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宿屋での訓練 sideシリウス

「くそっ!!」


宿の中、僕は手の中に収束させていた魔力が霧散し、怒りのあまり床を殴り付けてしまう。


あの【テレパシー】で話しかけてきた熊と出会って五日が経過した。あの日から食事の時以外ずっと部屋に篭り【魔力操作】の感覚を覚えようと手と手の間に魔力で弾を作る練習をしていた。


魔力を上げるための基礎の基礎とも言える練習方法で最も過酷なものである。魔力のイメージがしっかりとしていなければ出来ない上、作った後は常に魔力を操らなければならないからだ。


地味な上にキツい。そのため、僕はあまりやってこなかった。その結果がこの様だ。あの熊が僕の事を嘲笑う理由がよく分かる。


簡素なベッドに横になり天井を見上げる。


あの熊は僕だけではどうしようもない程の怪物だ。少なくとも、手札の枚数が桁違い過ぎる。あれに勝つ可能性を上げるには【魔力操作】の入手が一番確率を上げれるのは事実だ。


事実だからこそ、それに気付けなかった僕は僕自身が恨めしい。エルフのように魔法のセンスがあればもっと簡単に入手出来たのだろうか。


「そんな事を考えている暇はない、か」


身体を起こし、掌の向きを合わせ目蓋を閉じ魔力を掌に集める。球体をイメージすると体内の魔力が動き手と手の間に球体が出来るのが分かる。


そこからは何も考えない。無心で魔力の流れを制御し暴れ馬のような魔力が掌で痛みが走っていく。それを感じるだけだ。


「シリウス君、いる?」

「ああ、いるよ。ミスカーリー」


扉の奥から話しかけられ意識が拡散し魔力の弾が霧散してしまう。


あぁ……!霧散してしまった。


霧散した魔力を残念そうに見つめていると扉が開けられラビットヒューマンの少女が入ってくる。


「シリウス君、体調悪いの?」

「大丈夫だよ、ミスカーリー。少し練習をしていたんだ」

「そっか~」


コロコロと笑いながら隣に座ってくるカーリーに少しドキドキしながら笑顔を作る。


笑顔は得意だ。あの家で僕は笑顔以外の顔を許されてなかった。自然と笑顔が染み付いてしまった。


「シリウス君、無理しちゃダメだよ?」

「分かってるよ、ミスカーリー」


笑顔で去っていくカーリーを見送るとベッドに腰かけ少し息を吐く。


カーリー……やっぱり気づいてたか。当たり前か、最初に僕の事を気づいてくれたのだってカーリーだったからな。


目蓋を閉じ、過去の記憶をリプレイする。


僕は生まれはアガート聖王国の平民だった。優しい母と一緒に貧乏だけど楽しく暮らしていた。けれど、七歳の誕生日、母は殺されてしまった。突然、前触れもなく誰かに身体をナイフで刺されてしまった。


路頭に迷った僕を助けてくれたのはティーゼル伯爵だった。何でも、ティーゼル伯爵の父親――先代ティーゼル伯爵が使用人だった母に手を出して出来たのが僕だったらしく、いざというときは引き取ってほしいと手紙を貰っていたらしい。


行く当てもなかった僕はティーゼル伯爵の子供になった。


けれど、彼の本当の息子たち、そして継母は僕を認めてくれなかった。


その日から僕は雑用と同じ様なスケジュールを組まされ、兄弟たちから暴力を受けるようになった。その結果、僕は作り笑顔が得意になってしまった。


そんな兄弟たちや継母を目にものを見せてやると思い学園に受験、合格することが出来た。


そこでの暮らしも基本的に一人で寂しくて大変だったけど、兄弟たちや継母の暴力の方よりまだマシだった。だから耐える事ができた。


『君、そろそろ授業が終わっちゃうよ?』


そんなある日、僕が突っ伏して眠っていたら隣の席に座っていた少女に肘で小突かれた。ニシシと笑う少女に少し呆れながら起きる。


『何、このくらい問題にはならないさ』


ぶっきらぼうに告げると再び机に突っ伏して眠り始める。


それが、彼女……カーリーとの最初の会話だった。


カーリーは明るい笑顔が印象的な少女だった。


自然と人の輪の中に入り、そこで明るく盛り上げる。


手先が器用で刺繍が得意でよく自分で縫った花の柄のついたハンカチを持っている。


ちょっとビビりでオバケの噂を聞けば耳を手で塞ぐ姿はちょっと可愛いと思ってしまった。


そんなカーリーの事が何時からか、よく目線で追ってしまうようになってしまった。……俗な言葉で言うのなら遅い初恋を抱いてしまったのだ。


そんなカーリーと一緒のパーティを組んでいるのは単にカーリーを守るためだ。


カーリーは生まれつき【肉欲増長】というスキルを保有していた。そのスキルは、あらゆる獣の本能を刺激する、というものだった。


これは、ある意味獣人たちにとっては致命的なものらしい。……あまり深くは考えないようにしているけど。


「……よし!」


回想を止め両手で頬を叩き掌に魔力を集め始める。


僕がカーリーたちのためにも強くならないといけない。そのためなら僕は何だってしてやる。


「シリウス!!」


練習を再開して約一時間が経過した頃、大きな音と共にテレスが扉を開けて中に入ってくる。


「どうしたんだ、ミスターテレス」


突然の事に魔力が霧散させてしまい不機嫌な声音でシリウスの方を見てしまう。


シリウスは確か、今は貧民街の人間に炊き出しの依頼をしていた筈だが、それをここまで早く切り上げるとなれば何かしらの理由があるのだろう。


……魔力の練習を妨害するだけの理由があるのだろう。


「国王様が……!国王様が……!」

「陛下がどうかなさったのか?」

「国王様が……崩御された……!!」


……え?


部屋の中で膝から崩れ落ちたテレスの言葉に愕然としてしまう。


陛下が……?そんな馬鹿な、あり得ない。


陛下の容態は陛下の医師を勤める我が父を経由してよく知っている。父の話だと陛下の身体は異常を来しているところは一切ないらしい。


事実、一ヶ月前の孫娘の誕生日パーティーの際にも出席し多くの参加者と交流していた。


そんな人が簡単に死ぬとは思えない。まさか……暗殺、か?


それ以外に考えられない。陛下は孫娘を溺愛している。それなのに、孫娘の結婚式を見ることなく死ぬなんてあり得ない。


となれば、陛下は暗殺されたと考えて良いだろう。……だが、一体誰が?陛下は現役を引退したとは言え、未だに団長たちと正面から戦える老兵だ。それに、警戒心も強く索敵能力は随一だ。


そんな陛下を暗殺するのは極めて難しい。


けれど、それを実現できそうな人を……一人だけ、知っている。陛下と同じ時代を生きたあの人なら陛下を暗殺する事が出来るかもしれない。


けど……それだけに不可解な点が多い気がする。それに、何か恐るべき存在が動いている気がする。ここでは話すことは止めておこう。


「……それはカーリーには?」

「いや、まだだ。帰ってきたら伝えるつもりだ」


まぁ、それが当然だよな。


部屋の中に置かれた荷物が入ったバッグを持ち中身を確認していく。カーリーが帰り次第聖王国に戻るためだ。


DランクからCランクに上げれるよう努力したつもりだったけど、まだまだか。でも、学園でもDランクは中々いないし新入生に対する威厳は少しくらい生まれただろう。


そういえば、つい先日登録したエルフの女性……確か名前はミストだったか……はCランク何だよな……種族の差は冷酷だよ、本当に。


……あれ?さっきカーリーが部屋に入って出たよな。でもテレスの話だとまだカーリーは帰って来てない?


荷物をしまっていた手が止まり、冷や汗が頬を伝い床に落ちていく。


「……まさか」


さっきのカーリーは、まさか幻だった?


あり得ない。普通に考えたらあり得ない。幻なら現実に干渉できる筈がない。だが、それ以外に考えれない。


それに気づいた瞬間、言葉にし難い悪寒に襲われる。


既に何かおぞましい何かおぞましい何かこの街に近づいている。一刻も早くこの街から出た方が良い。朝一番の馬車に乗って早く出た方が良い。



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