閑話 薬師の家 sideタリス
「ふむ、やはり気づかれてしまうわね」
私は自室の椅子に腰掛けながら左目を開けて呟く。
何度か【虚ろ瞳】で偵察しているのだけど……全て気づかれてしまうのよね。察知能力が高い上に勘も鋭いのかしら。私としては監視しにくて仕方ないわ。
でも……それでこそ【逸脱種】なのよね。逸脱、それは普通の常識が通じないということ。即ち運命の鎖に縛られない存在。
だからこそ私たちの領域にまで至れるのだけどね。
「ふふ……それもそれで楽しみね」
恍惚に頬を熱しながら薬草の整備を行う。
それなりの量があるわね……数日前に森を突き抜けてきた三〇人程のエルフは保護したお陰で薬草の採取や農業の方も上手く回っているからかしら。
まぁ、そのエルフたちもあの熊さんがこちらに送ってきた人たちだけど。元同族のよしみで手助けしちゃう辺り私も甘いわね。
他の人達なら……うん、普通に助けるわね。敵対しなければ彼らも非道を行わないし。
っと……もうラスティアが帰って来たか。『儂』も仮面を着けるとしようか。
「タリス様、薬草の採取の行って来ました」
「そこに置いておいてくれ」
儂の部屋に薬草の入ったバスケットを持ってきたロストエルフの少女、ラスティアに指示を飛ばす。
久々にロストエルフを見たからつい儂が面倒を見ることになってしまったが……いやはや、箱入りのお嬢様とは思えん働きっぷりで助かる。アリスには薬師の才があるがラスティアには自然に愛される才を持っておる。
「ふむ……どうだったかの」
「自然の魔力が心地よかったです」
「なら良かったのう」
再び家の外にロストエルフの少女が出るのを確認したあと『私』は仮面を取る。
ふう……あの子も眷属化出来なかったのよねぇ。まぁ【起源種】自体がそういった特性に強い耐性を持ってるから殆んど眷属化何て出来ないことは分かりきっていたけどね。
さて……それじゃあ私も私で仕事をさせてもらいましょうか。
『眷属A=Ⅱ』
『お呼びでしょうか、マスター』
【テレパシー】を利用して眷属とコンタクトをとるとすぐに応答がある。
眷属は私の命令には従うしその五感は全て私に制御されている。自由はないけどそもそもそんな事を気にすることもない。
私の駒は第五師団の大半。やろうと思えばこの国の情勢の深いところですら簡単に知ることができるから便利なのよね。
まぁ、そのようにするために私が作った師団なのだけどね。
『そちらの状況はどうなっているかしら』
『王が自分の愛娘が学園に通うことになってマスターとコンタクトをとろうとしております』
『王が?』
王は過去の失敗から眷属にはしてないけど……まさか王が私に直接コンタクトを取りにくるとは意外だ。
おおよその内容は私が保護しているラスティアとアリスを王女の従者、または平民の友人として学園に同行させたいとかそんな感じでしょうね。
私としてはそれは少し不愉快ね。王の思惑で動くなんて死んでもゴメンよ。私が私になったのも忌々しい王族のせいだもの、不愉快でしかない。
でも……感情を抜きにすればそれもそれで面白そうね。
予想外の事が積み重なるとどうなるか、それはあの熊さんとは違った意味で面白そうだわ。
『王には接触しなくて良いわ』
『畏まりました』
『それじゃあ、愛の快楽を三日間貪って良いわよ』
『ありがたき幸せ……!』
そういって【テレパシー】の通信が切れたため椅子に腰掛ける。
愛の快楽というのは言うなれば娼婦の真似事の事ね。私は純粋な快楽も好きだけど退廃的な快楽の方がもっと好きだからそれを眷属たちにもさせている。
本人の人格からしたらそれはあり得ないこと。故に抵抗を試みられることはよくあるけど私の『魅了』を一度でも受け入れてしまった時点で私の支配から逃れられない。
まぁ何度かそこら辺のスラムの男に汚させればあっさりと人の精神は壊れて快楽を受け入れてしまうけどね。
「……相変わらず趣味が悪いですね、タリス様」
「あら、盗み聞きとは感心しないわよ。テリト」
私の背後に立つ燕尾服を着た美丈夫のゴブリンに話しかけるとゴブリンは前に立つ。
テリト。ゴブリンでありながら空間魔法の名手。ゴブリンにおいて数少ないSランクに至った傑物。
性格は堅物そのもので他のゴブリンたちのように人を汚す事を好んだり略奪を好んだりと野蛮ではない。その魔法の腕も合間ってメッセンジャーのような役割も担っている。
テリトが来たということは……ふうん、向こうから伝言でもあるのかしら。
「他のゴブリンたちも似たようなものでしょ?
「私としてはその制度は反対なのですがね……。それと、皇帝より伝言です」
「何かしら」
「『面白そうな熊がいる。少し手を出すから手を出すな』と……」
「……へぇ」
テリトからのメッセージを受け取った瞬間机は床に沈み瓶は宙を浮き建物が軋み出す。
私が最初に見つけた面白そうな熊さんを横から掠め取られるのは少し気にくわないわね。殴りにいきましょうか。
でも……そうね、あいつは試練を与える事が大好きな奴だから越えれない試練は与えないでしょう。ここは静観しておいた方が面白そうね。
「まぁ良いわ」
「……凄まじい魔力ですね。思わずたじろいでしまいました」
「あら。あんなの表層に少し漏れた程度でしかないわよ?」
「……では、私はこれで」
虚空に空いた穴に吸い込まれるように消えたテリトを見届ける。
何か言いたげだったけど……まぁ別に良いわ。面白い玩具が手に入ったもの。
テリトが消えたところで椅子から降りて床に落ちた瓶を元の棚に戻す。
あの熊さんも面白そうな拾い物をしていたし試練もそれ相応のものになるわね。あの子は、あの小娘の子だし手懐けれればかなりの手駒になるわね。
「タリス様、今帰りました」
「ふむ、戻ってきたか」
再び仮面を被り儂は幾つかの道具を取り出す。
儂は生憎と【魔法薬調合】のスキルを持っとらん。普通の【魔法調合】は持っておるがあれは『二つの魔法の属性を混ぜ合わせる』ことであって魔法薬に特化しいおる訳ではない。
故に教えれる事は少ないが……なるべく教えれるものは教えようかの。
「アリス、お主は学園に通いたいか?」
「学園……?ですが、あそこは私のような人間が行くことなんて不可能に近いですよ?でももし叶うのなら……はい、行ってみたいです」
「ふむ……まぁ良いだろ」
少し照れくさそうにするアリスに「さっさと行くぞ」と近くの杖で小突いて奥の部屋に向かう。
本人の意思として行くのは吝かではないか……。まぁ学園は上に昇るための登竜門であり多くの著名人があそこからの卒業生。アリスが憧れるのも無理はない。
だが、あそこは伏魔殿。貴族社会の縮図のような場所。純粋無垢なラスティアは邪な欲望を気づけないだろうしアリスは奴隷の生活で無自覚ながら害意への察知能力が高すぎる。
仕方ないか……『私』も少し手を出させて貰おうかしら。
『眷属A=Ⅱ』
『はい、何でしょうか』
【テレパシー】で再び眷属と繋ぐと興奮した声音で応答してくる。
うん……?この甘い雰囲気、盛っているわね。お早いことね。後でその記憶を追体験しましょうか。
まぁ、それは置いといて……
『第五師団は学園の方の人事に干渉出来るから隙を見計らって少し人事を弄ってきなさい」
『畏まりました。その内容は』
『――――というものよ。やれるわよね?』
『はい、分かりました。それでは』
【テレパシー】を切ると私はアリスに隠れて少しほくそ笑む。
今年は面白い事が多くて助かるわ。熊さんもあの子たちも見ていて楽しいわ。




