とある官の激務 sideマルク
「あぁ~疲れるな~」
私は仮説のテントの中で積もりに積もった書類に目を通していく。
帝都に戻ってきてから一ヶ月、もうろくに眠ってない。帝城の破壊や人工変生計画の失敗や貴族街の半壊や魔物の侵入やらで大忙しだ。
皇帝陛下はいないし、兵の不足も酷いし、貴族たちは『仮面ある者の品評会』を開催する等仕事は積み重なっていくばかり。正直、辞めたい。
「貴族どもも現実を見て欲しい……」
というか、こういうときに国の資金を宛にするのを辞めて貰いたい。主に、私の仕事的な意味で。
机に突っ伏して書類の山に埋もれていると肩を叩かれる。
「……アルジェルネさんですか」
「はい、元気な元気なアンジェルネちゃんです!」
軍服を着た子供のような見た目の少女があざと可愛い笑顔で敬礼してくるため若干イラつきながら起きる。
金髪ツインテールを振り回しながら抱きついてくるアンジェルネの手を掴み真上に投げる。
見た目と年齢が等しく、軍の中でも最年少でありながら軍の最高戦力『七魔将』に数えられ、彼らの中でも特に個人の戦闘能力という面においては極めて高く、一人でSランクの魔物を討伐した経験もある。
保有する災害クラスのスキル故に一般には『日魔将』と呼ばれており、私の悩みの種の一つだ。
「ねー、これは何があったの?」
「報告書は提出した筈ですが……」
「読んでなーい」
あれ程提出された報告書は読めと言ったのに……!まあ、アンジェルネが報告書を読まないのは知ってたけど。
「でもでも、これをやった下手人は分かったよ」
「本当ですか!?」
「うん、そうだよ」
身を乗り出す私の目の前に一人の青年の精緻な似顔絵を提出させる。
うーん……中性的な顔立ちをした若い獣人の男でしょうか。白い髪にどこか強い眼差しをしていて絵でも分かるほど圧倒的な気配を漂わせている。
「これは……」
「下手人。名前はエリラル。治療院に勤めているよー」
「……なら、何故強行的に動かなかったのですか」
アンジェルネの性格上独断専行するのは当たり前だった。そんなアンジェルネの性格から考えたら既に動いてても可笑しくない。
それなのに、アンジェルネが動いたという情報は受け取ってない。
「斥候が捕らえられててねー、彼らの回収が大変だったからなの」
「……それで判断したのなら早計では?」
「うーん……事態はもっと複雑なんだよねー」
そう言うと、アンジェルネは軍服をはだけさせる。
白く透明感のある肌には痛々しい赤黒い紋様が浮かび上がっている。
「それは……確か【悪魔種】の」
「そうだよー。それとまじまじと見ないで、恥ずかしい……」
「ああ、ごめんごめん」
顔を赤面させるアンジェルネから視線を外す。
生憎と、私はロリコンではない。十歳も年の離れた子供に欲情することはない。
「それは確かとある【悪魔種】に付けられたものだった筈だ」
「そうだよー」
まだアンジェルネが幼い頃に訪れた一人の美しい女が気まぐれに村を破壊し尽くし、偶然村で迫害され倉庫に閉じ込められていたアルジェルネだけが生き残った。
軍が発見した時には既に【悪魔種】へと肉体を変えられており、軍が捕縛し人体実験の材料と『キメラ』の母体として調整される事となった。
その後、高い戦闘能力を秘めている事が分かり軍に配属された。その時の教育係が私だったため、アンジェルネは私を慕うようになってしまった。
「それがどうした?」
「うん、エリラルくんに近づいた時にビビーってきたの。アンジェルネ、彼が【悪魔種】だと分かるの」
「なるほど……」
だが、それは証拠にはならない。それでも、要注意となりうる。
「それにね、彼の臭いは魔物の臭いがしたの。しかも、最低でもAランク相当の」
「……なら、何故攻撃したなかった?アンジェルネなら倒せるだろ」
「うーん……あれを下手に刺激したら危険な気がしたからかなー?」
「……なるほど」
そう言えば、アンジェルネはそう言った第六感に優れていたな。
「それに、あの魔物は見た感じこちらが行動をしなければ動かないと思うよ」
「……そうか。それじゃあ、そろそろ仕事に戻らせてもらう」
「うん。あと、食事はちゃんととってねー」
ツインテールを振りながらアンジェルネは立ち去る。それと同時に強い眠気を我慢して頭を働かせる。
魔物エリラル……確かめる必要はあるけど最低でも城を落とせるような怪物だ、単純な物量で勝ち目があるとは思えない。被害が増す一方だ。
となれば、『七魔将』を使うか?……無理だ。彼らはこの国の最高戦力だ、聖王国と敵対した時に使うためにも今使う事は出来ない。
となると、今は様子見と言った方が良いかな……。被害と私のキャパオーバーを考えると眠れる獅子を起こして仕事を増やされても困る。
今は穏便に済ませておいた方が良いかな……。
「さて、仕事にとりかかるか」
基本的に帝城の修復だが……ウンディーネ様の伝で土の【精霊種】を貸して下さるから元金タダ。しかも半月で直してくださる。
職人たちは貴族たちに回せば半月で修復完了する。その費用は国庫から出される訳だから貴族たちの不満はない。その代わり、一時的とはいえ税収を増やさないと。皇帝の命令ということにしておけば貴族たちも文句は言わないだろう……。
『仮面ある者の品評会』は……知るか!!そんなの、国で対応するのは間違い以外の何でもない!
でも、他国からも人が来るし、良い交流の場としての土台は出来てる。幸いそっちに出す用の奴隷たちの方は別個で確保してあるし問題なし。
例年の場所は流石に使えないし、とりあえず被害を被ってない『天宝宮』――旧『肉欲殿』を使わせて貰おう。
「……そういえば、ガルバード第一皇子が死んでしまったせいでかなり政争も激しくなったな」
私のような苦労しかない管理職は政争とは無縁だ。しかし、周りの貴族たちはかなり政争に明け暮れてると小耳に挟んだ。
新たに第一帝位を巡って争っているのは第二皇子バリアン様と第一皇女ティティトリア様。どちらも同等の大貴族が後ろについてるため亀甲しているし、どちらもそれぞれの方面で力を持っている。
バリアン様は多数の鉱山と私設の『農場』を保有するグリーゲン公爵家が後ろ楯になってる。バリアン様の政策は主に軍事寄りで軍部の貴族の多くが賛同している。
それに対してティティトリア様は大規模な農耕地帯と属国の支配を行っているバリマーゲン公爵家が後ろ楯になっている。ティティトリア様の政策は主に商業寄りで商会を運営している貴族たちから支持をされている。
どちらも帝城が崩れた際に外に出ていたため被害を被っていないのは幸いとしか言えない。
「まあ、私は知らないけどね」
皇帝のお眼鏡に叶いヒラから実力でのしあがった平民上がりの私からしたら政争何てものに使うエネルギーはない。
私はこの国に仕える一文官という立場が気に入っているのだ。この国を良くするためならどちらが皇帝になっても良い。
……そういえば、彼らに多大な影響を与えてる犯罪組織たちがここ最近妙に静かだ。少し確認しておかないと。




