『傲慢の巫女』
怒りというのは……振り切れると思考がクリアになるのだな。
「がっ!?」
くるくると回る糞女に壁を破壊して肉薄し全力で殴り飛ばす。
叩きつけられた壁は粉砕され糞女は宙を舞う。再び肉薄し再生した拳を糞女に叩きつける。
「ぐっ!?」
流石に、防がれるか。
衝撃でクレーター状に陥没した庭に降り立つと同時に土煙の中から放たれる三又の槍の刺突を【スルーズ】を発動した拳で防ぐ。
「はは……流石は【擬似神格】の保有者。この程度なら簡単に防ぐか」
「……話し合いに応じる気はないぞ、『嫉妬』」
槍をステッキのように回して構える糞女に殺意を滾らせながら拳を向ける。
俺にとっての守護対象に手を出した。それも、俺が最も許しがたい手法で。許すつもりは、一切ない。
「美しいものがより美しくなるのだから良いじゃない」
「…………」
糞女は悪びれもしなかった。
……ああ、そうか。『大罪』はこういった奴だった。どこまでいっても自分本意であり、周りの事を一切考えない。自分のエゴのためなら国すら滅ぼす。
同族嫌悪も良いところだ、全く。
「……消えろ」
お前は、俺の敵だ。
全身の力を込め糞女に肉薄する。
「へっ……?」
手刀を振るい胴を切り裂く。
「……あは」
地面に落ちる上半身を見ながら、糞女は童女のように無邪気に笑う。
「良いわね、やはり」
その瞬間、女の胴が何事もないようにくっつく。
上半身と下半身を切り落としても復活するか。……いや、魔物の最上位にいるのだ、まだその領域に達していない以上仕方ないことか。
「【青壺】」
糞女の槍が地面を小突く。すると地面から青色の壺が三つ作られる。
……最近、水使いとよく敵対するな。だが、この女は確実に二日前の精霊よりも遥かに強い。ステータス無しであれほどの力を振るった精霊以上の怪物、それこそが『大罪』なのだ。
「さあ、ショータイムの始まりね」
そういうと、壺から水がうねるように溢れ出る。
身のこなしだけで水を回避し水流の中から出される槍を回避する。
「風よ」
前もって地面に設置していた風の弾丸を糞女に向けて放つ。糞女は流れる水に身体を入れ高速で動き回避する。
背後から放たれる突きを肘鉄で落とし、振り返りぎら風の刃を振るうがすぐさま水流の中に潜られ空を切る。
戦闘スタイルは水流の牢に押し込め移動を制限し有利を取る、と言ったところか。……一度決まれば厄介以外この上ない。
それに……。
水流から何度も突き出される槍を回避しながら土の杭を壺に向けて放つ。飛来する杭は壺に当たり、霧散する。
あれはただの壺じゃない。魔法が霧散されたことから考えても厄介な代物だ。
「あはは!【青壺】は破邪の壺!あらゆる魔法を霧散させる壺よ!魔法何て効かないわ!」
糞女の耳に付くような高笑いに心底イラつきながら振り下ろされる槍を身のこなしで回避する。
それに、この糞女は『マーメイド』。所謂人魚だ。そのため、泳ぐのが得意でこの水の牢を十全に扱える。槍しか使わないのは……嘗められているからだろう。
事実、俺はまだ【スルーズ】と【四元素魔法】、【エインヘリアル】しか使っていない。本気ではないのだ。
……なら、本気でやるか。手段何て選んでいる余裕はない。
地面に付着した糞女の血に土の杭を打ち込み、呟く。
「『業魔の呪杭』」
「がっ!?」
その瞬間、糞女の心臓に血の杭が突き出す。
【ハデス】は呪いや狂気と言った相手にデメリットを与えるものが多い。この『業魔の呪杭』はその一つ【呪詛】から派生させた技だ。
尤も、【呪詛】は俺の主義に反する技が多いから作っただけでお蔵入りさせていたが……今回ばかりはその蔵を解放せざるを終えない。
赤く染まった水流から糞女は出てくる。杭は外れているが心臓は治らず風穴から血が溢れる。
『業魔の呪杭』は相手の血液に杭を打ち付ける事で相手の心臓に血の杭を生み出す、即死技だ。血に高濃度の魔力が混ざってないと出来ない技だが、一度決まれば誰だろうと即死する。
「ふん!!」
だが、例外も存在する。
糞女は自分の胸に開いた風穴を手で覆う。たったそれだけで傷が塞がる。
「……一応、呪いの類いだから死ぬ筈だが」
『業魔の呪杭』は絶殺。あらゆる治癒系のスキルを封殺する。それなのに、できるのは単純な生命力に加えて、あの糞女の厄介なスキル故だろう。
「あら、確かに死んだわ。でも、私の【オーバーハート】に勝てると思うの?」
【オーバーハート】。この糞女の伝承に記載されている最悪のスキル。
曰く『海の女帝の血肉を喰らいし者、八百年生きる』とされ、極東の島国に今もなその伝承が語られている。
『あらゆる細胞を活性化させ作る』スキルであるため、回復系ではなく創造系に分類されるスキルである。あの女に『業魔の呪杭』は通じない。
「水流よ」
女が槍をタクトのように振るう。その瞬間、水流が曲がり蛇のようにうねりながら頬を掠める。
「【水車】」
糞女を中心に足元に水の車輪が現れる。車輪が回転すると平衡感覚が大きく揺さぶられる。
そこに槍の刺突が放たれる。咄嗟に回避するが背後の水流に背中を切り裂かれる。
身のこなしで水流を回避してそれ以上の怪我を受けないようにする。
平衡感覚を損なわせるスキルか。精霊に比べ、糞女の水使いの方向性はサポート、というよりも陸上では大きな力を扱えない類いか。【水車】も【青壺】も、海中で使われればまず逃げ道がない。
なら、勝ち目がある。
水流に潜り高速で接近する糞女の槍を身を屈めて避ける。
そして【スルーズ】を発動させた手で水流の中に手を突っ込む。
「えっ!?」
糞女を掴むと水流から引き出し地面に叩きつける。
まさか、こんな力業を使うとは思ってもいなかっただろうよ。何せ、普通なら水の流れで両断されるのがオチだ。
だが、【スルーズ】の全ての力を【硬化】に収束させれば可能だ。それほどまでに【スルーズ】は桁違いなのだ。
……本来ならこの賭けは分が悪過ぎるから行わなかっただろう。だが、それでも賭けてしまう程にツバキに行った所業に怒りを覚えているのだ。
「頭を潰せば、死ぬよな」
「はい、そこまで」
掌から空気の砲弾を放とうとしたところで胡散臭い女の声が聞こえる。
咄嗟に身を反らすと鼻先ギリギリのところを風の刃が通りすぎる。
「……何故止める」
「流石に、世界の均衡が崩れるもの」
「そんなもの、関係ない」
この女は俺にとっての禁忌に触れたのだ、死すら生ぬるい。
「ちっ……逃げられたか」
気がつけば、あの糞女はどこかに立ち去っていた。あと少しで仕留めれたのだから、悔しさは想像以上だ。
「それにしても、派手にやったわね。まあ他の建物に傷がないだけまだマシか」
「……お前は何者だ」
辺りの土や壁を修復させている胡散臭い女に静かに尋ねる。
この女は十中八九『大罪』か、他の奴等に繋がっている存在だ。それも、極めて重要な立ち位置の。だが、その正体が分からないのだ。
「私は『傲慢の巫女』、ナラク・シュトレーゼ。この治療院の院長であり『傲慢の大罪』右腕ね」




