よい旅を
「ごふっ……」
全く……ここ数日の間に治安も荒れてきたな。
チンピラを殴り気絶させて兵士に引き渡し、俺は復旧中の帝都の見回りを行う。
帝都の方はかなり物資が運ばれてきているお陰で予想していた以上に早く復旧しそうだ。ヒューマンも獣人も、こんな状況だと手を取り合っているか。
こっちとしてはさっさと国を出たいな。三姉妹の末っ子の事もあるが、今の現状を考えると流石にさっさと動いた方が良いかもしれないしな。
それと、これも試しておかないといけないしな……。
【拒絶:世界の罪を担う神の力の一端。
障壁の作成。
結界の作成。
一定空間内のルールの改編】
俺は【拒絶】の説明を見て小さくため息をついて肩を下ろす。
【拒絶】自体はそこまで効果が強い訳ではない。時間逆行の【怠惰】の方が遥かに強い。それでも、普通のスキルや統合スキルと比べてたら、比べものにならない程に強い。
あの吸血鬼――ユースティア・ラファエルとの戦闘の後に手に入れたスキルだが、色々と違和感が多い。
「『大公』と『大精霊』が手を組む事があるのか?」
人類を搾取する者と守護する者。どちらも人類が生存していてもらいたい魔物の連中だ。……だが、基本的に【吸血種】からしたら人類は水を貯蓄するタンクのような存在だ。
言ってしまえば、心のあり方が『神龍』よりかはマシだが大精霊とは合わないのだ。
そんな連中と『大精霊』が手を組むか?……まあ、感情を抜きにしたら手を組むだろうが。
それに、向こうの動向がおかしいかったのは聖堂派の連中だ。あいつらがあのタイミングで仕掛けてきたのは極めて違和感がある。
ちょうど、ユースティアを確実に仕留めれるタイミングでのあの妨害……どう考えても作為的だ。
「エリラル様、お久しぶりです」
「おう、ミラージュか」
考えていたら、いつの間にかミラージュが着ていた。胸と腰に簡素な布を巻き付けただけのかなり露出した服装だが、色気の欠片もない。
ミラージュは確か、北側での復旧の手伝いをしていた筈だが……何かあったのか?
「エリラル様、北側には来てはいけません」
「……どうかしたのか?」
「既に支配さ!?」
危ない!
ミラージュに視線を合わせ、【引力眼】を起動、ミラージュを引き寄せ抱く。
それと同時に、風の刃がミラージュがいた場所を通りすぎる。
魔力が……感じなかった……!?それどころか、殺意すらも!?気配察知の能力はそれなりに高いのに気づけなかった!
間違いない、こいつは――!
「【反発】!」
「【傀儡操作・火炎刃】」
周囲に斥力の力場を発生させると同時に周囲の人間がこちらを向き手を向ける。向けられた手から放たれる火の刃が斥力の力場とぶつかり合い、弾かれる。
ちっ……!ここら辺一帯の人間が操られているのか!しかも、連中の目には理性が写ってない。まさか、【魅了】か!
「うーん……やっぱり準『大罪』クラスには効かないか」
俺らを取り囲む人混みの中から、女が現れる。
息を飲む程に美しい女だった。儚く幼げな顔立ちをしているがその身体は抜群のプロポーションをしており、金の髪は光の反射で様々な色合いを見せる。足元まで隠す黒いドレスは放つ色気を強調するかのような作りと装飾がされている。
だが、この魔力は……間違いなく、【悪魔種】だ。しかも、その中でもかなり上位の。
「この姿で顔を合わせるのは初めてかしら、大熊さん」
「……どこかで顔を合わせたか?」
「あら、ではこう名乗りましょうか。……タリス・メリースノーと」
「ッ!?」
その名前は、知っている。俺が村にアリスを村に置いてきた時に敵対したエルフの女の名前だ。
だが、そいつからは普通の魔力しか感じれなかった。少なくとも【悪魔種】ではなかった筈だ。
「私はね、自分の形や魔力、ステータスを自由に変えれるの。まあ、今の姿は解除しているわ」
「……そりゃどうも」
見た目だけでなく、ステータスを簡単に偽装できる……?どんな化物だよ。
「私は『大罪』が一つ『色欲』のアスモディア・ラービット。タリス・メリースノーは人間の頃の名前だよ」
「アスモディア……!?『退廃の国』の姫!?」
「あら……ああ、貴方は大砂漠の巫女かしら。あそこの村は滅ぼされたと聞いていたけど、生き残りがいたとはね」
俺の服を掴むミラージュの手が震えてる。こいつの過去というのがどんなのか、少し気になるが……流石に、ステータスを見るのはやめておこう。
今は、そんなことをする余裕がない。この女が『大罪』である以上、敵対的でない事は分かる。だが、何故このタイミングで接触してきたのか分からない。
「この国を滅ぼすために、幾つか画策してみたけど……どうだったかしら」
「……!まさか、『大精霊』が俺に攻撃してきたのは……!」
「私の差し金よ」
ちっ……なる程な。奇妙なまでに事件が連続して起こっていたと思ったが……こいつが全てを裏で操っていたと言うことか。
だが、そうなるとこいつの糸はこの国どころか敵対している『大精霊』や『大公』の方にも伸びていると考えて良いだろう。
……『色欲』。性欲と直接結び付いた罪か。納得は出来る。前世の知識にもある傾国の美女。あれよりも遥かに広い範囲を支配しているということか。
だが……それがどうした。
「とりあえず言おう。……失せろ」
「ッ!?」
お前は邪魔だ。
目を見開くと同時にアスモディアの身体が地面に引き寄せられる。アスモディアは僅かに驚くがすぐに対応し周りの人間を操り魔法を放つ。
しかし、その全てが金色の障壁に防がれる。
「【拒絶】……!」
「串刺しになれ」
手を振り下ろすと同時にアスモディアが立つ地面からクレイモアのように杭が突き出る。
アスモディアはそれをもろに食らいながら杭を破壊し飛び退く。その傷はすぐに癒えていく。
自動回復系のスキルは勿論所有済みか!
「合わせろ!」
「御意!」
俺とミラージュは一気に肉壁を突破しアスモディアに接近する。右ストレートを打ち出すがアスモディアに掴まれ、後ろに引っ張られ往なされる。
その隙にミラージュの飛び蹴りがアスモディアの腹に直撃する。意識がミラージュに向くと同時に回し蹴りでアスモディアを凪払う。
アスモディアは地面を転がりながら地面を蹴って跳躍、雷の球体を放つ。人の頭ほどある雷の球体を黒い障壁で防ぎ、ミラージュが俺を足場に上に跳躍する。
上をとったミラージュが火の矢を放つ。乱れ飛ぶ火の矢をアスモディアは体捌きだけで避け、接近しミラージュの身体に拳を打ち込む。
凄まじい勢いで飛んで来るミラージュの手を掴み、力業で真上に投げ、空を飛ぶアスモディアに向けて視線を合わせる。
アスモディアが重さによって地面に落とされるがしっかりと二つの足で着地する。そこにミラージュの火の矢が直撃する。
「……へぇ、中々のコンビネーションね。上出来ね」
「そりゃどうも」
しかし、火の矢が通じてないか。直撃したと思ったが、服に焦げ目一つついてない。おおよそ、何かしらのスキルが作用しているか。
「それじゃあ、良い旅を」
「何……?」
一体どうい……は?
視界が僅かに光に包まれ、すぐに戻る。それと同時に目を見開く。
そこは、砂しかない。帝都とはかけはなれた場所だった。
「大砂漠……!?」
「まさか【空間魔法】か!」
やられた、あいつの目的は俺らを帝都から引き離す事が目的か!
俺は【空間魔法】を制御できないし、ミラージュはそもそも使えない。帝都から引き離すにはもってこいだ。
『貴方の目的と大切な子は絶対に守る。それだけは約束する。良い旅を――アスモディア・ラービット』
砂に書かれた文字が風によって消える。ふざけた奴だが……今は頼るしかないか。【テレパシー】も届かないし。
「……とりあえず、今は現状の確認のために動くとしよう」
「分かりました」




