霧渦巻く森の惨劇 sideマルス
「ここがその森か」
私は森と村との境界線で馬を停めて降りる。
森林での魔物討伐というのはいつぶりだろうか。最近は事務作業ばかりでろくに討伐に関わる事が出来んかった。
今回の獲物はヤングメタルベアーと比較的弱い魔物だが、地の利は向こうにある。警戒は越したことには代わりない。
よし、入ろう。
森の中に足を進める。
「ぬっ?」
その瞬間、真上から見下ろされるような異質な気配を感じ取る。
誰かに見られておるのか?だが、このような魔法を使そうな者はあの村にはお師匠ぐらいしかおらんが……だが、お師匠はそういった魔法を毛嫌いしておった筈だ……。
疑惑を拭うと森の中を歩く。
ヤングスネークやヤングボアを剣の一振りで切り落としながら森の深部との境界である木の杭を通り、中に入る。
ふむ……そこまで強い魔物はおらんな。これでは肩慣らしにもならん。だが、村人にとっては恵みとなるだろう。
剣術や槍術、弓術といったスキルがなくともEランク程度の魔物なら倒せるし、あればDランクぐらいなら倒せる。ヤングスネークもヤングボアもDランク帯。村人にとっては収入源となるだろう。
そういえば、あの村は麦酒で有名だった筈だ。狩りが終わったら買って大宴会をしよう。
……それにしても、この森に入ってから感じているこの視線はどこから来ている。いい加減不愉快になってきた。
「……む?」
Dランク、時折現れるCランクの魔物を瞬殺して森の深部を歩いていると白い壁のようなものの前にたどり着く。
こんなところに壁……?少し近付くか。
近付いてよく見てみれば壁が渦巻くように流れていた。それでいて木々を押し倒しているようには見えなかった。
ふむ……煙、いやこれは霧か?だが、今は既に日中。霧が出るような時間帯ではない筈だ。となれば魔法が考えられるが……魔物がこれ程大規模の魔法を使うことが出来るだろうか。
魔物は一部を除きその知性は人間よりも劣る。故に、圧倒的な魔力を持っていようと高度な戦術を考えたりできず簡単な魔法しか使えない。故に人間の戦術に倒れていく。
そう考えればこれは魔物の魔法ではないな。この森の奥には教会の連中が異端扱いしている【魔女】でもいるのだろうか。
「だ……ん……ちょ……」
霧に入るよりも先に魔法でマーキングしていると霧の中から一人の人物が出てくる。
それは、私の部下であり副団長のダリアだった。
「なっ、しっかりしろ!?」
驚きのあまり立ち上がると倒れかけたダリアを押さえる。
鎧の奥から血が流れ、鎧の多くが切られ、愛剣が根本からポッキリと折られている。
バカな、ダリアは一人でAランク帯の魔物なら倒せる強者。こと実力に限れば私よりも遥かに高い。それを、ここまで……この傷は剣によるものか?バカな、魔物は勿論、【魔女】は剣を使うことは滅多にないと聞く。普通じゃない。
「【ウィンドヒール】!」
癒しの風が傷を癒すとダリアは木に凭れる。
「一体なにがあった!?」
「殺しあいだ……私も、部下も、みな殺しあった」
「一体なにを……!?」
「私は【魔力耐性】があったから途中で解除されたが……つい先程まで私は部下をこの手で……あぁぁ!何という行いを……!」
涙を流しながら懺悔するダリアの肩を持ち目線を合わせる。
嘘は……ついてない。確実に、ダリアたちは殺しあったのだ……!
「何があった!いいや、お前は何を見させられた!」
「部下たちが……ヤングメタルベアーに見えた。幻術だ。相手はこの霧の中にいる者に幻を見せる事が出来るのだ……!」
「なっ……!?」
ダリアの報告に私は絶句してしまう。
幻を自在に見せれるのは【悪魔種】だけだ。
最悪の種族である【悪魔種】に進化した魔物は純然な魔力の総量が通常種よりも遥かに高い。
もし、【悪魔種】が相手だというのならまず私の師団には勝ち目がない。【悪魔種】の魔法は普通の魔法ではない。人の心に働きかけるものや人の五感を狂わせるもの、世界の法則を直接破壊するものと様々だ。
それらの魔法に対応するには特殊な魔道具や鎧が必要となりそれがなければなす術なくあっさりと全滅しかねない。
そして、それは現実味を帯びている。
撤退だ。撤退しかあり得ない。このままでは大隊一つが全滅しかねない。
だが、もしここで討伐しなければ村人たちにはより大きな影響を与える事になる。
ここで、討伐しなければ。
「私は行ってくる」
気絶したダリアをマーキングの中に入れると私は恐怖を押し潰して霧の中に足を進める。
凄い霧だ……これでは前後左右が一メートルも見る事が出来ない。
音は何一つとしてないが……どう行動すべきか。恐らくだが、発生源であるこの渦の中央にいるのだろう。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「なっ!?」
突然雄叫びが響いたのと同時に私の部下の一人が剣を振り上げて走ってきた。
あれがダリアが言っていた幻に操られた部下か!?どこまで鮮明な幻覚が写っている!
「私の事が分からないのか!?」
「死ねぇ!」
「くっ!?」
重い一振りをギリギリのところで回避しそのまま咄嗟に切り上げる。
剣はやすやすと鎧を切り落とし部下の身体を薄く裂く。
「やりやがったな!!」
「すまん……!」
激昂し再び剣を振り上げる部下に謝罪し唇を噛み締めながらすり抜け様に胴を一閃。
部下の身体は体勢を崩し上半身と下半身に分けられた身体は地面に落ちる。
くっ……予想していた以上に意図して仲間を殺すというのは心に来るものがある。悪魔め……!あったら確実に殺してやる……!
「おい!こっちにいたぞ!」
「殺してやる……!」
感傷に浸っている場合ではない。既に悪魔に操られている私の部下が私の周りに集まっている。
殺るしか……ないのか……!いや、殺らなければ私が殺られる……!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
雄叫びと共に襲いかかる部下を縦に一刀両断する。そのまま割れた片方を片手で掴み別の仲間に投げつけもう片手に持っていた剣を真っ直ぐに投げる。
剣が部下の腹に突き刺さるよりも速く殺した部下の剣を手に取り近付いていた部下の右腕を切り飛ばし返す刀で胴を袈裟斬りする。
「【ウィンドブレード】!」
「【アクアショット】!!」
後方から放たれる風の刃と水の弾丸を剣で叩き落として接近。落ちていたナイフを蹴り飛ばす。
ナイフは回転しながら一人の喉元に突き刺さり片方が驚いている隙に一気に肉薄し頭を剣で突き刺す。
「ぐっ!?」
背後から放たれた矢が背中の接合部分で当たり身体に刺さる。
その瞬間、一気に数名が剣を振りかぶり振り下ろしてくる。
「がっ!?」
それをギリギリのところで回避するが大槌をもろ腹に当たる。
地面を何度もバウンドするがギリギリのところで剣を地面を突き立てて回転を止め立ち上がる。
その瞬間、口から盛大に血を吐く。
当たる直前、ギリギリのところで後ろに飛んで衝撃を分散させるが鎧は砕かれたか。骨も何本か折れているし内蔵もかなりやられたか。
だが、まだ戦える。彼らを殺してでも、私は悪魔を殺さなければならな
「えっ……?」
その瞬間、腹に焼けるような激痛が駆け巡る。
腹を見た瞬間、唖然と困惑が頭を走る。
何故……腹に杭が……。【痛覚耐性】が無ければ痛みで悶えていた……!
「ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「なあっ!?」
「がっ……?」
「な、俺の腕があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「痛ェ……痛ェよおおおおおおおおおおおおお!!」
その瞬間、森の中に絶叫が響き渡る。
先程まで私に目掛けて殺しあっていた部下たちの身体に次々と地面から杭が突き刺さっていく。
そして、次々と身体から力を失っていき絶叫も少なくなっていく。
まさか……魔法だと言うのか!?一体どこからだっ!?
「グルル……」
霧が晴れ、身体を無理やり動かして杭を引き抜き傷口に手を当てて辺りを見回すとそれがいた。
黒い身体に黒い毛。両腕には赤黒い線が描かれ南の民族の伝統的な服に描かれてる厄払いの模様とよく似ている。
瞳は赤と青が交ざることなく円を描き東の方に伝わる魔法に出てくる円とよく似ている。その中央に縦に割れた瞳孔が開かれている。
体格は二メートル近くでありその肉体は思わず美しいとまで思えてしまう肉体をしている。まさに悪魔と呼ぶべき黒き怪物。
こいつが……私たちを……!
「くそがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
怒号と共に杭を投げ傷に当てていて手で剣を持ち一気に接近する。
熊は杭を弾くとそのまま私に向かって二足歩行で殴りかかってくる。
その速さは二足歩行にしては速い。だが!!
「【強化】!【ウィンドブーツ】!」
身体全体に白い靄がかかり、脚には風のブーツが生まれる。その瞬間、一気に加速する。
相手もまさか、ここまで加速するとは思ってもいなかったのか、僅かにたじろく。
その隙、貰った!!
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
隙を見せた熊の胸を袈裟斬りにしようと一気に剣を振り上げる。
これが、仲間の、部下の仇だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
「あぁぁぁぁぁぁぁ――あ?」
胸に触れた瞬間、剣は霞を切るが如く空気を切り裂く。
その瞬間、頭が理解する。
まさか、幻……!?バカな、あの幻を見せる霧は解除され
「ガアアッ!!」
答えが出るよりも速く、熊のアッパーが顔面に受ける。立ち直るよりも速く熊は踏み込みフックを繰り出す。
殴る種類、角度、緩急、軌道が全て違う拳のコンビネーションになす術なく鎧を失った身体に全て受けてしまう。
「がっ……あっ……」
骨がグシャグシャに折れ、満身創痍の身体が地面に倒れ拳が空振る。
今だ!!ここで、仕留める!!
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
絶叫とも叫びを口から出しながら力の限り手に持っていた剣を突き出す。
ここなら……幻も見せれない……!!避けることも無理だ。
全ての思いを詰めた最後の突きは
「……あっ?」
あっさりと、無残に砕かれる。
身体に触れた瞬間、剣は根本からポッキリと折れて割れた刃は砕けながら地面に落ちる。
嘘……だろ……。まさ、か……【硬化】……?ここにきて初歩的なスキルで……防いだ?
「オオッッ!」
熊が手を引いた瞬間手をこちらに向けながら僅かに吠える。
その瞬間、背後の土から何かが飛び出し身体を穿いていく。激痛が走るよりも速く、私は……暗闇に包まれた。
逃げろ……!こいつは、化物だ……!




