若き冒険者
「た、助け――」
剣を落とし這いつくばって逃げる男の顔面を踏みつけ、潰す。
【Lv.八六かLv.八七になりました】
現れた画面に表示されたレベルを確認して閉じ死体を放置して森の中を歩く。
森の中に潜伏して三日が経過した。
その間に何度も人間どもが襲いかかってきた。さっきものんびりと狩った鹿を食べていたら革鎧着たおっさんどもが襲って来やがった。
個体の能力は大したことなかったが如何せん連携は上手かった。だからつい本気で殺してしまった。
「グルルルルルル」
死体が引っ掛かった木々、こびりついた地面を抜け赤い液体のない草の上を歩いてく。
獣たちが襲ってこない。何時もなら臭いに誘われた獣たちが襲ってくる筈だが……まぁ、おおよその理由は分かるが。
「はあっ!」
背後の茂みから飛び出して出てきた少年の棍棒の打ち下ろしを振り返りながら左手の甲で受け流す。
得物を毎度壊されれば使うものも制限されるか。だが、不意打ちをするなら気配を隠した方が良い。具体的な方法は教えないが。慣れろ。
右手の爪で棍棒を切り裂き驚きながらバックステップで間合いから外れようとする青年は背後の俺の拳で凪払われる。
「がっ!?」
不意を突かれた青年はそのまま地面を難度もバウンドしながら何とか立ち上がる。
背後からの不意打ちには流石に対応できないか。
【幻術】と魔力の糸、【土属性魔法】の会わせ技。実態を持つゴーレム。指一本で自由に動かせるからかなり汎用性は高い。
名称は……そうだな、【土人形】と言ったところか。魔力の消費が激しいからそこまで多用するつもりはないが。
「はああっ!」
切り落とされた棍棒を投げつけてくる。叩き落とすと青年は懐に入り込んできている。
魔法……いや、この感じは【加速】か。この三日間の間に使ってこなかった。隠している理由はないし、三日間のうちに入手したか。
恐らく、俺と遭遇する前から練習してこの三日間の間に手に入れたのだろう。俺のような反則技もないから練習も大変だったろうな。
「シッ!!」
短い呼気と共に拳を突き出す。回避することなく拳を突き出し腹にカウンターを決める。
青年はカウンターをもろに食らい木に叩きつけられる。だが、それでも立ち上がり拳を構える。
む……固い。鉄板を仕込んでいたか。普通の革鎧かと思ってパワーの配分を間違えた。少しは考えてきたか。
「【ウィンドランス】!」
「グルアッ!?」
背後からの砲声を聞いた瞬間背中を【硬化】させる。そのコンマ数秒後背中に凄まじい衝撃が襲いかり空中に飛ばされる。
地面を泥に変え地面からくる衝撃を緩和させ起き上がるその場から飛び退く。その瞬間足下の泥に矢が刺さる。
風の魔法にタイミングの良い矢……俺に青年が殺られそうになることも折り込み済みか。三日間で何度も負け考え抜いてできた作戦。なるほど、今まで見せた手札を潰す作戦は悪くない。
「はあっ!!」
だが、手の内を見せきった訳ではない。
背後からの青年の拳を回避と同時に反転。肩を掴み頭突きを頭に打ち気絶させる。
腕は上げているようだが、まだまだ甘い。拳の速度も俺には遠く及ばない。やるのならもう少し肩を柔らかくした方が良い。
気絶した青年を地面に置いた瞬間目に向けて矢が飛来する。咄嗟に眼球を【硬化】させ防ぎ後ろに跳ぶ。
「【ウィンドショット】!」
右斜め前から飛んでくる風の弾丸が腕に被弾する。その勢いを腕を弾いて受け流し止まったところで口を開く。
口から【収束】させておいた風を【放出】させる。
風は地面を抉り木々をへし折りながら一直線に放たれ青年に直撃し岩に直撃、そのまま気絶する。
あの少女、カーリーの居場所は分かっているが……正直に言ってそのまま放置してても良いか。こいつらが足掻くのを見ているのも楽しいし。
「主人」
『ミストか』
カーリーが二人を担いで退散するのを見ていると背後からミストに話しかけられる。
お、ミストもローブの下に革鎧を着けてる。やはりカーリーたちと同じ職業に就いていたのか。
ミストが就いた職は『冒険者』。元は傭兵から派生した職業で今は魔物の討伐から薬草の採取と金さえ払えば何でもやってくれる何でも屋をやっている。
冒険者はギルドで管理され基本的にギルドが依頼の斡旋や換金を行っている。ギルドに所属するにはまず試験を受けて合格しなければならない。
ギルドでは『E』『D』『C』『B』『A』『S』とランクが決められそれに応じた依頼が斡旋される。最初のランクは試験の結果で決まる。
冒険者はその仕事の特性上危険を伴う。だが『B』や『A』になると下位の貴族よりも豪華な暮らしができる。そのため、一攫千金を狙う者たちが多い。
因みに、ミストのランクは『C』。俺と同じランクに所属しており期待の新人程度の実力らしい。
「ギルド、主人の噂で持ちきり」
『へぇ……どんな噂だ』
「曰く、『最寄りの森に住まう怪物』。曰く、『突如として出現した化物』。……主人、目立ちすぎ」
『むっ……』
ジト目で見上げてくるミストの視線を冷や汗と共に顔をそっぽに向いてしまう。
実を言うと、俺個人としてはそっちの方が良いと思っている。進化までするにはどうしても経験値が足りなくなってくる。俺に戦闘を仕掛けてくるのなら必要な経験値の入手も早くなるからな。
ミストは少しため息をついて頭を下げ無表情で立ち去る。
まあ、見られたら困るしな。俺がそこら辺の索敵は行っているが……。
「「「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」
そう思っていた時期が俺にもあった。
ミストが立ち去った方向から絶叫が聞こえ濃
密な血の臭いが漂ってくる。だが、ミストは無事なのは分かっている。
あー……所謂新人狩りか?美人で見た目弱そうで尚且つ腕も立つエルフ。奴隷商と繋がっている冒険者がいたら確実に狙うだろう。エルフはこの国での立場はかなり低いしな。
まぁ、そいつらではミストの攻撃は防げなかったようだ。ミストはあれでも索敵能力は高いしあいつはあの豚の護衛だったから魔物よりも人間の方が得意そうだしな。……今思い返してみればミストはあの豚のお気に入りのようだな。
だが……少しばかりミストが狙われている状況は少しばかり不快だ。少し動くとしよう。
『ミスト、一人残しておけ』
『了承。……主人、何か理由、保有?』
『まあな』
ミストと【テレパシー】で連絡すると血の香る方向に向けて歩き始める。
【他心通】はあくまで生物において発動できるものであって生物以外には発動できない。そのため、死体にされては困る。
血の香っていた場所は凄惨の一言だった。
木々の幹や根、葉に至るまで血や臓物が飛び散り地面の至る所で死体が転がっている。中には生きているのもいるが両足を切られていたりして動けるものではない。
まぁ、それはどうでもいい。最近はしょっちゅう作っているしな。
「主人、これを」
『おう、ありがとな』
返り血でローブを汚したミストに近づき、ミストは片手で首を締め上げていた男を俺の前に投げる。
ミストはそこまで腕力がなかった筈だが……まぁ良い。とりあえず調べておくか。




