村人治癒
「オオ……」
曇天から雨粒が額に落ち、低く鳴く。
すぐに本降りとなり村の家屋に立ち上っていた火の勢いが少しずつ弱くなっていく。
地面に目を向ければ身体を徹底的に破壊された兵士達の死体が転がっている。
ふん……下らない。数があったとしても個の能力はそこまで高くなかった。鎧もよく見ればそこまで厚いものではなかった。実用性の低い見た目だけの装備でしかない。
……まぁ、そこら辺はこいつから聞き出せば良いか。
「あ……が……」
地面に転がり呻く男の前で四足歩行に戻る。
男の四肢は曲がってはいけない方向に曲げられ動けないようにしておいた。
この男は兵士達の指揮をとっていた隊長格だ、他の一兵卒よりは情報も多いだろう。
「グルル……」
低く唸ると同時に【他心通】を発動させる。
その瞬間、虚空に画面が写し出され映像が上映される。
『アルマ中隊長。貴殿にはアルメロ村を襲撃してもらいたい』
『浄化作戦ですね、分かりました』
豪華な部屋のひじ掛けのある椅子に座る男がこの男に命令を下している映像が映し出される。
【他心通】が見せる映像はある程度は俺の意思によって決まる。今回の場合はこの惨状を生み出した元凶を見せてくれている。
いざとなればこいつの産まれてすぐの状態から見ることも出きるし追体験も可能だが……映像くらいで充分だ。
『浄化作戦の全容は知っているな』
『はっ、我が帝国に住まう亜人を用いた戦闘訓練でございます』
『その通りだ。亜人なんぞ、農場でいくらでも増やせる。我が国の発展のためにその命を使われるのだ、死んで光栄だろう』
『その通りでございますシュレーダー将軍』
『くくっ……そうだ、部下に伝えておけ。楽しめそうな亜人は捕獲し奴隷として組み換える、と』
『畏まりました』
不愉快極まりない。いや、それ以上に胸糞悪い。
映像を終了させ他の使えそうな記録ごと【記憶保存】で保持させる。そして生かす価値のなくなった男の頭を踏み潰す。
……不快な映像だった。必要な情報でなければ保存したくないほどに。
だが、気になる点もある。
今回の惨劇はこの国では定期的に起こっているということが分かった。だが、定期的に虐殺が行われるのならそれだけ頭数が必要になってくる。その頭数はどこから入手している。それをシュレーダー将軍という人物は『農場』と呼ばれる入手先から手に入れているようだが……それはどこに存在している。
【農場:帝国内における奴隷生産場。
幾つもの種族の身体を固定させ種馬を使って盛る。
複数の薬を投薬することで五ヶ月で出産。
種族ごとに区分されたエリアで育てられ食糧、教育を徹底的に管理されて育てられる。
定期的に複数の薬物を注射し成長と共に肉体を改造し肉体が一定のところでオークションに出品される。
そこで作られた奴隷は主に従順かつ肉体の品質も良い。そのため他国で高値で取引される。
帝国本国に五つ、属国や占領国に二〇存在する】
……ステータス以外のところまでこの説明が見えるようになってきたな。進化していくと同時にスキルも進化しているのでは?
【転生者:異界で死に、この世界に新たな生を得た者の証。
スキルの取得に補正がかかる。
ステータス画面を視認できる。
植物の説明が可能。
文章の説明が可能】
あ、やっぱりそうなんだ。スキルの中には進化すると新しい特性が追加されるやつも存在するのか。
だが……今回はこれのお陰でこの帝国に対する理解を深めれた。予想していた以上に腐っていやがるな、この国は。
だがまぁ……俺はこの国をどうこうするつもりはないしできない。ラスティアの願いは叶えるつもりだが、俺が出来るのはそこまでだしな。この問題をどうにかできるのは人間どもがするしかない。
「グルル……」
さて、こっちはこっちで処理を行わないといけないな。
焼け落ちた家屋をどかし死体を慎重に動かして一つずつ埋葬していく。
俺にはそこまで面倒を見る必要性はないが……ここでそのまま放置するのは流石に夢見が悪い。
「グル?」
「ひっ……!」
死体を埋葬していると視線を感じとりそちらを振り向くと先程の少女が怖がりながら焼け落ちた家屋の陰から顔を覗かせていた。
首をかしげながら少女の方に向かう。
俺は熊であり魔物。怖がられるのは馴れているが……あの表情は助けを求めているような表情が混ざっている。
仕方ない、か……。
「グルル」
恐怖で足をすくませている少女の隣を素通りしてその後ろを見る。
後ろには身体の右側に酷い火傷を負った半死半生のネコの獣人の少女が湿った地面に横たわっていた。
息はある……だが、治癒魔法が使えなくて傷を治せずに死に向かっていると言ったところか。この火傷だと適切な処置をしなければ死んでしまうか。
だが、俺は自分の治癒はできるが他者の治癒は出来ない。そういったスキルを持っていない……いや、そんな事はどうだって良いか。
恐怖だとかもしもの可能性なんて二の次で良い。今必要なのはこの少女を助けるのが最優先だ。
少女の火傷に手を当て体内に魔力の糸を慎重に接続させていく。
このやり方が正しいか分からないが俺にはこうするしか出来そうな技術は保有していない。大きな賭けになるがやる価値はある。
皮膚の殆んどの細胞は熱で壊死してしまっているし呼吸器にも煙でダメージが入っている。だが、まだ生きている細胞もある。それを魔力で活性化させて治癒力を引きずり出して……。
俺が治癒力を引き出し始めて数分、少女の呼吸は少しずつだが正常に戻っていく。
よし、これなら命の危機からは抜け出すことができるだろう。
【アクティブスキル:治癒魔法を入手しました】
お、【治癒魔法】が入手できた。火傷の痕は残ってしまうが……この際、贅沢は言えないしな。
「……オン?」
治癒を終えたところで再び視線を感じとり周りを見回してみると焼け落ちた家屋の陰から様々な獣人がこちらを覗いていた。
敵意はないから別に構わないが……敵意が混ざった視線があまりにも少なすぎる。俺がこの少女を助けていたのを見たから……なのだろうか。
それにしても、村人の全員が獣人……なるほど、ヒューマン至上主義の帝国が敵視する訳だ。
それにしても、見た目の年齢が全員若い。下で四歳、高くて二〇歳程度か?老人や幼児が全くいないことが違和感でしかない。
これは『農場』から連れてこられた弊害と考えて良さそうだな。
さて、俺はこの場から離れるか。彼ら彼女らがどうするか何て俺が関わって良いものではないしな。
……だが、それはもう少し後で良いかもしれないな。
「オオ……」
地面に踞っている少年の傷を【治癒魔法】で癒し、その隣で苦しそうに息をする少女の火傷を治す。
俺の近くに駆け寄った少年が抱えるまだ幼い少年の火傷を癒しそのついでに少年の傷も治す。
とりあえず、この村で傷ついた連中の傷は癒しておかないといけない。救える命はなるべく多い方が良いだろうしな。
「グルルルル……」
全員の施術を終えた俺を物悲しげに見つめる少女を少し見つめた後この村から出て道を歩く。
村が見えなくなったところで立ち止まり、曇天を見上げ
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
心の中の怒りを天に向けて大きく鳴く。
正直に言おう。俺はこの底無しの闇が気にくわない。だが、悲劇を許さない、あいつらが可哀想……そんな偽善を言うつもりはない。
悪とは『自分のエゴのためだけに力を振るう者』を示し、善とは『他者のために怒り他者のために力を使える者』を示す。
つまり、俺と帝国は規模や質は違えどその本質は悪だ。帝国をどうこう言う権利は同じ穴の狢である俺にはない。
なら、俺はこの悲劇による被害を抑えるしかない。ちょうど良いスキルと記憶を入手したのだ、どうにか出来るものはどうにかしないといけない。
それが悪でしかない俺にできるせめてもの手助けなのだから。




