誘いの手紙
「た、助け――」
助けを求め血の海を這う男の心臓を適当に落ちていた剣で刺し穿つ。
「全く……こうも屑どもが多いと困るな」
血の海になった建物を魔法で消し飛ばしスラムの中を歩く。
俺は今、違法な奴隷を売買している犯罪組織を片っ端から消し飛ばしている。殆んどがこの帝都に本拠地を構えてくれてるお蔭で攻め落とすのは簡単で良い。
潰している理由は勿論、俺の目の端でちょろちょろと違法奴隷がいるのが気にくわないだけだ。違法奴隷を取り扱っている場所を徹底的に潰しているだけだから暗殺者やら麻薬とかを取り扱っている場所には一切手を出してない。
「あ……かみ……さま?」
こちらに手を出してくる狸の獣人の少女が目に入る。
……仕方ないか。
「神ではない。……と言っても分からないか」
ボリボリと髪を掻きながら少女の状況を精査する。
ボサボサの髪に擦り傷や打撲傷だらけの痩せ細った身体……典型的なスラムのガキだな。
正しい知識を学べる環境ではないし、魔法の事も殆んど知らないだろう。俺だって別段善人ではないし悪人寄りだ。全員を救う事は出来ないし救うつもりもない。
だがまあ……助けを求めるだけまだ上出来だ。
スラムのガキと言うのは主に今の現状に満足しているもの、悲観しているもの、渇望するものの三種類いる。
俺が救うのは一番最後だけ。そもそも、この生活から抜け出そうという考えに至らない時点で落第だ。
「とりあえず、眠れ」
少女の首もとに軽く雷の魔法を発動させる。
ビクン、と少女の身体が跳ねるとそのまま少女の身体から力が抜ける。
さて……とりあえず運ぶか。
「……そういえば、何時からいるんだ」
「いえいえ、偶々スラムで良い人材を探していたら貴方様が良いものを手に入れていると思いまして、ハイ」
……相変わらず信用できない奴だな。
気配を感じて振り返れば奴隷商の男が細い目でこちらを見つめており、とりあえず話しかける。
「それで、その娘さんはどうするつもりでしょうか、ハイ」
「とりあえず、食事にありつかせる。そして最低限の知識を与えて奴隷商の見習いにさせる」
「それは何の目的があるのでしょうか」
……白々しい。お前ほどの有能な人間なら分かるだろうが。
「お前ら奴隷商と俺ら治療院はそれなりの関係がある。そして、奴隷商は基本的には副業で本業は別だ。お前もそうだろ、奴隷商」
「そのとおりですハイ。私たちは奴隷以外にも木材や食品と言ったものを取引しております。かくいうこの私も本業は織物でして」
「そして、本業は奴隷を自由に買い取れる程度には大きい商売をしている。となれば、有能な人材を手元においておきたいだろ?」
スラムから這い上がろうとする奴は向上心の塊だ。辛い生活を送りたくない、幼少期に刻まれた傷は大人になっても続くものとなる。
なら、それを活用すればスラムの人間が少しでも減るだろう。そうすれば、違法な行為に手を出す者もいなくなるだろう。
それこそ、生粋の戦闘狂くらいか。
「なるほど、それに私めも参加させてくれないでしょうか、ハイ。金はどれくらいかかるでしょうか」
「一人頭、普通の生活ができる程度だな。尤も、他の商人に話は付けてあるし、先行投資として金貨一枚、月で銀貨一枚と言ったところか」
「おや、他の商人にも話を?」
「得意不得意、興味、適性で仕事に対するやる気は違ってくる。適材適所、それだけだ」
「なるほど……こちらは僅かな金を払えば良い人材が来る可能性があるルートが作られる。そちらはスラムから這い上がるきっかけを増やせる。いやはや、これは試してみる価値はありますね」
奴隷商が算盤を弾いて計算している隙に俺は少女を抱え立ち去る。
治療院は治療費が安いため金がかなり入ってくる。それなのに使うことと言えば薬の材料や生活費だけ。正直に言うとかなり出費が少ない。
それなら、少しくらい慈善活動に金を使っても良い。ナラクも手元に残る金の多くを孤児院に寄付をしていたようだし、自分の孤児院が立てるのは何一つとして問題はない。
……まあ、向こうからしたら臣民が増えるとかその程度にしか考えてなさそうだけど。背後にいる『傲慢』のやっている事から考えると。
【テレパシー】を起動させるとすぐにナラクと連絡がとれる。
『また一人、良さそうなガキを見つけた。そっちに送る』
『あいよ。……それにしても、君の審美眼は凄まじいものだ、保護した子達はみるみる成長しているよ』
『そうか』
『たまには顔を出しなさいよ?』
『分かってる』
まあ、出す気は更々ないけど。
直接的な援助以外にも地域の関係を円滑にするため色々と自主的にやっているのだ、そこに俺は介在していない。
繊細に描かれた絵を塗り潰して新しい絵にするのは良くない。いい傾向なんだし俺は関わらない方が良いだろう。
少女を治療院の隣に新設された孤児院に預けると俺はさっさと治療院の方に戻る。
最後の患者が診察室を出たのを確認して診察室に入るとコーヒーを飲む白衣姿のツバキがいた。
ツバキは九尾になった事か定かではないが極めて高度な【回復魔法】を使えるようになった。それならば、とツバキの【魔力操作】の訓練ついでに回復魔法師としての仕事をやらせている。
そのお蔭で俺は良い感じに外回りの方に行ける。
「あ、旦那様。外はどうでしたか?」
「まあぼちぼちだな。それと、診察書を見せてくれ」
「はい」
ツバキから渡された板に挟まれた診察書を何枚かペラペラと捲り内容を確認する。
【魔力操作】の応用で何処に病の原因があるか分かるようになっているな。たった一ヶ月でここまで伸びるとは予想外だ。
診察書をテーブルに置きツバキの頭を撫でる。
「旦那様……」
「引き続き精進しろよ?」
笑顔で語りかけるとツバキは顔を真っ赤にし九つの尾をブンブンと大きく振る。
ツバキの頭から手を離し俺は階段を上がる。
「お、エリラルじゃん。どうかしたのか?」
「シンシアか。そっちはボランティアはどうした」
「今休憩中」
道具を持ち運ぶシンシア、その両隣には姉さんメイドとビーンが立っている。
シンシアたちは貴族街にあった自分達の別邸が破壊されたらしく、その修復までの間こちらに住んでいる。空いている時間を隣の孤児院のボランティアで文字の読み書きを教えている。
背後に控える二人も孤児院で礼儀作法や最低限の武術を子供達に教えている。
さっぱりとした性格をしたシンシアと付き従う二人は孤児院の子供達からの評判は良いとナラクから聞いたな。
「グローリーが今向こうで子供達に本を読み聞かせているけど、見に行くか?」
「いや、そろそろシフトだし少し休憩する。……そういえば、ツバキの方はどうだ?」
ツバキはシンシアと一緒に剣術をナラクから教わっている。会う機会がそんなにないし、聞いておきたい。
「うーん……才能はないかな。けど魔法込みなら向こうの方が強いよ」
「そうか」
それはまあ、当然だよな。
ツバキとハイタッチした後、立ち去る。
九尾となったツバキの魔力は桁違いに跳ね上がっている。そんなツバキの魔法は俺やグローリーが本気にならないとヤバい程だ。
俺は兎も角魔法バカのグローリーが本気で防御系の魔法を発動させないといけないほどの高火力。それを相手にして生きているだけまだマシだろうよ。
……これなら、そろそろ本格的に動いても良いよな。
懐から何時の間にか仕込まれていた手紙を取り出して見てみる。
おおよそ、あの奴隷商だろう。何て抜け目のないやつなのやら。
『親愛なる仮面ある者へ』
手紙に書かれた題名を見た瞬間、微かに笑う。
……そうか。どうやら上手く行ったようだな、ミサ。なら、こっちも動かないといけないな。




