、て」
おいおい……。
頬を赤らめて照れるような笑顔で笑う少女に少し複雑なものを思ってしまう。
仲の良い三人組で紅一点が好きな男がいる、もしくっついたら少しばかり大変な事になってしまうだろうに。男女の関係というのは大変かつ面倒なものだしな。
まぁ、それは本人たちの問題だし口出ししないでおくか。流石に俺とシリウスが会っていることは言わないでおくか。
『へぇ、そのシリウスのどこが好きなんだ?』
「私たちを守ろうと頑張ってるところとか、誰よりも努力家なところとか、数え始めたら切りがないですよ」
うっわー、ベタ惚れかよ。初めて見たよ。
「はは、何で私は熊さんにそんな事を言ってるんだろう。何か熊さんと会話をしていると心が和んでしまい、つい口を滑らせてしまいますね」
へぇ、そんなもの……うん?
心が和む?……まさか、【魔曲・獣歌】が発動しているのか?あれはかなり限定的なカリスマ性だった筈だが……あ、カーリーはその枠内だ。
さっさと止めないと……!アクティブスキルだし止めれる筈……
【停止不可】
……はい?
目の前の画面に出た言葉に驚きのあまり心の中で聞き返してしまう。
いやいや、アクティブスキル何だからそれはそれくらいできるだろ。
【魔曲・獣歌は個体名:エリラルの本来の資質から派生したものであり個体名:エリラルの魔曲・獣歌は停止不可能です】
だったらアクティブスキルに入れておくなよ!!
いや、この感じだと俺の【魔曲・獣歌】は止めれないのであって他の連中が使えば止めれるものかよ。
厄介過ぎるスキルだが……まだ【狂歌】に比べれば遥かにマシか。表情に出ないように注意しないとな。
『たく……まぁ、俺としてはお前らが人間らしく生きているのは良いことだと思うぞ』
「どういうこと?」
『俺は生物が生物らしく生きる事を重視している。その過程でいがみ合い、ぶつかり合い、殺し合うのなら肯定しよう。だが、生物が生物らしく生きれない状況を好ましく思ってない』
「それって、奴隷に関しては否定的なんですか?」
『俺としてはどうでもいい。奴隷でも人間らしく生きることは出来る。その果てに死があろうとな。……だが、普通に不快ではあるが』
「人間との価値観がやっぱり違いますね」
『当たり前だ』
魔物には魔物の、人間には人間の生きる世界がある。そこでの価値観が違ってくるのは当然と言える。
その後、カーリーとのんびりと会話を続ける。
カーリーの話は学園の生活の事や街の事、ここ最近入ってきた新人のこと等様々なことだった。こっちも魔物を狩るコツや薬草を見分けるコツを教えた。
おっと、そろそろ日が陰ってきたか。
『さて……そろそろ日が落ちる。街に戻った方が良い頃合いだと思うぞ』
「そうですね。……それと、もう少し良いですか?」
俺が立ち上がり森の奥に戻ろうとした時、カーリーに呼び止められる。
『どうかしたか』
「貴方の名前は何ですか?」
『エリラルだ。とある少女に名付けられた』
「あと、一つ頼みが」
『答えてみろ』
「もし、何か私にあったら……二人を守って下さい」
『……善処しよう』
少女の質問と頼みを俺が了承するとカーリーは頭を下げ街の方に向かって歩いていく。
たく……まぁ、約束は守ろう。流石にあそこまで穏やかで優しい少女の願いを無下にすることは出来ない。
「グル?」
何だ、この感覚は。
足を止め木々で隠れて見えないが空を見上げる。
何か嫌な予感がする。このまま森の奥に向かえば後悔するかもしれない。
……今日は街から一番近い場所で寝るとしよう。




