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『それじゃあね、糞熊』
『おう、さっさとどっか行け糞樹木』
『あ?』
『あ?』
水浴びを終えたところで俺らとサクラは円満(?)に別れて別の方角を向いて歩き始める。
あの女と二度と会いたくないな。会ったら会ったでまた殺し合いをしそうになっちまう。
「オオオオオン?(服のほうはどうだ?)」
「服、生地、良い。サクラ、良い仕事する」
スペインのダンサーのような白いドレスを着るミストは無表情だがどこか嬉しそうな顔をして時おりクルクルと回っている。
このドレスの素材……あの女の木の繊維をほどいて縫ったものだよな。あの女、意外と服飾が得意なのだろうか。……まぁ、そこら辺はどうでも良いか。
さて、こっちもさっさと『農場』に行かないとな。……流石にそろそろ話すか。
『ミスト、聞こえるか?』
「……?主人の声、何故頭から?」
戸惑うように俺を見上げるミストに【テレパシー】で答える。
『【テレパシー】だ。入手経緯は置いておくが無害だ』
「了承。主人、何か要件?」
『俺は今『農場』を潰そうと思っている。……できたらだが『農場』のことを教えてくれないか?』
「……了承」
ミストは俺の上に股がると独白のように話し始める。
「『農場』、地獄。全てを管理、逃げ出す者、殺される。自分らの母体、鎖で拘束、常に腹が大きい。種族、エルフばかり。子、エルフの女ばかり」
……予想していた以上の地獄だな。よくもまあここまで人道や良心からかけはなれた事をできるものだ。
まぁ、それができるのも人間だからか。真に悪魔なのは人間、他者を悪魔扱いするのに自分が悪魔になっている、何て考えが回らないのは愚かとしかいえない。そんな糞みたいな生活をしなくて良かった。
ていうかエルフばかりということは種馬もエルフだろうか。……ないな、エルフは眉目秀麗な種族だし男の性欲を掻き立てるだろう。兵士のフラストレーションを解消できるしでメリットしかないから積極的に交尾させるだろう。
それでいてエルフの女の子ばかりということは何かしらの薬物でエルフの女の子しか産まれないように改造されている、とみて良いだろう。……外道だな。帝国というのはどうしようもない外道だ。少なくとも上層部は。
「……主人?」
『いや、何でもない。続けてくれ』
「了承。『農場』の周り、常に兵士、守っている。侵入、脱走、不可能に近い。ごく稀、怪物、来る」
『……怪物?』
それは聞いたことないな。少し聞いておこう。
「異形、腐ったような臭い、何人ものエルフ、交尾、壊れ、笑う。兵士の話、怪物、魔物の血、人間の血、混ぜ、作る」
……それって所謂キメラということか?前世でも不可能だったことがこの文明レベルが低いこの世界で……できるか。確か帝国は魔法と薬物に長けている訳だしどんなゲテモノ技術が生まれていても可笑しくない。
もしキメラと出会ったら……とりあえず戦うか。流石に何匹もいたらさっさと逃げるが『農場』潰しの最大の障害になるだろうしな。
「『農場』、出させられた人たち、二度、戻ってこない。時折、豪華な服を着た人、来る。スポンサー、出資者と言っていた。兵士、金貨、貰っている」
なるほどねぇ……予想していた以上に帝国は糞だな。俺からしたらどうでも良いが人間にとってはたまったもんじゃないだろ。
……そして真上からの嫌な視線。少しばかりミストを離れさせた方が良いか。
『ミスト、少し食事をとってきてくれないか?保存している食事をなるべく使いたくないからな』
「了承」
ミストに頼むとあっさりと了承したミストは俺から降りて森の奥の方に向かう。
体の良い言葉で離れさせたしこれでテーブルは作れたか。さっさと出てこいよ、伝達者。
「バレていましたか」
目の前の空間が歪みゴブリンの男……伝達者が白い手袋をつけながら現れる。
やはり、こいつだったか。そして見ていたのは『皇帝』と呼ばれる上位種か。……いや、見ていたのは『皇帝』じゃないな。あいつの視線ではない。
『それで、何のようだ【悪魔種】の伝達者』
ニンフの【悪魔種】、サクラとの交戦の際に自分、そしてサクラの魔力の感覚を覚えた。その中には共通して威圧的なものが含まれていた。
伝達者が放つ魔力もまたこの威圧的なものが含まれている。【虚ろ瞳】の視線と伝達者の視線の感覚も似ている。情報は少ないが伝達者が【悪魔種】であることは予想して良いだろう。
「……【悪魔種】との接触で気配の察知を身につけましたか。皇帝が目を掛けるのは必然だったようですね。あまりにも……勘に優れてる」
「はっ、それはどうも。……それで何のようだ。あくまで俺はお前らとは干渉するつもりはないぞ」
何せ、少なくともAランク以上の怪物とそれ以上の化物が相手なのだ、殺し合うのならもう少し進化を重ねなければ意味がない。
「私からは『農場』の破壊を手助けしてくれて助かります。今現在、皇帝たちの同族異種の配下が『農場』の破壊を行っておりますので保護した者たちは私たちが丁重に移住させます」
皇帝と同ランクの化物がこの世界に複数存在しているのかよ。……本当にとんでもない化物たちに目をつけられたな。
それにしても、移住先を既に確保しているとなればそれは良い。何せ、帝国は勿論、聖王国も彼らにとっては住み心地の良い場所とは言いがたい訳だからな。
「場所は大陸中央にある『退廃の国』。『色欲』の姫君の領地でありこの世界で最も権利が保証された国です」
『ほう。それじゃあ、この大陸の状況を教えてくれないか?』
「私が今回きた理由は大陸の国を教えるためです」
ちっ……どうやら『皇帝』は俺の要求を読んでいやがったか。どうにも掴み所のないやつだ。
「まず、大陸西部には東西にアガート聖王国とアルビニア帝国、その周りを囲む中小国で構成されてます。ここには『千年大森林』があります」
「俺らがいる場所も大陸西部ということか」
「はい。次に大陸中央、ここには真ん中を大きく走る大山脈に二分されております。大山脈は私たちの『皇帝』が統べる『大山脈帝国』、南には『退廃の国』、北には『極点領域』があります」
つまり、『皇帝』や伝達者は『大山脈帝国』から【虚ろ瞳】で監視していたのか。……馬鹿馬鹿しいくらいの魔力を持っていやがる。ガス欠にならないとなれば化物以外に形容することはできない。
「また、大陸東部にはマーメイドの女帝が統べる『竜宮城』があります。彼女、とても貴方の事を気に入っていましたよ」
げっ、それはそれで困るな。これ以上目をつけられるのは困る。
「その東、極東の島国には『不死山』、南の列島には『死の門』、南にある大陸は『樹海大陸』……とここが皇帝の同族異種たちが統べる領域です」
『ほぼ全世界にあるんだな』
「はい。人間どもの国もこの領域には手を出しません。怒らせればどうなるか、それは貴方になら分かる筈ですよ」
まあ……な。少なくともこいつ以上の化物と戦うなんて馬鹿のすることだ。
だが、これで移住先は安心できるな。
『だが、一つ聞きたい。……何故保護するような真似をする。俺らには人間の営みに関わる理由はない筈だぞ』
「人間の営みに何て関わりたくないですよ。一々相手するのも面倒ですし。ですが、皇帝やその同族異種たちはどうしようもないほどの快楽主義者ばかり何ですよ。面白そう、楽しそう、たったそれだけの理由があれば平然と人間の営みに関わります」
疲れたような表情で話す伝達者の言葉に納得する。
俺は見捨てておけないという感情もあるが根底にあるのは面白そう、楽しそうと言った感情だしな。
「それでいて庇護下の者には甘いですし出るも拒まず入るも拒みません。流石に『嫉妬』と『傲慢』が統べる領域は人間には酷な自然環境ですから人は殆んど住んでいませんが、他の領域には普通に人が住んでるんですよね」
『大山脈帝国』の人間の管理は殆んど私がやるので大変ですよ、と言いながら伝達者はため息をつく。
野蛮な連中を取り纏める人格者……確かにその気苦労は絶えないだろうな。上司と部下に板挟みにされてる中間管理職みたいだ。
だがまぁ……俺は領域を持つつもりはないな。生き足掻くための旅に終わりはないからな。
「それでは、私はこれで」
『ああ』
伝達者が別れを告げると虚空に消えて目の前には木々しか見えなくなる。
良い情報をありがとう。それにしても『嫉妬』と『傲慢』……ああ、大罪か。どんな運命の悪戯なんだろうな。
まぁ、俺は俺の赴くままに旅をする。なるべく関わらないようにしないとな。




