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閑話 団長たちへの情報提供 Sideタリス

カツンカツンと足音が鳴り響く。


久々に、ここに来たものだ。十年だったか。如何せんこの重厚な造りは見ていて飽きがこない。


「どうぞ、こちらです」

「うむ、ありがとな」


儂を連れてきた女騎士に礼をすると大きな扉を開けて中に入る。


中は質素で調度品も少ないが繊細なところで贅を尽くしている。『民草を守れる者』を至上とする騎士たちの本心とよく合っている。


中央に置かれた円形のテーブルを前に座ると置くから一二人の者共がやってくる。


ほう……懐かしい顔ぶれもおるようだな。


「隠居の身で呼び出してすみません……」

「問題ない。儂とてこれについてはお主らに話しておかなければならないものだったからな」


隣に座ったおどおどとした雰囲気のラビットヒューマンの少女が申し訳なさそうに話す。


全く……ハルニカは昔からおどおどとし過ぎだ。第七師団……治療に長けた師団の団長に就任したのならもう少ししゃっきりとした方が良いだろうに。


「師匠、会議が終わったら手合わせお願いします」

「ふむ……時間が余ったらな、小童」


隣に座った若い騎士の誘いを承諾すると嬉しそうに笑顔になる。


にしても、年月が経つのは早いものだ。ガキの頃は魔法のまの字も知らんかったトリスが今では第二師団……対人戦のエキスパートとなるとはな。


未来とは、どうなるか分からんものだ。


「ウホン!それでは、緊急の会議を始める」


儂の反対の席に座っている恰幅の良い壮年の男が咳払いすると会議室の中が一気に静寂に包まれる。


サジャスのやつ……第一師団の団長に就任したか。多くの先人たちが辞めたり殺されたりした中で王国最大の戦力を抱えるほどになるとは、どれ程の修羅場をくぐり抜けてきたことだか。


「まず、会議の趣旨からだ。タリス元第五師団団長より説明がある」

「タリスで良い。儂は今は国境近くの村の村長でしかない」

「すみません、タリスさん。つい癖で……」

「分かっておる。それじゃあ、説明するとしよう」


儂は立ち上がると全員の視線がこちらを向いているのを確認し口を開ける。


「四日前、儂の依頼を受けた第八師団の一大隊がとある魔物の手で全滅した。その中には、マルス団長、ダリア副団長も含まれておる」

「なっ!?」

「冗談でしょ……!?」

「マジかよ……」


淡々と告げる儂の言葉に会議室は騒然となる。

若い団長も、儂と共に戦った団長も、みな一様に驚く。


マルスは他の者たちの手紙にも書いてあったが若いながらも成長株の一つだった。それをあっさりと殺られたのだ、仕方ないことだろう。


「それは……本当か」

「儂は嘘はつかん」


そう言うとサジャスは組んだ手を力強く握りしめる。


サジャスはマルスの事を高く評価しておった。自分が引退するときはマルスに第一師団を頼もうとしておったほどに。


それが殺られたのだ、それなりに堪えるだろうさ。


「……マルスは誰に殺られたのですか?」


サジャスの隣に座る聖職者の格好をする妙齢の女が静かに怒りながら問いかける。


第四師団、【悪魔種】や【精霊種】、【魔女】の相手をする師団の団長はメリーか。そういえば、メリーは昔からマルスと仲が良かった。表には全く出しておらんかったが。


人形のような無表情だが心の底から怒っている事が分かる。


「恐らく、討伐対象だろう。その上、【悪魔種】に至っておるだろう」

「……何故そう言い切れるのですか?」


「兵士どもの死因は他の兵士の手で切り殺されたり射殺されたものばかりで、直接殺したのは一〇数名程度しかおらんかった。兵士どもが争った跡もあった。これは【幻術】でしかあり得ん話だ」

「……分かりました」


メリーは持っている十字の杖を力強く握りしめながら目蓋を閉じる。


その後も幾つもの質問が投げかれられ、落ち着いたところでサジャスが手を叩く。


「今すぐに討伐隊を編成する。何としてでも敵討ちを達成しなければならな」

「提言しておこう。それは止めておけ」


サジャスの発案を真っ向から否定する。


その瞬間、全員が儂を睨み付けてくる。


「……どういうことだ、タリス。お前は己の弟子の敵を取りに行くつもりはないのか」

「違う。あれと戦えばかなりの犠牲が求められる。……最悪、師団が複数潰れるぞ」

「なっ……!?」


儂の発言にサジャスは表情を凍りつかせる。


「あれは既に『怠惰』に匹敵する危険度を持つ。……儂と共にあれを討伐したお主なら分かる筈だ、人の知恵を持つ【悪魔】がどれ程の化け物であるかを」

「…………!!」


サジャスはかつての記憶を追憶しているかのように顔を青く染める。そして、あの地獄を見た者たちは全員が息を飲む。


「あの~……『怠惰』とは何でしょうか?」

「サジャスの旦那やグレミーの姉さんがあそこまで驚くんだ、一体そいつなんだ?」


まだ若いハルニカとトリスが儂に質問してくる。

そうか……こやつらはまだ若い。あの地獄を見たり経験した事がなかったのだったな。


「『怠惰』とはとある魔物に付けられた名だ。十年前、当時の全師団が持てる力全てを使い討伐した」

「全師団が!?」


各師団には仲の良い師団があれば仲の悪い師団もある。そのため、師団全てが協力することは戦争時以外あり得ない。


たった一頭の魔物に全師団が総力を結集して戦う、それだけおぞましいものだったのだ。


「それって……ドラゴンのような強い魔物なのか?」

「……蝸牛」

「へ……?か、蝸牛?」

「うむ。蝸牛の魔物だった」


トリスは困惑していたがそのまま続ける。


まさかトリスも、魔物としては最下層に位置付けられる蝸牛だとは思っていなかったのだろう。


「全長は八メートルの巨大な蝸牛でな、全身に幾つもの紋様が刻まれておった」

「いや、それでも蝸牛は……」

「事実は事実だ。その証拠に『濡羽の島』があるだろう」

「あ?……あそこか」

「あそこですか……」


トリスよりもハルニカの方が心当たりがあるだろう。何せ、最寄りの都市に第七師団の駐屯地があるからな。


「穢れた魔力と猛毒の『濡羽の島』。あそこで住まう生物は何一つとしておらず、その近くの海域にはAランクの魔物が平然と暮らし船も近づけない……でしたっけ」

「うむ。そうだ。そして、それを生み出したのが……『怠惰』の死骸だ」

「えっ……?」


その言葉に二人は絶句し顔を白くする。


『怠惰』は毒を操る【悪魔種】にして水の【精霊種】、水の【精霊種】にして再生の【吸血種】というおぞましき魔物だった。


水を変幻自在に操り、傷つければ濃密な毒が撒き散らされすぐに治る。儂らがあれを殺せたのは運が良かったとしか言えない。


「死骸だけで辺りの自然環境を平然と歪める、それでいて人間並みの知恵を持つ……普通の魔物じゃない……!」

「うむ。その通りだ」


事実、あの地獄で生き残ったの団長は四名程度しかおらず、その中の一名は後遺症で死んだ。多くの兵士も騎士も、圧倒的な力に蹂躙されて死んでいった。


団長たちがまだ若いのは『怠惰』によって団長の多くが死んだ事に所以する。


だが、当時を知る儂らにはまだ開示していない秘密がある。


「そして、これほどの厄災を引き起こす者は……種は別だがまだ複数体生きている」

「「「なっ!?」」」


儂が開示した情報に若い団長たちは驚きのあまり目を見開く。


そしてそれを前から知っている者たちは目を細めて顔をしかめる。


そうしかめるな、サジャス。いずれ来る災厄には備えれる程度なら問題ない筈だ。


「北の海にはペンギンにして海の支配者『傲慢』、帝国の西側にある大森林には狼の長『憤怒』、大陸の東の大海にはマーメイドの女帝『嫉妬』、大陸中央の大山脈にはゴブリンの王『強欲』、南の大陸の未開の巨大樹海には栗鼠の捕食者『暴食』、どこにでもいてどこにもいないサキュバスの姫『色欲』、この六体の魔物は『怠惰』に比類するほどの力を持っておる」

「まだ六体もいるのかよ……!?」

「一体でもこの国の全戦力を注ぎ込まなくては勝てなかったのに……!?」


愕然とする若い団長たちを見て儂は複雑な気分となる。


まだ開示していないが、この六体以外にももう二体ほど『怠惰』に匹敵する魔物を……儂は知っておる。


極東において神として崇められる不死鳥の巫女『憂鬱』。


南方の島々において生と死を操る呪詛の魔王『虚飾』。


この八体の魔物はこちらから危害を加えたりテリトリーに入らなければ人前に現れることすらない。ならば知らなくても良い。


「それに、今は魔物に構っている暇ではないだろう。帝国の動向も気になる」

「ああ……すまない、感情に流されてしまっていた」

「別に良い。さて、そろそろ儂は退出しようかの」

「情報提供ありがとう。後日、マルスたちの国葬が開かれる。参加するか?」

「無論だ」


席を立ち扉を開けて会議室から退出し警護していた女騎士に近づく。


さて……これで情報を開示できたかの。あの熊は帝国の領地に向かっておるだろう。


何せ、儂が。いいえ、『私』が見ていたのだから。


「どうかなされました」

「失礼するわ」


女騎士の腕を引っ張り顔を近づけさせるとその唇を奪う。


その瞬間、女騎士は蕩けるような顔をしたと思えばすぐに床に崩れおちる。


ふぅ……ご馳走さま。いい精気だったわ。第五師団を魔法に長けている師団にして女性団員を多くして良かったわ。いっぱい栄養を取れるもの。


「なっ!?」

「案外、気づかれないものね」


邪魔をしないで貰えるかしら。


状況に気付いた兵士たちが私に剣を向けた瞬間自分の剣を自分の喉に刺す。


兵士たちは耳障りな声すら出さないで息絶え私は静かに歩き始める。


「起きなさい、私の眷属」


私が軽く命令すると女騎士は立ち上がり虚ろな瞳で私の前にたち歩き始める。


あの子やあの熊さんは何故か眷属に出来なかったけど、やっぱり普通なら眷属にできるのよねぇ……。まあ、別に良いわ。そういったイレギュラーも面白いし。


魔法で兵士たちを外側から見れなくさせると背後の会議室の扉を少し振り向いて見て、呟く。


「伝わってないとは思うけど少しは状況を整えさせて貰ったわ」


さあ、熊さん。貴方は領域に上がってこれるかしら。



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