少女と二人
森の中を流れる川で数日分の身体の汚れを落とし、川の外に出て身体を振るわせて水滴を落とす。
ここ数日、シリウスの姿を見ていない。恐らく、【魔力操作】のスキルを入手するために練習でもしているのだろう。まぁ、その間に狩りができるけど。
「グルルル」
川岸に置いた猪の魔物の肉を食いながらのんびりと川を眺める。
この森の魔物の種類はそこまで多くない。だが、EからDにかけているため人間にとっては比較的安全に探索できるだろう。
それに、これもあるしな。
【召喚術】で戻した草を手に持つ。
パッと見はただの雑草にしか見えないが、これは薬草の一種だ。確か名前は……
【テュポ草:薬草の一種。
傷に擦り付ける事で止血効果がある。
ポーションの材料となる。
魔力の濃い土地に自生する。
かつて存在したドラゴン『テュポーン』の死骸より発生し昔は有毒だったが長い歳月が経過して薬草へと変わった】
そう、テュポ草だった。ていうか、この世界にはドラゴンが存在するんだ。まぁ、この草の群生している場所がこの森なのだ。街から最寄りの森ということもありランクの低い冒険者がやってくるのだ。
それにしても、『テュポーン』ねぇ……もし前世の知識通りならSランクの器に収まりきれる程ではないと思うのだが。
【情報開示:ランクについて】
うん?情報開示って……何かしらの条件を踏まないと見れない情報もあるのか。
【ランクについて:ランクは魔物の危険度や稀少度を示す指標。E、D、C、B、A、Sと続く。
-や+とつく場合、同ランク同種でも多少の差がある事を示す。
因みにだがランクは人間にとっての指標であり魔物界では大物殺しジャイアントキリングは頻繁に起きる。
また、一部進化にはSランクを越えた進化が存在する。SS、L、LLと続く。
これらの進化は『神域』と呼ばれる進化である。
『神域』に到達した者は『大罪』、『神龍』、『大聖霊』、『君主』を除いて存在しない】
……何かとんでもない情報が一気に出てきたな。
馬鹿馬鹿しいくらいに強い化物どもがこの世界にはいるのかよ。
うん……?『大罪』?それは確か伝達者が伝えた秘境の頂点の連中だよな。えっ、俺はそんな連中に目をつけられていたのかよ。敵対しなくて正解だった……。
【秘境:この世界に存在する普通の人が殆んど到達していない領域。
普通の生物は存在せず【悪魔種】【吸血種】【精霊種】以外の生物、植物は存在しない。
『千年大森林』『大山脈帝国』『樹海大陸』『退廃の国』『極点領域』『竜宮城』『不死山』『死の門』は『大罪』が統治する領域。
『キラウス火山』『ウラル山』『霊峰』『海底火山群』『地底火山』は『神龍』が統治する領域。
『火の森』『水の泉』『地の砂漠』『風の山』『光の神殿』『闇の月』は『聖霊』が統治する領域。
『夜都ラファエル』『夜都ウリエル』『夜都ガブリエル』『夜都ミカエル』は『大公』が治める領域】
マジの化物しか存在しない領域がこの世界には存在しているのかよ……。だが、何故こいつらは外に出ない。普通なら出てても可笑しくはないが……『大罪』の連中は俺と同じく無関心だから分かるが他の『神龍』や『聖霊』、『大公』に関しては情報量が少な過ぎる。
調べる必要があるか……。正直に言ってこっちから突つかなければ安心できるか。
「…………」
無言で森の方を見て確認した後、自分の影に潜る。
俺を見ていた奴がいた。殺意はなかったが敵意はあった。あった以上何事よりも潰すのが先決だ。
「えっ!?」
浮上すると同時に爪を突き立てようとする。だが、少女が誰だか気付き爪が触れるギリギリで止める。
少女――カーリーは驚いた表情で振り向くことなく弓を地面に落とす。
……カーリーだったか。だが、それならシリウスやテレスとかいう男がすぐ近くにいても可笑しくないが……その臭いがしない。つまりは一人。
『お前、今日は一人か』
「えっ!?ど、どこから……!?」
『後ろにいるだろ、たわけ。それでさっきの質問に答えろ』
「ひ、一人です。テレスくんは街の方の依頼をしてますしシリウスくんは宿で練習を……」
『そうか』
震える声音で説明するカーリーから爪を下ろし飛び退く。
カーリーは地面に落ちた弓を拾い矢をつがえこちらに矢先を向ける。
やはり、そうくるか。なら、こっちも……
「グルアッ!!」
背後からカーリーに向かって襲いかかってきたグレーウルフに向けて【風刃】を振り下ろす。
両断され地面に落ちた音で気づいたカーリーは耳を動かして音を集める。
だが、グレーウルフの方が速いか。仕方ない、ここは味方するとしよう。
二度、腕を振るい【風刃】を放つ。放たれた二つの風の刃は奥にいたグレーウルフを縦に両断する。
『気を付けろ、囲まれているぞ』
「分かってる……!」
襲いかかってくるグレーウルフに向けて矢を放ちながらカーリーは俺の後ろに立つ。
土の槍で五頭のグレーウルフの腹を串刺しにしながらカーリーの後ろに四足歩行から二足歩行に変える。
臭い的には一〇〇頭くらいか。俺一人なら大した事ないがカーリーがいると少し大変だ。
「不服だけど背中を頼めま」
『いや、そんな必要はない』
大変だが、この程度なら壊滅させることくらい造作でもない。
臭いで大雑把な位置を把握すると指先から糸を生み地面と接続する。
魔力を地面に流し目を見開く。
『【串刺し大公】』
新技の名と同時に魔法が発動する。土の杭がグレーウルフの頭を的確に串刺しにする。
生きている一〇〇頭のグレーウルフが一気に一〇頭に減る。何故一〇頭残したか?そんなの生態系のバランスを整えておくためだ。
「えっ……?」
『ふん……グレーウルフ程度が俺に勝てると思ったのだろうか』
グレーウルフが森の奥に去っていったのを確認した後魔力を操り杭を地面に戻す。
呆然と立ち尽くすカーリーの表情は読めない。こうもあっさりと群れを壊滅させたのだから仕方ないか。
だが、この新技……精密かつ効率的に攻撃しているせいで目に見える範囲か臭いがはっきりしていないと出来ない上、糸を地面に接続するという動作を加えないといけない。
【風刃】よりも扱いが難しい。少し訓練しておかなければならないか。
『さて、では俺はさっさと離れる。気を付けろよ、少女』
カーリーに背中を向けると森の奥に向かって歩き始める。
さて、やることがまた増えてしまった。
「あ、あの!」
カーリーが俺を呼び止める。
その声に答え俺は立ち止まり振り返る。
たく……弓も下ろしているが何の用だろうか。
「あの……少しお話しませんか?」
……はい?




