事後処理
丘の上、助けた人たちの周りから少し離れた場所で【テレパシー】を発動する。
これは捕まっていた人たちへの配慮だ。流石に魔物が現れれば大パニックが必定だからな。
『……主人、ご無事でなにより』
『まあな、そっちも無傷で終えたようだな』
俺の呼びに出たミストと連絡を取り合い情報を確認しあう。
まず、『農場』から救出した人たちの総数は三〇〇人。そのうち子供は二三二人で母体は七八人。その多くは既に伝達者を名乗る男が安全な場所に退避させている。
次に『農場』の建物。これは伝達者が破壊した。何でもこちら側としてもあの建物はあってもなくてもどうでもいいらしく、破壊したのは見ていて不愉快だったから、らしい。
『合流は可能か?』
『可能。しかし、伝達者、未だあり』
『ああ、問題ない。それはすぐに解決するから』
ミストに伝えた瞬間、俺の足元に暗い穴が広がる。
一瞬の浮遊感と共に落下、すぐに明るい場所へと出ることになる。
「主人!?」
『タイミングばっちりだな、伝達者』
「そう言われて何よりです、熊――いいえ、エリラルさん」
突然現れた俺に駆け寄るミストに笑みを向け朗らかな笑みを浮かべる伝達者を睨み付ける。
もう少し他の方法があっただろ、全く……。だが、合流できたし不問としておくか。そして泣くな、ミスト。傷の方は殆んど塞がっているから。
それにしても、伝達者の野郎……俺の名前を知っているとなれば確実にステータスを閲覧できるスキルを保有している奴がいる。それが一番危険だ。
ステータスの閲覧は相手が持つカードを後ろから覗き見するような反則とも言える力だ。それを行使できる存在は……かなりの強敵だと言って良いだろう。
『……でだ、お前は何故ここまで協力的なんだ』
俺ら以外で誰もいない丘の上で伝達者に問いかける。
こいつと、こいつの裏にいる『皇帝』は少なくとも今は味方側に属しているだろう。何故、俺にそこまで肩入れするのか、気になるところだ。
「皇帝は貴方を同じ器へと変生させようとしています」
諦めたような憑き物が落ちた表情をする伝達者がそう答える。
変生……つまりは進化させて新しい種族へと変えるつもりか。
伝達者は話を続け――
「皇帝にとってこれは道楽のようなものです。美味しいご馳走を食べるために最高級の餌を与えているのと同じです」
……何とも不愉快な話だ。
あれも欲しい、これも欲しい――最良の結末を貪欲に、『強欲』なまでに手繰り寄せるその才腕と知能はキメラを越える化物としか言えない。
「ですが、皇帝は予想外の結末に大層興味を抱きました。皇帝より伝言ですが『これより不干渉とする』との事です」
不干渉……俺の旅路に関わるつもりはない、と言っているのか。こちらとしても不干渉の方が楽だし、俺の預かり知らぬところで歯車にされるのは不愉快極まりない。
「一つ聞きたい。この『農場』の襲撃は……お前らにとってメリットはあるのか?」
「まさか。そんなものありませんよ。『貴方に特定のスキルを入手させる』――そのために、そのためだけに『農場』を儀式の場としました」
……随分と話すな、今日は。『皇帝』からそういうオーダーが下っているとみて良いだろう。
「尤も、何をしなくても貴方はいずれ至ったでしょうけどね。貴方の本質上生き物が生き物らしく生きれない状況を貴方が許すとは思ってませんでしたしね」
『……そうか。それならさっさと帰れ』
「ええ、帰らせて貰いますよ」
俺が唸り声を上げて威嚇すると肩を透かした伝達者が黒い穴を空中に開ける。
あれがワープホールのような役割を持つスキル、若しくは魔法か。深く調べてみたいが……それは難しいだろうな。
『……去ったな』
その瞬間、辺りを包んでいた暗く重い雰囲気が解放される。ミストは少しよろめくが俺の腕を掴んで倒れないようにする。
俺は身体を支える柱じゃないが……たく、仕方ないな。
腕を引き上げてミストの身体を持ち上げるとミストは俺に抱きつき、すぐさま離れていく。
そして、何時もの無表情を少し赤らめて見上げてくる。可愛い。
「肯定。して主人。これより何処に?」
『帝都へ向かう。そのために一つ案を出すが、良いか?』
地面に座り込むと目の前にミストも座る。
パンツの類いを履いてないから見えてはいけないものが見えてしまってるが……気にしたら負けということで。
『帝都に入るには金がいる。俺一人なら問題ないがお前には金が必要となる。という訳で金を稼いで貰う。無論、身体を売る以外の方法でな』
「了承。主人、その間どうする?」
『適当な森の中で潜伏するさ』
あっさり了承したが……何か思い当たる節でもあるのだろうか。
だが、了承してくれたのならちょうど良い。こいつの生活力見る絶好の機会だしな。
『とりあえず、一番近くで大きな都市である『アルマティア』に向かう。そして、この時点から別行動をするぞ』
「了承。……主人、自分がピンチの時、助けてくれる?」
『当たり前だ。お前は俺の従者であり俺の契約者だからな』
俺の頭を撫でながら問いかけるミストに笑顔に見えるように答える。
ミストは俺にとって友と言える存在、そんな存在を無下にできる程俺は外道に落ちたつもりはない。
……それにしても、伝達者が言った言葉、『生き物が生き物らしく生きれない状況を貴方が許すとは思ってません』だったか。ある意味的を射ていてびっくりだ。
『生き足掻く』この旅において生き物が生き物らしく生きるという当たり前の事が前提条件となってくる。それを否定するというのは俺の旅を否定する事そのものだ。
もし、俺が伝達者よりも早く『農場』の事を知っていたら……確実に俺は怒り狂い、『農場』を壊滅させるために動いていただろう。『皇帝』どもの依頼が無くとも、だ。
ホント、俺はお人好し……何だろうな。
「……主人。主人の真名、エリラル?」
『そうだが……どうかしたのか?』
「何もなし。エリラル、即ち花の名。別名『精霊花』」
ミストが俺の上に飛び乗ったところでミストは少しばかり話す。
『精霊花』……ねぇ。【起源種】であり精霊種と尤も近い存在であるラスティアらしい、精霊に関わる花の名を【悪魔種】に与えるなんて何て皮肉だよ。周りが止めようとするのも頷ける。
「主人。主人は何者?」
『さあな。周りの評価に何て興味はない。俺はエリラルでしかない』
会話も終えたところだし、そろそろ歩きだし始めますか。




