少女命名
朝となり、俺は少女と朝食を取る。
あの後からあのゴブリンに言われた情報の真偽を確かめるために【虚ろ瞳】を限界まで使用した。
結果、情報は事実でここより東……というよりも『アルマティア』を経由して東で、真っ直ぐ歩いておおよそ四日の範囲に『農場』と思われる場所がある事を証明できた。
だが、そのせいで今凄く眠い。支障が出る程ではないがうっつらうっつらしてしまう。
「主人、睡眠不足?」
「ガウ(まあな)」
少女は果実を咀嚼しながら俺の顔を無表情で見つめてくる。
そんなに見つめられても困るんだが……。まぁそこら辺は言わなくても良いか。
「オオン、オオオオオオン(そういえば、お前は名前をどう思う)」
「名前、必要。主人、命名、可否?」
やはり、名前は必要か。となれば何が良いかな……。良さげなものは幾つかあるが、これで良いだろうか?
「『オオオ』、オオンオオオオオン(『ミスト』、はどうだろうか)」
昨日こいつは【水属性魔法】で霧を作り上げていたことから思い付いたもので、安直すぎるし却下されると思うけど。
「了承。自分の名、ミスト」
あ、良いんだ。
少し表情を緩めてあっさりと少女……ミストは承諾した。
やれやれ……こいつ、自分の意志が薄いところがあるからな。俺の適当に考えたものをそのまま
「オオオオン、オオオオオオオオオオオオオン。オン?(そういえば、何故俺と初めて来たときに抵抗しなかった。何故だ?)」
気になっていたことをミストに尋ねるとあっさりと答える。
「自分、あの男、主人として、見れなかった」
奴隷のオークションで買い手に移る前に改造が施されるらしいが……ああ、【毒耐性】か?毒も薬も紙一重だし脳に対する薬物での改造が不十分だったのかもな。
それに気づかないって……あの豚、かなり無能だな。まぁステータスを見る方法は限られてるから仕方ないか。
「主人、強い。それに、優しい。精霊の刻印、心清らかな者にのみ与えられる。絵本、そう書いてあった」
つまり、ミストが俺と一緒に来ているのは強くて【精霊刻印】のスキルを保有しているから……なのか?
何というか……かなり不安定な関係だな。俺よりも強くて優しい存在がいればそいつに靡くということでもあるしな。
「それに。主人、絶対、敵対者しか殺さない。故に共に歩むことを決めた。主人の道、主人が決めた道、自分、それに従う」
なるほどねぇ……まぁ、こっちとしては裏切らなければ問題ないな。裏切られたら確実に怒り狂い大量虐殺すら平然と行ってしまうかもしれないが。
それに、ミストは俺に従うと言っていた。それなら俺が『農場』を潰すとなった時についてきてくれるだろう。
「オオオオン。ガアアアアアアアアア(分かった。それじゃあ出発するぞ)」
「了承」
ミストと共に洞穴を出るとミストが俺の上に股がりそのまま歩き出す。
流石に道を歩くのは人通りを考えて難しい。そのため草むらを抜けて『アルマティア』を迂回して行った方が効率が良い。
それにしても……良い天気だ。昨日までの曇天が嘘のようだ。一気に駆けて行きたいが……流石にミストが上に乗っているし落としたらだめだろう。
というか、地味にミストの方が防御力高いんだよな。どういうことだろうか。……まぁ、流石にこれは説明してくれないか。そこら辺は実際に実物を見たほうが分かりやすいか。
草原地帯から再び森の中に入ると臭いが一気に変わる。
この森を抜けて行くのが最適だが……いやはや、俺が最初にいた森よりも木々が太くて鬱蒼としている。国を跨ぐと植生も変わってくるのか?
【ビクトリアウッド:ビクトリア帝国にのみ植生されている木。
魔力の濃度が高い土壌を好み魔力の濃度が高い土地が大半のビクトリア帝国以外に原生しない。
材質は固く木工細工よりも建築素材、家具の素材として優れてる。
ビクトリア帝国の領土拡大に伴い多くの属国や占領地に植えられた。
結果、その土地の栄養分の多くが消耗してしまった】
へぇ……便利な素材なんだな。だが帝国、それを無理矢理広めたらいけないだろ。知らないとはいえ、被害を考えようぜ。
まぁ、この世界の文明も占領地や属国に厳しい対応をしていたしそこら辺の考慮なんて考えもしなかっただろうな。
【また、一定以上育った木々の中には魔物に変生するものもある】
おいおい……見事なまでにデメリットがあるじゃねぇか。そんなものを植えるなよ。
ていうか、帝国の正式名称はビクトリア帝国なんだ。大体の記憶で帝国、帝国ばかりで正式名称が分からなかったが……。
「【アクアショット】」
突然ミストが水の弾丸を前方の木の一つに射つ。
画面を見ながら歩いていた俺は突然の事に驚きながら警戒心を強める。
「グルルルルル(どうしたんだミスト)」
「……敵」
そういうと射たれたビクトリアウッドが縦に割れる。
ビクトリアウッドは説明的には木の中だとそれなりの硬度がある。それを割るとなれば……俺と同程度の攻撃力を保有しているのか。
「あらあら、よく私が分かったわね」
縦に割れた切れ目から声がしたと思った瞬間、割れ目から美しい女性が抜きでてくる。
明るい緑色の身体に同色の髪をショートボブで切り揃え、白目のところが黒く金色の瞳をしている。
人間の女性なら大事な部分を木の葉を薄く繋いだ布で隠し手は木のような枝をしておりその脚は細くしなやかな木にも見える。
人間……ではないな。それに、こいつは血の臭いがしない。それどころか植物の臭いとしか分からない。動物なのか……?
だが、一々相手にするのも面倒だ。さっさも通り抜けさせ貰おう。
「う~ん、乗り物の熊さんは気づいていなかったようだけど……うん、敵対したら確実に死にそうね」
虚空に向けて話している女の声をよそに俺らはさっさと森の中を歩く。
女が話している間に目を合わせ【幻視】で幻をかけた。暫くは解けないだろう。
「主人、あれ、放置。良い?」
「オオオオオン(一々相手どるのが面倒だ)」
今の俺らには目的がある以上時間の浪費は避けたい。それに、相手は恐らく俺よりも強い。ミストを生かせるかどうかも怪しい以上攻撃するのは避けたいところだ。
「ッ!!主人!!」
「オン!(分かってる!)」
突然後方から向けられた殺意を察知した瞬間俺とミストはそれぞれに左右に飛び退く。
その瞬間後方から風の槍が木々をへし折りながら一直線に通りすぎる。
「ちょっと!?いきなり酷いじゃない!!」
「グルルル。グルルルルルルル」
前言撤回。こいつはここで潰す。
頬を膨らませて近づいてくる女を睨み付けながら立ち上がり拳を構える。
ミストも同じ考えに至ったらしく立ち上がると同時に右手を構え鋭い目付きで女を睨み付ける。
「えっ……まってまって!私は敵対するつもりはないわよ!?」
「グルル」
「黙れ、と主人、言っている。自分、主人の手であり足。故に従う。……そもそも、攻撃、不要。悪手、だった」
そういうわけだ、ここで潰れる。
地面を蹴り一気に女に肉薄する。拳の間合いに入った瞬間右のストレートを打ち出す。
それを回避した女の掌底を【硬化】させた胸で受け止め左のアッパーを顎に向けて放つ。
ギリギリのけ反り後ろにブリッジするように俺の顎を蹴りあげる。
蹴りあげられた痛みを歯を食い縛って耐え不完全な形の蹴りを女の腹に突き刺す。
「ぐっ……!中々やるわね……!」
「主人、魔法の処理、少し引き受ける」
「グルルル(頼んだ)」
蹴られたところをを擦りながら魔力の糸を指先から垂らす女を睨み付けながら俺も糸を垂らす。
ステータスとしては俺よりも素早い。魔力も多い。だが攻撃力と防御力が少し難がある。そんな気がする。
そこを突いていくしかない、か。中々に難しいが今の俺は一人じゃない。何とかなる……筈だ。