罪の証
「……それで、お前のいう『巫女』というのは一体なんだ」
ツバキを部屋のベッドに寝かし後ろに立っている胡散臭い女――ナラクに問いかける。
『巫女』……神道における神に仕える女性を指す言葉だが、アメリカ等の原住民における精霊信仰の女性のシャーマンも巫女の一種とされる。
この場合、魔物から神に等しい存在になった『大罪』から考えると後者の方に近しい。
「内容によっては、貴様ら『大罪』を敵と見なす。……ここまで虚仮にしたんだ、然るべき罰を与える」
特に、『嫉妬』は確実に殺す。それは揺るぎない。彼女をこんなにした奴に地獄を見せなければならない。
少女に刻まれた呪いを解呪し、ナラクの方を向く。ナラクは今までのどこか飄々とした雰囲気から厳粛で重苦しい雰囲気に変わっている。
「やっぱり、貴方はあの方々と同じなのね。……でも、あの方たちよりも遥かに人間臭い」
「それはどうも」
「そしてその質問には……深くは答えれないわね。『巫女』についての説明は私には出来ないし、『大罪』の方々も説明は不可能なのよ。……けど、『巫女』と『大罪』の関係が歪なのは事実よ」
「歪……?」
「そう。『巫女』というのは『大罪』の罪の証。私もまた、プライド様に仕える者ではあるけど、この身にはプライド様の汚点が刻まれている」
俺が呑気に眠っていたから――『怠惰』だったからツバキはこうなってしまった。これこそが罪ということか。
――不愉快だ。不愉快極まりない。
内心糞女と対峙した時以上のどす黒く澱んだ感情が渦巻く。
俺だけならまだ確証はなかった。だが、他の『大罪』の連中が罪を背負っているとなれば、まるで、罪を背負う事が運命付けられているようなものだ。
……この世界には俺のような擬似神格の保有者がいるのなら。擬似ではない神格の保有者、いいや、本物の神格の保有者だって……いや、それ以上の、生まれもっての神だっている筈だ。
「……プライドの罪は何だ」
「プライド様の罪は……玉座を得て平穏な大国を作り上げたという『傲慢』が悲劇を招いた。私はその悲劇の唯一の生存者というだけ」
そういうとナラクの足元の影から細身の剣が現れる。
「罪剣・プライド。……彼女にも現れる筈だから、今はこれを見せるだけにしましょうか」
そういうと、細身の剣が再び影へと沈みナラクは部屋を出ていく。
気を効かせてくれたのだろうか。……これで少しは自分の感情に向き合える。
……この国に来てから、様々な連中を見てきた。犯罪者も、奴隷も、貧民も、平民も、貴族も……様々な色があった。
許しがたい現実があった。理不尽な現実があった。それにツバキが巻き込まれてしまった……ただ、それだけだ。
たったそれだけの事が、俺は許せない。……何故、【神聖スキル:怠惰】を手に入れたのか、はっきりした。『理不尽な現実に怒り安寧を求める』事こそが『怠惰』だった。
ベッドに眠る九つの尾を持ち顔立ちは変わらないのに前より可憐で美しく見える少女の手を握る。
少女の事は守護の対象であり恋愛感情はない。そもそも、性欲というのが無縁だ。だが、その献身的な感情は理解出来た。純粋で俺を慕ってくれる少女……それを傷つけたのは俺の罪でしかない。
「がっ!?」
その瞬間、頭が割れたかと思うほどの激痛が頭に響く。
――『私は――様に罪を背負わせる足枷でしかない。そんなの……耐えれなかった』
――『大好きだよ、――様。大好き、大好き――!』
――『……了承。――様のためなら、命を捨てれる』
――『貴方が助けてくれたから。今の私がある。ありがとう。そして……さようなら』
――『私は幸せだった。最愛の――さんに抱かれて死ぬのなら、それは本望だよ』
白黒の砂嵐と雑音の中から聞いたことのある、だが思い出せない声が響く。
それと同時に砂嵐の奥に血に濡れた惨劇が写る。また、脳内に情報が開示される。
【怠惰:世界の罪を担う神の力の一端。
世界の時間に干渉し時間を巻き戻す。
巻き戻す時間の長さに応じて記憶を忘却される。
忘却される記憶は本人が重要と考えるものから優先される】
頭痛が収まり開示されたスキルの情報を見る。
時間を巻き戻す……悲劇をなかった事に出来る、か。ほんの数分、巻き戻すくらいなら忘却される記憶も……いや、それは駄目だ。何故だか知らないが、それはやってはいけない気がする。
兎に角、このスキルは使わないでおこう。……大切な記憶から消えていくとか、デメリット以外の何者でもない。
「ん……旦那……様?」
「……ツバキ、起きたか」
目蓋をゆっくりと開けるツバキに俺は安堵の表情を浮かべる。
「旦那様……私は……どうなってしまいましたか?」
「……九つの尾になっている。それだけだ。お前が気にする事ではない」
真実を正直に伝え俺はツバキの手を離し立ち上がる。
ツバキが気に病むことではない。これは俺が犯してしまった失態。責任は俺にある。
「旦那様……こんな私ですが、私は旦那様に仕えて良いでしょうか」
「……構わない。お前の敬愛は理解している。お前が仕えたいのなら仕えても良い」
「はい……!」
感激の涙を流したツバキは再び眠り始める。
眠りについたツバキの額を撫で少し微笑むと部屋の外に出る。
さて、こんな心情だが仕事に戻らなければならない。……『生き足掻く』ための道に多くの者が出来てしまったな。
◇
side:ツバキ
「……旦那様」
部屋から旦那様が出たのを確認して起き上がる。
……私の事を、理解してくれていた。
それを聞いた瞬間、心臓の鼓動が高鳴ったのは事実だ。
旦那様は無愛想だとか言われているけど、本来の性格はとても優しい人物だ。だからこそ、自分の手の中に入る人たちを傷つけられる事に酷く動揺してしまう。
臀部から生える九つの尾を備え付けられている鏡で見る。
ココノエ家の初代は九つの尾を持つ狐の魔物とされている。初代に近づいてしまった、と言うことでしょうか。
初代には良い伝承は一つもない。あるのは、悪い伝承だけだ。
曰く、四つの国を席巻した怪物。
曰く、傾国を一人で成し得た魔性の女。
曰く、戦乱の時代を作り上げた厄災。
曰く、一人の男に恋をして人となった者。
『国落とし』『傾国』とも呼ばれる最高位の魔物の血を持つが故に普通の人たちとは違う力を持ってしまう。こちらではそれを【精霊種】と呼んでいますが。
兎も角、私は初代に近づいたと言うことはより強く魔法を扱えるということ。ナラクさんに剣の扱いを習っているし、より一層旦那様を支える事ができる。
それこそ、どのような汚れ仕事だろうと旦那様のためならやれる。私の全ては旦那様のためにあるのだから。
「……あれ?」
服を着替えていると部屋の片隅、暗い影から何かが突き出ているのに気がつく。
あれは……なんでしょうか。
興味本意で突き出た何かを引き抜く。
引き抜かれたのは……極東の刀だった。刃は黒く鍔はない。一切の装飾はされておらず美しいと言うよりも禍々しい何かを感じる代物だ。
それでいて、よく手に馴染む。身体の一部と錯覚してしまいそう。
「罪剣・スロウス?」
変な名前ですね。名付けるなら『鴉』とか『黒月』とか、もっと言い名前があったでしょうに。
刃に刻まれた銘を読み影に刺すと再び影の中に沈んでいく。
……スキルの一つでしょうか。でも、こんなスキルを持っていませんし……旦那様に相談しましょう。




